Twenty-second shot オーラが見える老人

 黒波の家は、彼女の言ったとおり、塾からは歩いて十分も経たない住宅街にあった。

 周囲にマンションやアパートといった集合住宅はなく、全てが一戸建てだ。

 その中でも、黒波の家はとりわけでかく、敷地の四辺には土塀が巡り、木製の時代がかった立派な門扉が見えてきた。

 歩道に設置された街灯のお陰で、土塀の向こう側に大きな家屋の屋根も見て取れる。瓦を葺いた純和風の建物らしく、その形から推測して結構な豪邸のようだ。


「黒波さんて、お嬢様なの?」


 俺が問い掛けると、黒波は「そんなんじゃない」と頭を左右に振った。


「パパとママ、二年前に飛行機事故で死んじゃったの。一人っ子のあたしは、この街に住むおじいちゃんとおばあちゃんに引き取られたのよ。おじいちゃんは造船会社の社長だったんだけど、今は第一線から退いて会長になってるから、月に二、三度会社に行くくらいで、悠々自適の生活。おばあちゃんもずーっと専業主婦で、まったり、のんびりした平々凡々な毎日なんだもん」


 いや、それは全然平々凡々じゃないぞ。造船会社の社長なんてやってたのなら、この門構えも納得だよ。しかも今は会長と言ったって、まだ経営に関わってるんだろうし、ひょっとしたら院政を敷いてて社長よりも強い権力を持ってたりして。どっちにしろ、黒波が正真正銘のお嬢様であるのは疑う余地のないところだろう。


 俺たちがちょうど門の前に立った時、重たそうな門扉がぎいぃーーっと開き、中から上品そうな白髪のおばあさんが出てきた。


「あら、ソラちゃん、今帰ったの!遅いから、心配して何度も門の前に出てたのよ」

「おばあちゃん、ごめんさない。えっと……塾からの帰りに、学校の友達に偶然会っちゃって。おしゃべりしてたら、こんな時間に」


 黒波は、おばあさんに余計な心配をかけまいと、適当なウソをついた。


「まあ〜、そうだったの。おじいさんも気をもんでたから、ソラちゃんの顔を見たらほっとするわよ」


 その言葉が終わらないうちに、今度はつるっぱげで、立派な白いあごひげを生やした血色の良いじいさんが門から現れた。


「お〜、ソラ、今帰ったか〜。お友だちも一緒じゃったなら、案ずることはなかったのぉ」

「ごめんね、おじいちゃん。あの……彼が同じ学校の大鳶くん。それと、転校してきたばかりのルナさん、ミラさん、マルさん」

「初めまして!俺、じゃなくって、ぼ、僕、大鳶貴賀です」


 ペコリと会釈する俺にならって、ルナ、ミラ、マルも、この街での仮の名前「天海ルナ」「白雲ミラ」「星野まる子」を名乗って挨拶する。


「ソラちゃんがお友だちを家に連れてくるなんて、初めてじゃないの!おばあちゃん、嬉しいわ〜。皆さん、これからもこの子と仲良くしてやってくださいね」

「それはこちらこそです」


 喜色満面のおばあさんにつられ、緊張していた俺も自然と笑顔になって答える。


「せっかく家まで来てくれたんだから、皆さんには上がっていってほしいんだけど、もう時間も遅いし、残念だけど日を改めて是非また遊びに来てほしいわ。ねえ、おじいさん?」


 水を向けられたおじいさんは、さっきから俺たちをぎょろりとした大きな目でまじまじと見ている。


「ふぁ?あ、ああ、そうじゃな」

「おじいさんたら、また悪い癖を出して。そんな風にジロジロと人を見ちゃ、せっかくソラちゃんにできたお友だちが気を悪くして、家に来てくれなくなるじゃありませんか!」


 おばあさんに叱責され、おじいさんは気恥ずかしそうにつるつるの頭をなでる。


「いやいや、そんな悪気はなかったんじゃが、つい癖でな。それに、この男子や三人の娘さんは、不思議な色の気を発しておるんじゃ」


 彼が何を言ってるのか、すぐにはわからなかったけれど、ルナたちは違った。


「気ってことは、おじいさん、人のオーラが見えるんですか?」

「あてらのオーラを、不思議な色て、言わはったんよね?それ、どないな色ですのん?」

「まさか、そんな人間がこの地球にいるなんて。本当に?どんな風に見える?」


 三人から矢継ぎ早に質問され、おじいさんは一瞬答えに窮したが、やがておもむろに口を開いた。

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