Twelfth shot 俺の身体に秘められた未知の力

「あかんあかん、もっと大きゅう口を開けんと〜〜」


 ベッドの上で仰向けになった俺の口の中に、回路計のテストリードみたいなコード状の器具を突っ込んで、マルがあーしろこーしろと指示を続けている。


 少し前まで、ルナとミラが順番にカーペットの上で仰向けになり、マルは彼女らの体全体を服の上からこの器具でタッチし、何かを細かくチェックしていた。

 脱力感というか倦怠感というか、けだるい気分が帰宅後もまだ続いていて、俺はベッドで少し横になっていた。関係ないと思っていた俺にも、マルはこの奇妙な診断を受けるよう求めてきた。全身をチェックされ、ルナやミラよりも入念に口の中と手のひらを調べられている。


 コード状の器具は、ノートパソコンのような機械に接続され、画面に表示される解読不能の文字が目まぐるしく変化し、いくつもの棒グラフが上下を繰り返す。


「ほんまにこのマルチタスクギヤと周辺機器だけでも貴賀はんの部屋に置いといて、大正解やったわ。これで何とのうわかったような気がする……」


 俺の口の中から器具を抜き、マルが一息ついた。


「そのマルチタスクギヤって、結局何なの?」


 上半身を起こし、俺はあぐらをかいた。

 ルナは正座し、マルは足を斜めに崩してカーペットの上に座り、ミラは勉強机の椅子に腰かけて足を組んでいる。


 俺たちは、港の倉庫での戦いの後、どこにも立ち寄らずマンションに戻ってきた。持ち帰った超小型核融合炉も、生体放射エネルギーセンサーも、キュラス星人の炎弾の直撃を受けていて、機械知識に一番詳しいマルでさえ修理できる状態じゃなかった。

 でも、このノートパソコンみたいな機械だけは、持ち歩くのに重いからとこの部屋に置いていったらしい。


「マルチタスクギヤは、この星で言うてみたら万能パソコンとスキャナーとプリンターを合体したような道具やな。これが一台あったら、大抵の事務作業は完結させられる賢い子なんや」

「で、どうなんだ?貴賀のオーラで戦闘モードになれた理由、どこまでわかった?」


 ミラが、焦れったそうに尋ねる。


「うん、まあ基本的な原理やったら大体な。簡単に言うと、あてらはキュラス星人と変わらへんていうことなんや」

「はあ?あたいたちがあんな野蛮な種族と変わらないだって?」


 ミラだけじゃなく、ルナも、そして俺にとっても意外な言葉だった。


「原理はほんまに同じなんや。キュラス星人は、生物のオーラを吸引し、自らのパワーの源に変換して超能力を発動するやろ。さいぜんのあてらも、貴賀はんが異常な環境に身を置いて、無意識のうちに尋常やない数値にまで上昇させたオーラを取り込んだことで、エレミュレーター光線と同様に体で一種の化学反応を誘発し、超能力を発動させた。つまりあてらも、貴賀はんのオーラを吸い取って、戦闘モードに転換する動力源にしたていうことやな」


 それを聞いたミラとルナは、がく然となった。


「マルさん、それは本当なの?綺羅の国の住人は、他の生命体のオーラを吸い取る力なんてないはずじゃ……」

「吸い取る力がないんと違うて、通常のオーラやったら、あてらが必要とするエネルギー量に満たへんさかい、必要とせんまま力が眠ってたんやと思う。ところが、倉庫で襲われた時の貴賀はんのオーラは、あての目測やと平均的地球人の八万二千五百八十五倍以上に達してたのは確実やわ。これだけの放射量を持つ生命体は、宇宙広しといえども、数えるくらいしかおらんはずやで。そこへ肉体の接触によって、エネルギーの通信回路が開通したんや。あてらは、普通やったら自分からオーラを吸い取ることはでけへんけど、回路さえ繋がればエネルギー源から吸引でける。ただし、超小型核融合炉から照射されるエレミュレーター光線と比べたら、その力量はひどう小さい。そやから戦闘モードになっていられるのは地球時間で三分。それを経過したらカラータイマーが警告し、元へ戻ってしまうんやな」


 は、八万二千五百八十五倍のオーラ?

