第12話〈沙良間燈里〉


「……私がいない時に災難だったわね。怪我はしていない?」


 控え室に戻った埜夢のむ達は、あずさに事情を説明した。

 今回は最小限のトラブルですんだが、もしかしたら子供達にまで危険が及んでいたかもしれないと軽く叱責を受けた。


「大丈夫です。こちらの方が助けてくれましたから」


 汀音ていねは答えながら、ソファに座っている赤髪の精霊を見た。

 梓はちょうどいいと言って、埜夢と汀音を精霊の向かい側のソファに座らせた。


「――沙良間燈里さらまとうりさん。学舎の警備にあたってくれる精霊です」


 沙良間燈里という精霊は、相変わらず不機嫌そうな表情で腕を組み、時々睨みつけるように埜夢達を一瞥する。

 埜夢はその度肩が飛び上がりそうなくらいドキッとした。

 汀音とはじめて会った時とは違う、驚きや恐怖の意味でだ。


「私は潤乃汀音うるのていねといいます。学舎で働く者同士、よろしくお願いします」

「ぼ、僕は、偶野萌ぐうのめ埜夢のむ、です」


 途切れ途切れだが、噛まずに言えた。

 しかし、それでも目の前のなんとも言えぬ威圧感に汗が止まらず、押しつぶされそうな感覚だった。


「……ふん」


 二人のことはさして興味もなさげに、燈里とうりは腕を組んだまま鼻を鳴らした。


「今日はこれで終わりか?」

「ええと、ひとまずは……」

「なら、あたしは帰る。明日から通常勤務とさせてもらう」

「あ、あの、燈里さん!?」


 燈里は一方的にそう告げて、埜夢達の制止も聞かぬまま控え室を出ていってしまった。

 先程、保護者との揉め事に割って仲裁しに入ってきてくれた精霊とは思えないほど、ぶっきらぼうで冷たい精霊だった。

 火の精霊であろう燈里に冷たい精霊というのもおかしな話だが。


 燈里は出ていってしまったが、埜夢は内心ほっとしていた。あれほどまでに睨まれて、仲良くできるか分からない相手と同じ空間に居続けるのはかなりの苦痛だった。


「……ごめんね二人とも。普段はあんな感じだけど、根はとても優しい子だから」


 梓は困ったように笑いながら、燈里は昔馴染の紹介で出会ったのだと言った。

 控え室の窓が突然がらりと開けられ、細い腕が外からにゅっと伸びてきた。


「あー、やっと怖い精霊いなくなった」


 開いた窓から飛び込んできたのは、見覚えのある長いストールと白っぽい色の髪。風花ふうかだった。

 一体どこで話を聞いていたのか……。


「燈里のこと? 怖くないわよ。根は優しい子だから」

「怖いよ。いつも怒ってる顔してるし、僕がいると力が増すっぽいし」


 おそらく風花の大気の力に影響を受けて、火の力も増しているのだろう。

 窓に寄りかかる風花を見て、汀音がソファから立ち上がる。


「貴方は確か……」

「うん?」


 汀音が声をかけると、風花の目が合った。

 今の反応から察するに、二人が面と向かって話すのはこれがはじめてだったのだろう。


「そうだ、ちゃんと紹介できてなかったよね」


 梓がそう言うと、汀音はやっぱり! と目を輝かせて風花の前に歩み寄り、丁寧にスカートの裾を持ってお辞儀をする。


「ここで働いています、潤乃汀音といいます。こうしてお会いするのははじめてですよね。よろしくお願いします」

「……詩琉しりゅう風花ふうか

「風花さん! ここで働く者同士、仲良くしていきましょう!」


 汀音は明るい笑顔で風花の手を握った。

 初対面の相手には皆ああやって挨拶しているのだろう。

 気品のある立ち振る舞い、たくさんの相手と関わりを持つために身につけたであろう明るい笑顔。

 その笑顔が本心であるか偽りであるかどうかはさておき、その一つ一つがまさにお嬢様のようだった。


 だが、風花はその汀音の笑顔を見て、頬を少し赤らめて気恥しそうにぷいと横を向いた後、


「…………よろしく」と小さく呟いた。


 飄々としていて掴みどころがない、言ってしまえばよく分からない精霊だった風花があんな反応をしているのをみると、風花も意外とそういう一面があるんだなと親近感を抱いた。

 恥ずかしそうに目線を逸らす様子は、埜夢が汀音にはじめて会ったときのことを思い出させ、少し離れた場所で眺めていた埜夢も恥ずかしさを覚えた。まぁ、埜夢の時ほどどもっているわけではなかったが。


「今日は二人も新しい方に出会えました。心強い仲間が増えましたね」

「風花は前から働いてはいたけどね。でも、これだけ仲間が集まるなんて思ってなかったから、本当に心強いわ」


 梓は隣に立つ風花と汀音、埜夢を順々に見た。

 四人いる控え室。今は帰ってしまっていないが、燈里も合わせれば五人だ。

 いつの間にか、埜夢の周りはこんなに仲間がいたのだと再認識させられる。


「……これで、少しは安心して学舎に通えるようになれば良いわね」


 梓はようやく緊張が抜けたように、一息をついた。

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