Twenty-third shot 違う?違わない?

「あんたたちの言うオーラというのはようわからんが、わしに見えるのは人体を流れる〝気〟。本来は目に見えんエネルギーみたいなもんじゃな。中国伝統の民間療法である気功をやっとるうちに、人の〝気〟が見えるようになった」


 おじいさんの言う〝気〟とは、まさしく生命エネルギー、つまりオーラそのものじゃないか!

 俺もルナたちも、彼の話を食い入るように聞いている。


「〝気〟には強弱や色の濃淡があってな、相手がどんな人間かも何となく理解できる。色というても、赤とか青とか黄とか、そんな原色は見えん。黒から白への明るさの段階に存在する個々の階調が見えるんじゃ。明るい色は善人で、暗い色は悪人……そんな見当で大抵間違いはなかった。まだ現役で商売をしとった時には、取引先の相手が信用できる人物かどうか見極めるのに結構役に立ったのぉ。お嬢ちゃんたちは三人とも同じように、いろんな濃淡の階調が複雑に交わっておって、今まで見てきた他人の〝気〟とえろう違う。かといって、濁りや暗さは微塵もなく、あんたらが真っすぐで純粋な娘さんということはわかる。うちのソラが持つ〝気〟と、よう似ているのが不思議で、つい見とれてしもうた。許しておくれ」


 「いえいえ」「そんなそんな」と手を振るルナたちは、おじいさんの話にかなり感心しているようだ。


「それと、大鳶君じゃったかな?」


 おじいさんが急に振り向いたので、俺は思わず「はいっ?」と調子外れの声を出した。


「あんたの〝気〟はまたどう言えばよいのか、最初に見た時は弱々しかったのが、少しずつ強くなっているような。しかも、これまた見たことのない美しい白というか銀色というか、眩く輝いておる。あんたは、正直で正義感にあふれる男のようだ。ソラも、君のような人物を友にするとは、我が孫ながら見る目があるわい。大鳶君とはこれからももっと仲良くして、家にもどんどん遊びに連れてきなさい」

「うん、おじいちゃん!」


 嬉しそうに笑う黒波と目が合い、心臓がドキリとする。ふと視線を感じて横を向くと、俺を見ていたルナがぷいとそっぽを向いた。

 えっ?またまた何で?

 あたふたする俺を気にも留めず、おじいさんとおばあさんが黒波を連れて門の中に入る。


「夜道は危ないから、気をつけて帰るんじゃよ」

「皆さん、またね、ごきげんよう」


 俺たちに声をかけたおじいさんとおばあさんが、門から数メートル奥にある母屋の玄関へ向かうのを確かめ、黒波は門扉を閉める間際に深々と頭を下げた。


「大鳶くん、ルナさん、ミラさん、マルさん、詳しい話は、また明日学校で。今日は本当にありがとう」


 門扉が閉まり、俺たちはようやく帰路についた。


「しかし恐れ入ったよな〜。地球人のあんなじいさんが、オーラを見る力を持ってるなんてさ。まあ、見えるっていっても、限定的にではあるんだけど」

「ルナちゃんやないけど、これでミラちゃんもちょっとは地球人に対する見方が変わったんと違う?」

「変わるもんか。貴賀も、あのじいさんも、言ってみれば突然変異体みたいなもんだろ?」


 自転車を押しながら歩く俺の両脇で、ミラとマルがまた好き勝手なことを言っている。

 斜め前には、急に口数の少なくなったルナが歩いていた。

 さっきから、どうにもルナの様子が変だ。


「ねえ、ルナ……俺、何か気に障ることでもしたかな?」


 思い切って聞いてみた。


「どうして?何もしてないでしょ、あなたは」


 前を向いたまま、ルナがそっけなく答える。


「でも、何か怒ってるような……」

「何でわたしが怒らなくちゃいけないの!」


 振り返ったルナは、その言い方といい表情といい、怒ってるとしか思えない。

 こんなルナは初めて見た。

 それを横目に、ミラとマルがクスクス笑う。


「ん?ん?」


 俺は眉毛を上げて、二人に無言で問いかける。

 オタオタする俺を見て、ミラとマルはとうとう吹き出した。


「ほんまにわかってへんの?ちょっと鈍感なんとちゃう?」

「綺羅の国の住人が、ホントにこれでいいのかってさぁ……あたいとしては複雑な思いではあるんだけどな」


 二人の言葉に、前を行くルナの背中がビクッとなる。


「俺が鈍感って?複雑な思いがするって?どうしてだよ?」


 マルが「はぁ〜〜〜」と深いため息を吐き、ミラが俺の肩をつつく。


「お前、河川敷で黒波ソラに、『一人で帰らせたら、心配でたまんない』なんて言っただろ。そんな好意とも、特別な感情とも取られかねないような口を利くから、ルナがへそを曲げちゃったんじゃないか」

「え!?」


 だって、そんなの、言葉のあやというか、深い意味で言った訳じゃない……だからって、どうしてルナがへそを……。


「ミラさん、いい加減なこと言わないの!ホントに怒るわよ!」


 立ち止まって振り返ったルナは、顔を上気させている。


「いい加減じゃないだろが!ルナにとって貴賀は、『敬愛すべき特別な存在』『眩しい存在』なんだろ?自分でそう言ったんだから。相手に対する尊敬の気持ちが、いつの間にか愛に変わるってのは、よくあることさ」


 愛?ルナが俺のことを?マジか!!!