 そんな力を、俺が持ってるって?

 マジかよ?何で?

 そんなこと急に言われても、現実感がこれっぽっちも伴わない。


「つ、つまりだな、あたいたちは戦闘モードに転換しようと思ったら、その度に、こいつと手を合わせるとか、握手とかしなけりゃいけないのか?」


 目に見えて不満そうに、ミラが俺を指差す。


「そんな簡単やないで。まず、貴賀はんが、感情の急速な高揚によって体のオーラを通常の八万二千五百八十五倍以上に増幅せんとあかん」

「倉庫で襲われた際の緊張と恐怖……それで防衛本能が高まり、わたしを助けようと奮い起こしてくれた勇気が、オーラを桁違いのパワーに増幅したのね」


 ルナが、思い出すようにつぶやく。


「それと……オーラの吸引方法は、あてらの手でするんやない……もう通信回路は固定されてしもてるんや……」


 ふいと急に消え入るような声になったマルが、恥ずかしそうにうつむく。


「手じゃないって、じゃあどうすんだよ?」


 ミラに問い詰められ、マルが意を決して顔を上げる。


「さっきと同じ方法や。ルナちゃんは、くちびるとくちびるを重ねる。ミラちゃんは、お尻を手でつかまれる。あては……このおっぱいを、貴賀はんの手でぎゅっと……」


 ここまで言ったマルは胸の前で腕をクロスさせ、顔を真っ赤にして再びうつむいた。

 ルナも、ミラも、あまりのショックで目が点になっている。


「バ、バ、バカを言え!お前、ちゃんと調べたのか?」


 少しの間を置いて、赤面したミラが素っ頓狂な声をあげた。

 無言のルナは、俺をチラッと横目で見て視線が合うなり、ドギマギしてそっぽを向く。


「当たり前や!あてがさっきからテスターで念入りに調べてるのをミラちゃんも見てたやろ!オーラがあてらの体に入って全身に流れた時、そのエネルギーが流入経路を固めてしもたらしいんや。地球人の文化で例えるとしたら、目には見えへんコンセントとプラグができたようなもんやな。コンセントと違う場所にプラグを差し込んでも、何も起こらへん。こんな風に言うたら、貴賀はんも理解できるやろ?」

「あ、あぁ……」


 と、これ以上の言葉が俺には見つからない。


「だが、あたいはそんなの認めないぞ!綺羅の国の男にさえ、そんなこと誰一人としてさせてないのに、現地生命体にお尻を触らせるなんて。あり得ないからな!」

「男どもて言うたかて、ミラちゃんボーイフレンドなんかずーっとおらへんかったやん」

「うるさい!どっちにしろ、そういった汚らわしい行為は容認できないんだ!そもそもマル、お前は平気なのか?自慢の胸を、ボーイフレンドでもなく、母国の男でもなく、未開の地の原住民に揉みくちゃにされちゃうんだぞ」

「揉みくちゃにはされへんのと違うかな……それに、それほど不快なもんでものうて、どっちかていうとちょっと気持ちええような気も……」

「話にならん!ルナ、お前はどうなんだ?くちびるだぞ!接吻しなきゃいけないんだぞ!」


 ルナは少し考えてから、ミラとマルを交互に見た。


「二人とも、宇宙警備隊という自分たちの立場と都合ばかり主張してるけど、貴賀さんの身になって考えてみた?」

「どうしてこいつの立場にならないといけない?」

「そらまあ、部屋を貸してくれて、あてらの道案内もしてくれてる現地協力者なんやから、感謝はしてるし、何らかのお礼も必要やと思うけど……」

「そんなことを言ってるんじゃない。貴賀さんをよく見て。オーラの色にわずかな濁りがあるし、普段の状態より弱くなってると思わない?生命エネルギーの低下が原因だわ。つまり、わたしたち三人が戦闘するために必要なオーラを抜き取ったことで、貴賀さんには既に必要以上の迷惑を肉体的にもかけてしまってるのよ」


 いやいや、ちょっと待ってくれ。今、妙なこと言わなかった?


