第9話〈埜夢のお兄ちゃんたち〉
「
ある朝、
兄達にまだ寮の宛先を教えていない。学舎にばかり荷物が届けられても困るから、今度教えておかないと……と考えていると。
「……えっ、何枚あるんですか!?」
梓が埜夢に手渡してきたのは、一冊の本かと見紛うような量の手紙の束である。
梓は「埜夢ちゃん人気者ねぇ」と暢気に眺めている。
一枚一枚数えると、合計十二枚もの手紙の封筒。
今日に至るまで全部溜め込んでいたのでは、と思ってしまうほどの量だ。しかし日付は全てここ五日間のものだ。
(え? 一人四枚出したってこと?)
この短期間に四枚もの手紙、一体何を書いたと言うのか。
「ご両親からですか?」
「あ、兄からです。な、何人か、いるので……」
向かいに立つ
あえて人数を言わなかったのは、三人からこの量の手紙を、と思われたくなかった故だ。
「ご兄弟ですか! 私は一人っ子なので羨ましいです」
「あはは……」
兄から手紙をもらえることは嬉しいことだが、量が量だけに素直な気持ちで受け取れない。さすがの埜夢も、ぎこちない乾いた笑いしか生まれなかった。
その日の夜、埜夢は自分の部屋で兄達からの手紙を開けてみることにした。
手紙はどれもシンプルな無地の封筒で、ほのかに土の匂いを感じた。
『かわいい妹の埜夢へ
学舎での生活がはじまってもうすぐ一週間が経とうとしているね。元気にやっているか?
仕事は難しいか? 学舎の同僚や先輩にいじめられたりしてないか?
もし仕事が辛いってことなら、我慢せず家に帰っておいで。俺達は埜夢の帰りをいつでも待っているよ。
野守は三人の兄の長男だ。
長男故に仕事が忙しいのか、ゆっくり時間が取れずに短い文章で終わらせているものが多かった。
短いが、書く頻度は多い。その結果がこの一人四枚の手紙である。
『妹の埜夢へ
変わりなく元気にすごしてしているか?
埜夢が家を出てからもう随分経ったように思う。僕達は相変わらず仕事ばかりだけど、埜夢がいないととたんに部屋が静かになって、仕事終わりの酒も美味しく呑めないよ……。
でも埜夢が家を出る前、僕に埴輪を渡してくれたよね。とても可愛がっているよ!
埜夢が出ていってから、この埴輪を埜夢だと思って毎日話しかけているんだ。最近喋るようになってきたよ。それから……(以下省略)』
開いた手紙をそっと閉じた。
「
深土は次男だ。
埜夢とは毎日飽きるまで遊んだ仲で、おそらく三人の兄の仲で一番関わった時間が長いだろう。
それ故か、兄の手紙の中でも文章量が半端ない。後半になってくると読む気力すらもなくなってきて、いくつか読み飛ばしてしまった。どうせ内容は似たようなものだから問題ないだろう。
『愛しの埜夢へ
元気か?
お兄ちゃんと離れ離れで寂しくないか?
いつでも帰ってきていいからな!!
待ってるぞ!!!!!
あまりにも短い。短いというより、紙に対して文字がデカすぎる。
極太のペンで書いてるのか、文字のインパクトも桁違いだ。思えば、三男である野之介は兄の中でもかなりの筋肉馬鹿であった。
とはいえ、埜夢の実家は鉱山。近くに住む精霊達もほとんどは炭鉱業や力仕事で、力が強い野之介にとっては天職のようなものである。
なんだかんだ、兄達も元気にやっているのだと思うと埜夢も安心した。
しかし、この短期間に送られてきた十二通もの手紙を除けば、の話だ。
埜夢の故郷は、第四の箱庭〈トモロス〉と呼ばれる峡谷が連なった険しい場所だ。
他の箱庭よりも複雑な地形をしていて、その環境の厳しさ故に地中の移動が可能な地の精霊、谷を通り抜けられる風の精霊が多い。
しかし、他の箱庭へ向かう分にはさして遠い距離でもない。
特別な移動手段があるとは言え、埜夢も朝に出発して当日の昼頃には学舎に着いているのだ。
それを考えた上で、この手紙の量である。
「これは……お兄ちゃん達には悪いけど、少し厳しくしないと」
妹離れができない兄ではこの先困る。
兄と会えない寂しさは埜夢も同じだが、それでもこんな文通の量は難しい。
ここはひとつ、埜夢と兄達のために一策練ろう。
「……それで、『一ヶ月文通禁止令』を?」
「はい。これでは部屋が手紙で溢れかえるので」
休日、梓に誘われて食堂で一緒にお茶を嗜んでいる時にその話をした。
汀音や風花のような学舎の同僚に話せる勇気はまだないものの、梓だとそういった家族の話に踏み込める。埜夢にとって梓はすっかり母代わりのような存在で、一緒にいると心が落ち着ける。
汀音と話す時のように、緊張でどもることもない。
「かなり踏み込んだのね。お兄さん達から何も言われなかったの?」
「それでも送ってきたら燃やして土に返しますと念を押してるから大丈夫です」
「あははは! 律儀だねぇ〜」
二人で笑いながら茶菓子を頬張った。
「でも、急に無理させると反動が怖いんじゃない?」
「僕から定期的に連絡するので大丈夫だと思います」
(あ、埜夢ちゃんは手紙書くのね)
梓は心の中でツッコミを留めておき、お茶を飲んだ。
「……そういえば、埜夢ちゃんのお父様は元気にしてる?」
「父さん、ですか?」
「うん。最後に会えたのは埜夢ちゃんを預けた時だったかな……」
あの時はとても頼りになった、と梓は思い出に浸っている。
埜夢は飲みかけのお茶に目線を落として少し言葉を詰まらせた。
「……元気ですよ」
「そう、なら良かった。今度お父様によろしく伝えておいて」
「はい」
それからしばらく経って日が傾き始めた頃、梓は夕飯の支度があるからとお茶会を終えて帰る準備をした。
寮で夕飯は取らないのかと聞くと、夜は家族と食卓を囲むことが習慣化していて帰ってこないと怒られるらしい。
梓を送り出した後、埜夢も部屋に戻った。
(……父さんか。家を出る時も、僕に顔見せしに来なかったな)
最後に話したのは、家を出て学舎で働く話を持ち出した時だ。
その時すら、埜夢の一方的な報告のようになり、会話とは呼べないものだった。
家を出る当日、埜夢を送り出したのは三人の兄達だった。
埜夢にとっての家族はもっぱら、仲良しの兄達なのである。
(母さんがいれば、また変わっていたのかな)
後日。
埜夢が学舎での仕事を終えて寮に帰ると、大量の荷物が届けられていた。
だいたいお菓子や飲み物で、当然ながら送り主は埜夢の兄達である。
埜夢が出したのは「文通禁止令」。
ならば、文でなければ良いのだ。
「お兄ちゃんっ!!」
その日のうちに「文通・仕送り禁止令」と題した手紙が送られることになった。
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