Sixteenth shot 二人の矢野真由香
翌日、放課後に突入するや否や、教室のルナたちを目当てに、棟田、藤原、そして捜索網の男子生徒部隊が三々五々と集まってくる。
この日塾のない俺は、彼女らの編入学前からの友人という優位な立場で当然その輪の中に入っていた。そこへ、別府が泡を食って駆け込んできたんだ。
「矢野だよ、矢野!矢野!」
「何だ?いきなり。矢野って、保健室の矢野か?あいつなら、この春に養護教諭として転任してきたからリストアップ対象者ではあるけど、そんなの始業式に全校生の前で紹介されてんだから、知らない奴なんていないだろ」
興奮する別府に、棟田がしらっとした顔で諭す。でも俺は、矢野の名前が出てきた時点で、冷静でいられなくなった。キュラス星人が変身していた矢野真由香は、一昨日ルナたちが葬り去っているんだから……。
「そんなこと言ってんじゃない!あいつ、とんでもなくヤバイことになってんだよ。昨日、無断欠勤したの、お前ら知らないだろ?」
棟田が「そうなのか?」と興味なさげに返事し、他の男子生徒らも首をかしげる。
ルナも、マルも、ミラも、そして俺も、意識的に感情を抑え、耳をそばだてた。
「それで、今朝教頭と体育の広川が、矢野のアパートを訪ねたらしいんだ。あいつ、実家は大阪で、こっちでは独り暮らしだから。そしたら部屋の鍵が空いたままで、二人が中に入ったら、矢野が倒れて失神してたんだよ!」
「失神?二日酔いだろ?あの容姿だし、夜の街で男と派手に遊んでそうな感じだもんな〜」
話を遮った藤原に、別府はぶるぶると首を横に振る。
「そーゆー話じゃなく、失神してたのは、確かに矢野だったんだけど、俺たちの知ってる矢野じゃなかったんだ!」
「はあ?何だそれ?ナゾナゾ?」
「教頭たちも、最初は失神してた女が矢野だってわかんなかったんだ。何せ顔が全然違ってたみたいで。それでも、慌てて一一九番と一一〇番して、女が救急車で病院に搬送された後、警察が室内を調べてみると、倒れてた女こそが養護教諭の矢野真由香だってわかったんだ。部屋にあった運転免許証とかマイナンバーカードとかの写真と照合して」
「ちょ、ちょっと待てって。なら、学校に来てた矢野は誰なんだ?」
棟田が、いぶかしげにつぶやく。
「わからん。病院の矢野も、まだ意識不明のままで、職員室は大騒ぎになってる」
そう別府が報告した後、一座に沈黙が流れる。
視線を合わせたルナが、俺に向かってわずかにコクッとした。
キュラス星人は、こっちに家族や知り合いがいなくて、そっくりに変身できなくても正体がバレないと踏んで矢野を狙ったのか?何て大胆な奴だ。
それにしたって、本物の矢野は一か月以上も眠らされていたんだろうか?どうやって?
矢野に関する情報はこれ以上得られず、結局この日の〝捜索網〟の成果は、この四月に転校してきた生徒が、三年と一年にそれぞれ一人いるってことくらいだった。
生徒以外の〝新人〟となれば、俺も知ってる美術担当教師の大山と、学校用務員は小西だったっけ……その男性二人。〝容疑者〟としてピックアップされたのは、計四人となる。
ルナたちは、棟田ら〝捜索網〟メンバーから執拗に自宅の場所を尋ねられてて、適当に答えてはいる。それでも、万が一尾行された場合を想定し、俺と一緒に住んでるのがバレないよう、下校時は三人がバラバラにわざわざ遠回りして、誰もついてきてないのを確認後、帰宅することにしていた。
俺が家に帰ってから約一時間後、ルナ、ミラ、マルが相前後して戻ってきた。
「ちょっとちょっと、学校で別府が言ってたこと。みんなは、わかってるんだろ?矢野の部屋で何が起こったのか」
取るものも取りあえず、カーペットに腰を下ろした三人に俺は尋ねる。
「ええ、何が起こったのか、理解しています。キュラス星人はコールドスリープ波を使ったんでしょうね」
正座したルナが、おもむろに口を開く。
「コールドスリープ波?何それ?」
「キュラス星人が体内から発生させる超能力の一つで、相手を一定時間仮死状態にする波動のようなものです。本物の矢野さんはコールドスリープ波を浴びて、長い間部屋の中で眠り続けていたんでしょう」
「だから、本物の矢野は失神状態で見つかったのか……」
「コールドスリープ波を受けた生命体は、最長で三か月くらいは眠ったままになってしまうんや。地球の生物で言うたら、クマとかコウモリは冬に体温を低下させて、何にも食べんかて肉体の状態を保ったまま長期間眠り続けられるやろ。あんな感じに強制冬眠させられてしまうんやな。矢野ていう教師は他県の出で、一人暮らしやったんやろ?この街に赴任してきた直後、襲われたんに違いない。しかも、オーラを吸われただけやのうて、替え玉になるためのターゲットに選ばれてしもたという訳や。キュラス星人はまんまと〝矢野〟に化けて、矢野の部屋で生活し、昼間は学校に通いながら夜は街を徘徊して狩りを続けてたんやろな〜。おそらく矢野の部屋は、連中のアジトにも利用されてたんとちゃうか。事件が表沙汰になってしもたから、他の仲間はもう寄り付かへんやろけど」
ルナに代わって、マルが言葉を引き継いだ。
「矢野はまだ意識不明みたいだけど、死んだりしないよね?」
「冬眠状態にあるんやから、すぐに目を覚ますやろ。けど、意識は戻っても、キュラス星人についてはもちろん、襲われた時のことについては何にも覚えてへんやろな。例の分泌液を注入されてるやろし」
「そうなると、警察はまともな取り調べもできないし、捜査はこれからどうなるんだろう……」
「どうにもならないさ。誰かが本物の矢野に成り代わって春から学校に通勤してた。でも、そいつは影も形もない。あたいたちが処分したんだから当然だ。捜査したって何も出てこないんだから、そのまま迷宮入りだろ。学校の教師たちも、今は訳がわからなくて騒いでるだろうが、本物の矢野が回復して登校するようになれば、自然と落ち着きを取り戻す」
ぶっきらぼうにミラが答える。
「矢野さんの件は、このまま静観するほかありません。それよりも、棟田さんや藤原さんたちが調べてくれた四人の身元調査をさらに進めなければ」
ルナの言葉に、ミラとマルがうなずく。
「一年と三年の転校生、それに転任してきた美術教師と学校用務員か〜。四人くらいに絞られてれば、調べるのもそれほど面倒じゃないかな」
「ええ。まずは、彼らが一人暮らしかどうか。これだけの調査なら、棟田さんたちがそれほど時間もかけずにやってくれるはずだわ」
「一人暮らしじゃなかったら、家族や同居してる人が必ず気付くはずだよね。本人と違うって。でも、二人暮らしとかで、その二人ともが入れ替わってる可能性もあるんじゃない?」
「もちろん。一人暮らしというだけでなく、怪しそうな家族構成の人物が特定されたら、わたしたちが本格的に現地調査して、キュラス星人かどうか見極めます」
ルナは、目尻をわずかに上げ、顔をキュッと引き締めた。
そして、彼女らがキュラス星人を探し当てた時、俺はいよいよ決断しなければならない。
力を貸すのか、貸さないのかを……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます