第8話〈学び舎の埜夢先生・後〉
着いたのは、小さな砂場だった。
帰りを待っていたのであろう子供達が二人すでに準備を進めていた。
「
「やったぁ! じゃーね、埜夢せんせーはお母さんやって!」
「お、お母さん……?」
「あたし、お父さんやる!」
「わたしはむすめ!」
「わたしはあかちゃんがいーい!」
埜夢は戸惑った。
おままごととは言え、子供達と交流を深めるのであれば遊びであっても真剣に付き合ってあげたい。
だが、埜夢はお母さんというものをよく知らないのだ。
「おかーさん、お腹すいたー!」
「ごはんつくってー」
「ばぶー!」
「えー、えーと、じゃあ、お団子で良ければ……」
埜夢が自分の周りにある土を握って土団子を作り、子供達の前に一個ずつおいた。
子供達が手に取って、ぱくぱくと食べる動作をする。
お父さん役の子供が「おしごとにいかなくちゃ!」と、自分のポシェットを肩にさげ、砂場を離れていった。
「ねーねーおかーさん、なにか作って!」
「な、何かって?」
「お砂で! あっ、お城作って!」
「あー、いいな、私も!」
おままごとの設定はどこへやら、三人揃って砂遊びに変わっていた。
埜夢は土と砂を織り交ぜて、綺麗に形を整える。
「ただいまー。あ、ずるい! あたしも入れて!」
お仕事(?)を終えて帰ってきたお父さん役の子供も、いつの間にか砂遊びになっていることに気づいて砂場に入り込んだ。
「埜夢せんせー、どうやったら綺麗に作れるの?」
「え、えっとね、こうやって湿った土を使って……」
埜夢は器用に土を固め、城の土台を作っていく。シャベルや手先を使って丁寧に形を削り、整えていく。それはもはや子供の遊びの領域ではないほどの職人技だった。
一緒にお城を作っていた子供達も、埜夢の本気の手さばきに息を飲み、見入っていた。
気づけば埜夢は、誰よりも真剣な表情で砂のお城を作っていた。
「これで……完成ですっ」
埜夢の故郷がある箱庭の最東端にあると言われる、賢者のお城をモチーフにした砂のお城。
土で丁寧に固めて、砂で外側をコーティングし見た目を整えた珠玉の一作。
中央の塔の形を整えて、埜夢が一息ついた。まだつめたいところはあるが、ここで手を止めないときっと日が沈んでも続けてしまうだろう。
ずっと黙って見ていた子供達が、キラキラと目を輝かせながら口を開いた。
「埜夢せんせー、すごーい!」
「どうやって作ったの!?」
「作り方教えて!」
「い、いや、その、こんなの大したことじゃ……」
感嘆の声をあげる子供達に、埜夢が慌てて立ち上がる。そして気がついた。
埜夢が作った砂のお城を一目見ようと、たくさんの子供達が砂場に集まっていたということに。
「すごいすごーい!」「埜夢せんせーが作ったの?」「かっこいいお城!」「もっと作ってよ!」
集まった子供達も、砂のお城を見て驚きの声をあげる。
知らぬ間に注目を浴びていたことに、埜夢の恥ずかしさが急激に込み上げてきた。
「そ、そんな、すごいことじゃ、ありませんからぁっ!」
埜夢はついに耐えきれなくなり、地面に潜って照れ隠ししてしまった。
先生、と呼びかける声に埜夢は応えられず、
「……ほんとにすみません。はぁあ、お恥ずかしいです……」
放課後。
埜夢と梓は事務室で、昼間のことを話していた。
埜夢は注目を浴びて恥ずかしくなったあまり、自分の業務を放棄してしまった。
埜夢はずっと暗い顔で項垂れていたが、梓は笑って励ましていた。
「そんなに落ち込まないで。皆埜夢ちゃんすごいって言ってたし、出だしとしては悪くなかったよ」
「う〜……でも、やっぱり子供達の前に立つのは、緊張します……」
「まあ、ここに来てまだ一ヶ月も経っていないし、今日がはじめてだったからね。気長に慣れていけばいいよ」
埜夢が自分で思っている以上に落ち込んでいたのか、梓は仕事終わりに寮に立ち寄って小分けにしたバウムクーヘンをおすそ分けしてきた。
埜夢は茶菓子とお茶をやけになって飲み干し、梓の言葉もあってなんとか立ち直ることができた。
焦らずに、気長に慣れていけばいい。
その言葉を心の中で何度も呟いて、やっと部屋の灯りを消すことができた。
――それからというもの、埜夢は子供達によく声をかけられるようになった。
恥ずかしさで地面に潜った自分が一体どんな目で見られているのかと気が気でなかったが、子供達は皆笑顔で「埜夢先生」と呼び、砂のお城の作り方をレクチャーしてもらいに来た。
遊びの天才というものは子供達にとって憧れの存在だった。埜夢はあの日から、砂場の女王として親しまれるようになった。
「そんな素敵なことがあったんですね。羨ましいです」
「今度はぜひ私も入れてください。埜夢さんの実力を生で見たいですから!」
「も、もう注目を浴びるのは、懲り懲りです!」
子供達の心を鷲掴みにできても、子供達の前で授業ができるのはまだまだ遠そうだ。
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