Twenty-fourth shot 妄想ラブシチュエーション

 土曜の授業は午前中で終わる。


 オーラを放出した後の気だるさは、例のごとくもうすっかり消えている。

 ルナたちは慌ただしく教室を後にして、下校した。棟田ら〝捜索網〟の連中にはいろんな理屈をこねて、リストアップした四人の自宅の場所まで調べさせていたらしく、午前中の休憩時間にそれらの情報を全て得たようだ。


 教室を出て行く直前、ルナからは「貴賀さん、四人の身元調査と行動調査に出かけてきます。晩ご飯までには家に帰りますから」と手短なメッセージを聞かされている。

 いつものように優しく、時にはおっとりとした一面も見せるルナではあるけれど、俺に特別な感情を抱いてるとか抱いてないとかでもめた昨夜の一件以来、何とはなしによそよそしく感じてしまう。それが、態度や言葉にはっきり表れてる訳じゃない。多分俺以外には誰も感じ取れない、ごくごく小さな変化で、笑顔の質?というか温かみのレベル?が今までよりもちょっぴり低いように思えてならないんだ。もしも俺の直感が正しいのなら、彼女は俺を特別な異性として意識し、言動にも自然とブレーキをかけてるってことなんだろうか……それとも元々が博愛主義者で、俺に誤解を与えないよう、わずかに態度を変えただけなのか……ああ、悶々としてしまう。


「大鳶くん?」


 教室の机に座って煩悶する俺に声をかけたのは……黒波だった。

 彼女が俺の教室に入ってくるなんて、初めての出来事だ。


「黒波さん、体はもういいの?学校に出てきてるくらいだから、心配はないんだろうけど」

「ええ、ありがとう。お陰様で元気いっぱい。でも昨日、どうして河川敷なんかに行って、しかも気を失っちゃったんだろう。原因がわからないから、何だか気持ち悪くて……」

「でもさ、こうしてちゃんと学校にも出てこられたんだから、そんなに気にすることないって。きっと部活か勉強のしすぎで、疲れてたんだよ」


 キュラス星人が変身していた岡本の話題は避け、俺は彼女を納得させ、励ますことに注力する。塾の中では、岡本が突然消えて、連絡も取れず、そろそろ騒ぎになってる頃だろう。今回の場合も矢野と同じように、最近この街に引っ越してきた本物の岡本という人物が襲われ、コールドスリープ波を浴びて部屋で眠らされているのかもしれない。


「疲れねえ……それはそうかもしれないけど」

「黒波さんのおじいさんとおばあさんって、二人とも優しそうな人だよね」


 事情を知ってる俺としては、気を失った原因の究明から話題を逸らしたい。


「ええ、孫はあたし一人だから、すごく甘やかされてるの」


 ここでようやく黒波は表情を和ませ、悪戯っぽく笑った。


「それに、おじいさん、俺の〝気〟が見えるんだって?びっくりしちゃったよ」

「おかしなおじいちゃんでしょ。でも、頭が変だなんて思わないでね。とっても真面目な人だし、経営者としてもずば抜けて優れてて、会長してる今の造船会社を一代で県下有数の規模にしたんだから」

「ふ〜ん、すごい人なんだね。もちろん変だなんて思ってないよ。〝気〟の話だって、ちょっと前までならちんぷんかんぷんだったけど、今は何となく理解してる。まあ、俺には〝気〟とかオーラとかはさっぱり見えないんだけどさ」

「オーラ?」

「ああ、おそらく〝気〟と同じで、どっちも生命エネルギーの意味だよね。オーラについてはルナたちから……」


 とここまでしゃべってから、しまった!と気付いた。つい気が緩んで調子に乗ってしまった。三人の正体を誰にも知られないよう用心するなら、一般人の前でミステリアスな話とルナたちを結びつけるのもよくない。


「天海さんたち、そんなことを知ってるの!じゃあ、あの三人も、おじいちゃん同様、〝気〟を見る力を持ってたりして」

「いや、そんな力は持ってないよ。スピリチュアルなものに興味があって、その手のことに詳しいってだけだから」

「編入学してきたばかりなのに、あの子たちのことよく知ってるのね、まるで昔からの友だちみたい」

「ははは……そうでもないさ。たまたま、学校に入ってくる前に知り合ったから……」


 はぐらかす俺を、黒波は釈然としない表情で見ていたが、やがて納得したのか再び表情を緩めた。


「そんなことより、おじいちゃんやおばあちゃんが気に入ってくれて良かった……大鳶くんを」

「えっ?」

「それに、二人だけじゃなく、あたしだって……」


 目を伏せた黒波の顔に、恥じらいの色があふれている。

 えっ?あの、こんな場面、こんなムード……相思相愛のカップルとか、コクったりコクられたりする男女の間によく発生する局面じゃないのか!?じゃあ、黒波は、まさか本当に俺を?


 ここは教室。中には掃除当番や、まだ帰り支度すらせず雑談してる生徒だっていて、こっちを興味津々で覗き見てる。

 こんなにオープンな場所で、俺は彼女にどんな態度を取れば……ルナがいないのをいいことに、勢いで俺も気があるような素振りを返してみる?もう少し考える時間を得るために、黒波を連れて場所を変える?その時は黒波の肩に触れたり、腕を引っ張ったりなんかして?それとも、「あたしだって」の続きは何なのか今すぐ問い詰める?……嗚呼!


「黒波先輩!」


 胸高鳴る未経験のシチュエーションを、一瞬で終わらせたのは、生物部の一年生部員だった。


「こんなとこにいたんですか!探したんですよ!」

「どうしたの?佐川くん」

「黒波さんの飼育してるウサギが、死んじゃってるんです!」

「何ですって!?」

「ウサギだけじゃなく、実験室で飼ってる動物や魚の半数以上が。それに、生き残ってるのもみんな、もう死にかかってるか、かなり衰弱してて……」

「わかった。すぐ行くわ」


 後輩に答えた黒波は、俺の制服の袖をつかんだ。


「大鳶くんも一緒に来て」

「でも俺、生物部じゃないよ」

「入部、考えてくれてるんでしょ?なら、生き物が好きな部員候補として、参加資格あり。それに、実験室では異常事態が起こってるんだと思う。君が側にいてくれたら……心強い」

「そ、そうかな……」


 こうして俺は、半ば強引に生物実験室へ連れて行かれたんだ。

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