「あのさ、俺の生命エネルギーが低下してるって……それって、キュラス星人に吸われた人たちみたいに、最後は死んじゃうってこと?」


 三人の会話へ割って入った俺に、口を開いたのはマルだ。


「オーラの量が通常より弱うなってるて言うても、ほんのちょびっとやがな。そのくらいやったら多分死なへんから安心しよし」

「多分って、ちょっと!」

「一般的な地球人が通常のオーラを大量に吸い取られたら、確かに命に関わる。でも、あてらが吸引するとしたら、貴賀はんのオーラが最大限に高められた時の余剰分がメインや。普通の状態では回路は開かんやろし、例え吸引しても戦闘モードにはなられへん。それに、十分高まったオーラを、三人が三分間戦闘行動するために必要な量をいっぺんにもろたかて、今みたいにすっからかんにはならへんから、命が尽きるやなんてありえへん。例えば、その絶頂状態を貴賀はんがずーっと続けてて、あてらが二十四時間、何日もひっきりなしに吸引したら、いつかはオーラが枯渇して過労とストレスで倒れてしまうかもしれんけど、そんな状況はちょっと考えられんやろ。確かに倉庫を出た時、貴賀はんのオーラレベルは一旦下がったようやけど、ちょっとずつ回復はしてる。それだけ貴賀はんの生命力や、オーラを生む根源が強いていうことや。あと五、六時間も横になってたら、通常レベルに戻るんとちゃうかな」

「そっか……やっぱりそれが原因で急に体がだるくなったのか……」


 体の異変の理由がはっきりとわかり、ひとまずは胸のつかえが下りた。

 ルナは話を続ける。


「それだけじゃない。彼のオーラがわたしたちの戦闘モード転換に不可欠の量まで増幅するには、その都度、キュラス星人に襲われるか、命に関わる危険な状況に置かれるかして防衛本能を一気に高めてもらうしかない。戦闘行為が予測されるリスキーな現場には、必ず彼を連れて行かなければならないのよ!宇宙警備隊の使命は、宇宙の平和と宇宙の民を守ること。わたしたちが逃がした囚人のせいで、無関係な宇宙の民の一人である貴賀さんにこんな負担をまだ強いようというのに、オーラの吸引を拒否するとかどうとか、言える立場じゃないでしょ!」


 ルナにぴしゃりと論破され、ミラもマルも返す言葉がない。


「ねえ、マルさん、マルチタスクギヤで綺羅の国の警備隊本部に救援依頼のメッセージは真っ先に送ってくれたでしょ。新しい超小型核融合炉がここに届くまで、どのくらいの日数がかかりそうだと思う?」

「ほんまはリアルタイムでやり取りできる画像通信をしたかったんやけど、それやと内蔵バッテリーがあっちゅう間になくなってしまうさかいな。メッセージが本部に着くまでちょっと時間がかかるけど、うまいこといったら、一か月くらいで救援隊が来てくれるやろ。それまでの間はバッテリーを大事に使うて、この機械を動かせるようにしとかんとあかん」


 それを聞いて、ルナは覚悟を決めたような真剣な顔になった。


「少なくとも一か月は、ある意味無力の状態で活動しないといけないのね……わたし、これは特にミラさんに言いたいんだけど、貴賀さんのこと、下等生物でも、汚らわしい存在でもないと思ってる……心の底から。倉庫で増幅した彼のオーラ、キラキラ金色に輝いていて、とても美しかったわ。わたしたちの国では、金のオーラを持つ者は善人の証しと言うでしょ。そして、この宇宙でもまれなオーラパワーを持つ民でもある。だから貴賀さんは、わたしたちが敬愛すべき特別な人でこそあれ、見下すような相手では決してない。わたし……貴賀さんさえ了承してもらえるなら、喜んで……あの、その……くちびるとくちびるを重ねて……戦闘できるようにしてもらう!」


