第11話〈学舎内でのトラブル・後〉
「……
「……おそらく、小さい子が本を取られた時に喧嘩になって、誤って髪を焦がしてしまったのだと……」
埜夢の予想だが、火の精霊は首を縦に振った。間違いないようだ。
埜夢の話を聞いて、汀音は改めて喧嘩をしていた子供達に向き直る。
「この子から本を奪ったのは本当ですか?」
「奪うなんて精霊聞きが悪い。ずっと一人で本を読んでるからちょっかいをかけただけです」
木の精霊はそう言って、自分の持っていた本を汀音に渡した。
至って普通の児童書だが、汀音は手に持って気づいた。
中の紙が一部、ズレて挟まっている。
「ページが破れてますね」
「この精霊が、僕の本を破ったんだ! うわああんっ!」
「こいつが力いっぱい引っ張ったから破けたんです!」
埜夢はこれは汀音でも対処が難しいと思い、
だが、次の瞬間には汀音は二人の子供にげんこつを落としていた。
あれだけ騒いでいた子供達が、しんと静かになった。
埜夢も少し呆気にとられ、その場を動けずにいた。
「貴方はこの子の本を勝手に取った。貴方は彼に怪我をさせてしまった。まずはお互いにごめんなさいしなさい」
「な、なんで……」
「早くなさい」
汀音の威圧に押されてか、二人は不本意そうにしながらも謝った。
「まず、貴方。ちょっかいだからと言っても、この子にとっては大切な物のはずです。年長者なら、相手の気持ちを考えて行動なさい」
「……けっ」
「そして、貴方。本を取り返そうとするのは良いけど、相手に怪我をさせたら駄目。もし間違って怪我をさせてしまったら、すぐに謝りなさい」
「……はい……」
小さい方の子供は緑髪の方に比べて聞き分けが良い。まぁ、木の精霊の年頃は少し反抗的な態度を取ることが多いから仕方ないのかもしれない。
「……それから、『火の精霊だから』と差別してはいけません。木の精霊も、火の精霊も皆、最初は同じ精霊樹から生まれてきたのです。ちゃんとお互いのことを理解して、傷つけ合わないこと」
汀音の助力もあって、ようやく喧嘩を収めることができた。
子供達が全員下校したところで、埜夢は改めて汀音にお礼を言った。
「助かりました。僕一人では、どうしようも出来ませんでしたから……」
「いえいえ。災難でしたね」
朝はバケツの水を頭から被り、先ほどは喧嘩の仲裁にまで巻き込まれた。
一日を通して災難な日だった。
「あんな風に、すぐ言い返せたら良いんですけど、僕にはできなくて……」
「言い返しはしていませんよ。事実を確認してから、喧嘩両成敗の方が良いと思っただけです」
汀音はそう言いながら微笑む。
だが、汀音が来る前に言われた言葉が、埜夢に残ったままだった。
「……僕、緑の子に『木の精霊が集まる場所に火の精霊がいたら危ないだろ』って言われて、何も言い返せなかったんです。本来は木の精霊も火の精霊も、別々の場所で暮らしているから、火の精霊はここにいちゃいけないような気がして……」
「それは皆、自分の体質にあった場所で暮らしているだけ。火の精霊がここにいてはいけない理由にはなりません」
ぴしっと言い放った汀音に埜夢は目を丸くしたが、汀音の表情は存外にも優しく微笑んでいた。
「もちろん、火は木を燃やしてしまいますから、恐れるのも無理はありません。でも、それってどの精霊も同じではないでしょうか?」
「同じ……?」
「木は火で燃えてしまいますが、火だって水をかければ消えてしまいます。逆に木は土に根を下ろせば強くなり、土は水を吸い上げます。全てが同じように作用しあって生きているのに、火の精霊だけのけ者なんておかしいじゃありませんか」
言われてみれば、確かにそうだ。
ここは木の精霊が多いから、火ばかりを敵視してしまっていた。
埜夢は自分の故郷を思い出す。地元の精霊達は、風の精霊達が巻き起こした風に当てられて、住処を風化させられるのが嫌だと話していた。
だが、だからといって地の精霊と風の精霊が共存できないということはなかった。同じ場所に住む精霊同士交流も多かった。
木の精霊との相性が悪いからと、火の精霊を追い出す理由は何もなかったのだ。
知らず知らずのうちに、自分がとんでもない偏見の目で子供達を見ていたことを実感し、埜夢は汀音の言葉を今後の戒めとして常に心がけることを決めた。
「ここの精霊のせいでうちの子が大怪我を負った! どう責任をとってくれるんだ!」
……埜夢だけが心がけても、なかなか思うようにことは動かないということも実感した。
翌日の朝、埜夢と汀音が喧嘩を仲裁した子供の緑髪の方――木の精霊の保護者が学舎へ怒鳴り込んできた。
子供の父であろう男の精霊は眉間にしわをよせて、まるで紅葉した葉っぱのように顔を真っ赤にさせてかんかんに怒っている。
梓はタイミング悪く外出しており、玄関先にて埜夢と汀音が対応することになってしまった。
「大怪我? 一体何があったのですか?」
「うちの子が火の精霊に火傷を負わされた! 危うく死ぬところだったんだぞ!」
どうやら、昨日の火の精霊との喧嘩で負った怪我のことを言っているようだ。
だが、昨日埜夢と汀音が仲裁した時は前髪が少し焦げている程度で、腕や顔に火傷の痕はなく、服も火が移ったような痕跡はなかった。
「私どもも怪我がないか確認しましたが、前髪が少し焦げている以外は……」
「前髪だけだと? 燃え広がって頭に火が移ったらどうする!?」
汀音が落ち着いた口調で話しているのを遮り、男は大声をあげて反論する。
横に立つ埜夢から、汀音が眉をひそめるのが見えた。
「もちろん、一歩間違えれば危ない状態だったことに変わりはありません。ですが、喧嘩になっていた子供には私から厳しく指導いたしました。その子も、怪我をさせてしまったと反省しております」
「その火の精霊は今もここにいるのか!? いるなら出せ!」
「なぜです?」
「一発ぶん殴ってやる! そして二度とここに来られないようにしてやる!」
埜夢は開けっ放しにしていた玄関の中から、子供達のがやがやとした声が聞こえてきた。
外から怒鳴り声が聞こえてきて、子供達も不安になってしまったのだろう。あまり騒ぎになってしまうと怖がらせてしまう。
玄関の扉を埜夢が閉める。
「出すわけにはいきません。火の精霊もここで学ぶ権利があります」
「木の精霊が集まる場所に火の精霊を置いておくのか!」
「ここは全ての精霊を受け入れる学び舎です!」
「▽☆/◎■!!」
男はもはや言葉とも呼べぬような叫び声をあげ、右腕を高く持ち上げた。
殴られる!
――ガッ!
殴られた衝撃はないものの、目の前がすごく暖かい。
「従業員に手を出すな」
汀音がゆっくり目を開けてみると、紫色の長い髪がゆらゆらと揺れている。
汀音より一回り大きい影が、目の前に立っていた。
間に立った紫髪の精霊は、振り上げられた拳を片手で受け止め、爪を食い込ませるように力を入れながら鋭く睨んだ。
「ここはお前達だけの場所じゃない。危害を加えるなら容赦しないぞ」
「あ、熱ッ……!」
男の精霊は掴まれた腕を無理やりはがし、聞き取れない捨て台詞のようなものを吐きながら一人で去ってしまった。
男が去っていった方を睨む紫髪の精霊の髪の色が少しずつ赤色になっていった。
汀音と埜夢が正面に回ると、少し筋肉の張った体とスポーツブラから覗く胸が見えた。
「……あの、助けていただきありが……」
「助けてはいない。癇に障る奴だったから爪を立ててやっただけだ」
汀音の言葉を遮ってぶっきらぼうに返した。
呆気に取られていると、遠くから梓の聞きなれた声が響いた。
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