「そんなことありません!貴賀さんが妙な誤解を抱くじゃないの!今すぐ撤回しなさい!」

「そやけどな〜、ルナちゃん。さいぜんかて、おじいちゃんがソラちゃんに貴賀はんともっと仲良うして家に連れてこいなんて言うたあたりから機嫌がまた悪うなって、その後、ソラちゃんと貴賀はんが笑顔で見つめ合うたりしたさかい、ますますふてくされてしもたんやろ?」

「ふてくされてなんかいません!」

「そんなことないさ。十分ふてくされてたぞ」

「うんうん、えろうふくれてたで〜」

「違う!」

「違わないって」

「違わへん、違わへん」

「違うったら、違う!!!」


 にらみ合う三人……の間に、自転車のスタンドを立てた俺は恐る恐る割って入る。


「あの……みんな、ちょっと落ち着いて。夜中にこんな道の真ん中で大声出してたら、近所迷惑だよ」

「誰のせいでこんなことになってると思ってんだ?お前が全ての発端だろうが!」

「ミラちゃんの言うとおりやわ。男っちゅう生き物は、ほんまにどこの星でも同じやな〜」

「どうして俺がそこまで責められなきゃ……」


 火の粉がこっちに降りかかってきた時、ルナが「あっ……」と小さな叫び声をあげた。


「何や、何や?ルナちゃん、どないした?」

「ルナ、やっと気付いたか?お前自身でもわかってなかったウソ偽りのない胸の内に」

「お腹……」

「「何?」」


 調子外れの返答に、マルとミラが聞き返す。


「大きな声出したら、お腹が減った……」


 立ちすくんでポツリと言うルナに、マルとミラはもう苦笑するしかない。

 そのうち、クゥ〜〜〜と可愛らしい腹の虫の音が聞こえた。

 恥ずかしそうに腹を押さえたのは……ルナじゃなく、マルだ。


「そう言うたら、あてもお腹ペコペコやわ〜〜」

「確かに昼飯の後、何にも食ってないんだから、腹も減るよな。おい、貴賀、途中でコンビニ寄って、弁当買ってくれよ。あたいたちは現金持ってないんだから。でもって、美味そうで、デラックスなのをな」

「ここからマンションまでのルートに、コンビニってあったかしら?」

「なかったら、いつもみたいに家の近くのコンビニでかまへんやんか〜」

「いやちょっと待て。ここからあっちの通りを進めば、二十四時間営業のスーパーがあるかもしれないぞ。腹が減っては戦ができん!急ごう!」


 険悪なムードから一転、ルナ、マル、ミラは、まるでハイキングでもしてるような仲良し組に戻り、勢いよく前に進み出した。


 さっきまでのあの言い争いは、全く何だったんだ……。でもそう言われれば、緊張から完全に解放されて、ひどい疲れだけでなく、空腹感までが襲ってきた。


「貴賀はん、早う早う!置いていくで〜〜」


 手招きするマルに「わかった〜」と答え、俺は再び自転車を押した。


 いざこざが収まったのは良かったけど、気になって仕方がない。

 ルナは、俺に好意を寄せてくれてる?そんな夢みたいな話、あり得るんだろうか……。

 本人は否定してるけど、もしそうなら彼女の様子が急におかしくなった説明もつく。

 リアルな女子に好意を抱かれるなんて経験は、これまでの人生でたったの一度もない。だから、想像もつかない。

 確かに黒波は美人だし、高校に入学して以来、ある種憧れの存在だったから、親しくなれてすごく嬉しかったし、ついつい歯の浮くような発言だってしたかもしれない。

 でも、俺の心を今一番占めているのは……。


 ルナの笑顔と手の温もり……そして、甘やかでうっとりするような感触のくちびる。頭の中で想いを巡らせ、知らず知らずにやけてしまった俺は、ミラの大声で我に返った。


「おーい、こっちだーー!まだ開いてるスーパーを見つけたぞーーーー!」


 いつの間にか大通りの交差点に出ていて、スーパーは通りを渡った角にある。

 とにかく、腹ごしらえが先決のようだ。

 俺は自転車にまたがり、青信号になった横断歩道を渡って、手を振る三人の元へ急いだ。

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