Twentieth shot 俺と美少女警備隊の結団式

 相手の両腕がすっと伸び、俺とマルの首をつかむ。


 プラズマシールドは前面にしか張られていないから、後ろは全くの無防備だ。

 助けを呼ぼうとルナたちの方に顔を向けるけれど、喉を締め上げられて一言も発せられない。


 キュラス星人は真っ直ぐ伸ばしていた両腕を徐々に下ろす。そうされるのに合わせて、俺とマルは地面にひざまずき、そのまま並んで仰向けに押し付けられようとしていた。


「貴賀さん!マルさん!」


 ようやく立ち上がり、異変に気付いたルナが、こっちに向かって猛ダッシュをかける。しかし、俺たちとは十数メートルも離れているから、ここまで来るのに間髪を入れずという訳にはいかない。


 切迫した事態に考える余裕もなく、ミラがプラズマブーメランを投げた。

 が、キュラス星人や俺たちがいる前面には、プラズマシールドが立ちはだかっている。

 ルナを追い抜いて飛んできたプラズマブーメランは、シールドの端にぶつかり、弾き飛ばされてしまった。


「ちきしょう!」


 ミラが、悔しそうな声で足を踏みならす。

 隣のマルはぐったりとして、意識を半ば失っている。

 俺は死に物狂いで抵抗したけれど、首を絞める奴の手は緩まるどころか、ますます強くなり、苦しくてこれ以上力が入らない……。


 くそーーーー!武器になりそうな物は……どこかに……。


 もう一度マルに目を向けた時、だらんと下がった彼女の手のそばに、白い紙包みが落ちているのを視界に入れた。


「!」


 俺は、あらん限りの力を振りしぼって手を伸ばし、その紙包みをつかむなり、真正面にいるキュラス星人の顔面に投げつけた。


 紙包みが破れ、白い粉が飛び散る。


「ブヒィーーーーーーー!」


 悲鳴を上げたキュラス星人は俺とマルから手を離し、堪えきれずに後ずさりした。

 その刹那、超人的なジャンプ力でシールドを飛び越えたルナが、猛然とプラズマソードを振り下ろした。


 ズバッ!


 青白く光る光刃は、キュラス星人の頭から股までを縦に切り裂き、真っ二つに割った。


 それをぼう然と眺める俺の目と鼻に、舞い散った目つぶしの粉が入る。次の瞬間、目に激痛が走り、鼻の奥がムズムズしてくしゃみが止まらなくなった。

 気を失いそうになっていたマルは、目こそつぶってはいたが、粉を鼻から吸いこんだらしく、俺と同じように大きなくしゃみを連発した後、「むにゅむにゅ……」と意識を取り戻す。


「貴賀さん!マルさん!無事で良かった……」


 プラズマソードを収納し、俺とマルの間に入ってひざまずいたルナが、半泣きで地面に手をつく……と、彼女のコスチュームがキラキラと発光し、元の私服へと切り替わった。


「ルナ……ありがとう……助けてくれて……ハックション!」

「そやけど、クシュン!……もうちょっと早う助けてくれんと、クシュン!……こらあかんと思たで、クシュン!」

「ごめんね、マルさん。それに貴賀さん、あなたをまた危ない目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい」

「そんな、君たちが来てくれなかったら、今頃俺たちどうなってたか。よくここにいるのがわかったよね」

「放課後、リストアップした奴らの顔を拝みに行って、周辺調査をしてたんだけど、オーラの強いお前を夜に一人で出歩かせるのはやっぱり危ないってルナが言い出して、塾まで迎えに行こうってことになったんだ。で、来てみたら、橋にお前の自転車が置きっぱなしになってるだろ。近辺を探してるうちに、河川敷でお前が襲われてるのを見つけたのさ」


 すでに分子破壊投射機で死骸の処理を済ませたミラが、マルを助け起こしながら説明した。二人とも、今しがた私服姿に戻ったばかりだ。


 ルナは、そんなに俺を心配してくれて……。


 猛烈な倦怠感に襲われてはいたものの、俺は地面にひざまずいたままのルナの手を取り、一緒に立ち上がる。

 ルナは少しの間考え事をするようにうつむいていたかと思うと、やがてすっと顔を上げ、真面目な表情で俺を見つめた。


「貴賀さん、キュラス星人と対峙しなければならない現場は、とても安全とは言えないし、これまでのように、そして今みたいに命の危険を伴う修羅場に直面させるかもしれない。でも、わたしの命に替えても、あなただけはきっと守ります。だから、残るあと一人を見つけ、事態を収拾するまで、あなたのオーラをわたしたちに……」


 ここまで事態が進んでしまってるのに、今さらやっぱりイヤと言える訳もない。冒険とかリスキーとかいう生易しい次元じゃなく、命を削り、死の恐怖を背負う覚悟だってしなくちゃいけない。それでも俺は、本心から彼女たちに協力したいと思うようになっていた。出会ってまだ何日も経ってない三人に……。


「オーラって、命の源だよね。それを吸い取られるのは、正直不安や怖さもあるよ。君たちに触れる度、電流が体中を走るような体験をしなくちゃいけないのはひどく辛いし、その後は、気だるくて、積極的に何かをやろうという気持ちになれなくなるのもうざったい。でも、まだ逃げてるキュラス星人を早くどうにかしないと、街の人たちがこれからも被害を受け続けるんだよね。今ここに倒れてる黒波みたいに。だから……俺、力を貸すよ」

「ホント?」


 ルナの表情がパッと明るくなる。


「だって、俺みたいな平凡な男でも、役に立つんだろ?宇宙の平和のために、地球のために……君たちのために」


 ルナの瞳がさらに輝きを増し、俺に右手を差し出した。

 握り返したルナの手の温もり……このままずっと握っていれば、どんどん優しい気持ちになれそうな、そんな手の感触だった。


「マルさん、ミラさん、さあ、あなたたちも!」


 ルナの隣に並んだマルが、ペコリと頭を下げた。


「貴賀はん、迷惑かけてしまうけど、よろしゅうお頼み申します」

「ミラさんも、何してるの?」


 ルナに呼びかけられ、ミラも渋々といった表情でやってくる。


「まあ確かに、お前はルナの言うように例外的な地球人なのかもな。あたいたちの勝手な願いを聞き入れてくれて、礼を言う」


 ミラは、直立不動の姿勢を取ってから、礼儀正しく深々とお辞儀した。


「それじゃあ、みんなで交歓しましょ!」


 ルナが左手でミラとマルの右手を取り、四人の手を重ね合わせる。

 これからは、三人の宇宙警備隊員と一蓮托生だ。

 ルナは一呼吸置いてから、姿勢を正して俺を見た。


「あなたには心から感謝します。だけど、貴賀さんは平凡な人なんかじゃない。前にも言ったように、この宇宙広しといえども、とりわけ素晴らしい力を持つ眩しい存在よ。それだけは忘れないで」


 その言葉が胸にジーンとしみて、どう返事すればいいかわからない。


「う……ううっ……」


 俺たちの足元に横たわっている黒波が、小さなうめき声を発した。

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