 ルナの力強い宣言に圧倒されて、ミラもマルもポカンと口を開けている。


「貴賀さん、あなたにとっては不利益なことばかりだけれど、もし戦わなければならない時がまた来たら、わたしたちにオーラを分けてもらえる?」


 俺に向き直り、ルナは哀願するような表情を見せた。俺に対する彼女の気持ちが嬉しくて、心にしみる。しかし俺には、何も考えずホイホイと話に乗るのを思いとどまる平常心も、まだわずかに残っていた。


「あの……その前に、素朴な質問が」

「あ、はい、どうぞ」

「超小型核融合炉って、あんなにコンパクトなんだし、君たちが乗ってきた宇宙船に予備はないの?生体放射エネルギーセンサーも含めて」

「囚人を護送してきた宇宙船にはどちらもあるわ。船はわたしたちにとって宇宙における大事な基地だから、装備も充実してる。けれど、脱走した彼らの行方を少しでも早く突き止め、追跡するために、宇宙船はアンドロメダ銀河のとある星系に置き、小型の高速宇宙船に乗り換えてここまでやってきたの。だから予備はありません」

「じゃあ、その小型宇宙船で一旦アンドロメダに引き上げて、装備の整った宇宙船で再び地球に戻ってくるのは難しい?」

「小型宇宙船は、海の底に沈めてあります。これも、超小型核融合炉から出すエレミュレーター光線の力で遠隔操作して、海から出すつもりでした。それができないとなると、自力で引き上げなければならないんだけど、貴賀さんの力を借りて戦闘モードになったとしても、潮の流れの速い瀬戸内の海に潜り、いくら小型とはいえ三人であの船を三分以内に海から出すのは不可能だわ。それに、万が一小型宇宙船に無事乗り込めたとしても、アンドロメダ銀河からここに戻ってくるまでには、恒星間移動でも地球時間で一か月近くかかるはず。となれば、その頃にはキュラス星人の体内に十分なエネルギーも蓄えられ、この街からいなくなってるということも考えられる。アンドロメダ銀河にある宇宙船には部外者に見せられない極秘資料や、物品の購入に必要な宇宙通貨のデータが内蔵されてるから、ロックはわたしたち三人全員の生体反応がないと外れません。だから、地球に三人のうち誰かを残す訳にもいかないし……」


 ルナの哀願の眼差しは、さらに強さを増し、俺の心に訴えかける。

 が、それ以上の言葉が、俺の口から出てこない。

 不安、恐れ、迷い……そして、何だかんだ言っても、結局はルナたちも俺にとってはキュラス星人と同じソウルイーターみたいなもんじゃないのか?

 オーラは……生命エネルギー。ルナたちはそう言った。死ぬような危険性がないにしろ、それでもオーラを吸われることで、俺の命のエネルギーは削られる。それは確かなんだ。

 実際に今、体に力が入らない奇妙な状態にあるんだから、こんなに得体が知れず、気持ちの悪いことはない。例え、オーラが少しずつ回復するようなものであっても……踏ん切りがつかない。「うん、わかった」という簡単な言葉が、どうしても出てこない。


 小さな部屋を、沈黙が支配する。


「今すぐ答えてくれなくても、構いません」


 口元をゆるめ、そう切り出したのはルナの方だった。


「脱走した五人のうち、三人を倒したから、残りは二人。少なくとも一人は、貴賀さんの学校に通ってる誰か……生徒か、教師か……。まずはわたしたちが、それをあぶり出すことこそ先決です。だから、それまでの間、考えておいてくれますか?」


 俺は、真顔で首を縦に振る。

 「ありがとう」と言ったルナは、マルとミラに向き直った。


「さあ、明日からの作戦を詰めていきましょう」

「そやな。まずはターゲットを見つけんことには、なんも始まらへんし」

「で、どうする?手がかりが学校しかないのなら、答えは一つしかないが……」


 三人が話し合いを始め、俺は疲れた体を少しだけ休めようとベッドで横になった。そして気分が晴れないまま、深い眠りについてしまったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る