第18話〈事務室での談話〉


「二人が一緒にいるなんて珍しいね。いつの間に仲良くなったの?」


 清掃が終わり、あずさのもとへ報告に向かった。隣に風花ふうかを引き連れて。

 初日、お使いの帰りに風花とともに台車を押して梓のもとに戻ってきたことを思い出す。


「ええと、まぁ……」

「それは良かった。あ、清掃ありがとね。この後はどうしようかな……」

「何かお仕事はありますか?」

「お使いは……うーん、緊急のものは特にないし……」

「梓ー、仕事何もないなら、僕が借りてもいーい?」


 風花は抑揚のない少し気だるげな言い方で梓の前に歩み寄った。


「何か手伝ってもらいたいものでも?」

「うんにゃ、お喋りするだけ」

「お喋り? あはは、じゃあここにいていいわ。そこにある椅子使っていいから」

「え、梓さん!?」


 ただのお喋り、許可しちゃうの? と、埜夢のむが驚き呆れるような表情で梓を見つめる。その横で風花は淡々と近くの丸太スツールを並べている。

 自主学習の時に使うスツールは今や、二人が向かい合って座るのにちょうどいい距離感を保って事務室の真ん中に置かれていた……。


「まだ勤務時間中ですよ?」

「といっても、頼めるものがないからね。埜夢ちゃん一人ならここで自習かなぁって思ったけど、風花にご指名が入ったなら今日はそれでもいいかなーって」

「で……でも、梓さんはまだ仕事が残ってるのに、申し訳ないですよ……」

「あぁ、これね。ほとんど精霊樹関係のものなの。精霊樹はうちの家が管理してるから、色々面倒な書類が回ってきてね……」


 本でも読んだことのある話だが、梓からも簡単に説明をもらった。


 六つもある箱庭は、それぞれ全く異なる環境であり、それでいてお互いに隣りあい繋がっている。

 一つ一つの箱庭を、その環境にもっとも適した強い力を持つ精霊の一家が代々管理者として力の安寧をはかり、箱庭を守っている。


 全ての箱庭、精霊の源とも言える精霊樹を管理しているのは土来どらい家。

 梓もそのうちの一人で、今も精霊樹に関わる書面の仕事を引き受けているのだという。


「もちろん、従兄弟や兄さんもいるから、私ばかり大変っていうわけじゃないよ。学舎ができてからは少し量も減ったし」


 そう笑顔で言っているが、埜夢にはデスクの上の書類の山が果たして減ったと呼べるほど少ないものなのかと戦慄していた。


「まあ、そういうわけだから気兼ねなく。程よく話し声がある方が集中できるわ」

「そ、そうですか……」


 とは言うものの、どうしたものか。

 いざお喋りをしようと面向かって言われるとかえって話題に困るものだ。


「グライダー、どうやって直したの?」

「え、あ? ぐ、グライダー?」


 事務室で風花とお喋りという状況が変に緊張感をあおり、埜夢の声が裏返る。

 それだけで梓は小さくくすくすと笑っていた。


「うん。雷鷲サンダーバードのグライダー、おかしな飛び方してたから壊れたと思ったんだけど、ふうりんに聞いたら埜夢が直したって」

「あー、ぶつかった時に間違って壊しちゃったから、直せそうならと思って、僕の接着剤を」


 ああ、やっぱり飛び方がおかしくなってたんだ、と残念そうに呟く。


「埜夢ちゃん、工作の趣味とかあるの? 砂のお城すっごく上手だったし」


 梓が書面と向き合いながら埜夢達の話に乗ってくる。

 梓に振られて、しばらく答えようかどうか迷っていた。


「え、えと……あー、陶芸、とか……」

「陶芸っ!?」

「じ、実家で少しやってただけです! 食器とか……は、埴輪とか」


 手間が少ないから素焼きで終わらせますが、と一言加える。


「埴輪、ってなに?」

「え、ええと、精霊を模した土偶で、災いから守ったり、安全祈願のお守りとして家に置いたりすることが多いらしいです」

「……埴輪、僕でも作れる?」

「作る? ……でも、素焼きするためのかまどがないから、難しいかも……」


 焼物の制作は設備が大掛かりで、一人ではとても手に負えない。

 何より、ここは火を嫌う木の精霊が多い。火の扱いは埜夢の故郷以上に慎重になるだろう。

 共有で使える工房のようなものがあれば良いのだが、残念ながら梓からそういった話を聞いたことはない。


「風花、そもそも土を触れるの?」

「材料としてなら」

「そうね……ああ、絵の具も元を辿れば土だもんね」

(そういえば、風花は絵も得意なんだっけ……)


 歌は寮で歌っているのをを窓越しに聴いたことがある。でも風花がどんな絵を描いているのかまでは知らない。

 そもそも今日に至るまでほとんど交流がなかったから仕方がないのだが。


「歌ってるのは聴いたことあるけど、絵は見たことなかったなぁ」

「えっ……え」


 風花は急に狼狽えて埜夢から目を逸らす。

 何かまずいことを聞いてしまったのだろうか。


「……歌、聴いたの?」

「え? だって、たまに寮で歌ってるよね? 部屋にいると聞こえてくるよ」

「……そう」


 風花は気恥しそうに頬をかいた。

 あまり自分の歌を聞かれたくない主義なんだろうか。いや、風花はそれで授業を行っているのだからそんなはずはない。

 その様子が面白かったのか、梓は堪えきれないくすくすという笑いをこぼした。


「あ、じゃあ、絵はどういうの描くの?」

「……絵は、色々。気になったものを」

「な、なら今度見せてよ。寮にあるんだよね?」

「僕の部屋にいっぱい置いてあるよ」

「なら、今日の夜とかに部屋に行っても良い? 風莉ちゃんともお話したいし……」


 埜夢が言いかけると、梓が横から割って入る。


「あ、ごめんね埜夢ちゃん。風花と風莉の部屋は入っちゃいけない決まりになってるの」

「え? で、でも、同じ女子寮なんですよね?」


 埜夢がそう言うと、梓も風花も困ったように表情を曇らせる。

 男子寮ならともかく、女子寮なら別にお互いの部屋を行き来しても問題ないはずだ。"風花も風莉も女子なのだから"、埜夢と同じ女子寮に部屋があると思っている。


「……風花、話していいかしら?」

「……ん。まぁ、話した方が分かってもらえるかもしれない」

「あの……もしかして悪いこと聞いちゃいましたか?」


「あ、ええっとね……、なの」

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精霊たちの箱庭から Losno @Losnow0128

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