Tenth shot 罠に落ちた美少女警備隊

 ルナとミラは、マルの背中に隠れて見えないデイパックの前に回り込むなり、絶句する。何事かと、彼女らの隣に移動した俺も息を呑んだ。

 デイパックには、直径二十センチほどの穴が開き、微かに煙が立ち上っていた。


「核融合炉に……高密度エネルギー弾が当たったのか?」


 ミラの問いかけに、マルがうなずく。


「直撃や。エレミュレーター光線を出すどころか、一切の操作がでけへんようになってしもた。万事休す……やな」

「ちょ、直撃って、核融合炉がそんなことになったら、大爆発とか起きるんじゃないの?」


 青ざめる俺に、ミラがフンと鼻を鳴らす。


「これだから下等動物は。核融合炉は、核爆弾と構造が根本的に異なる。破損しても暴走して爆発はしないし、核融合が止まるだけ。放射性物質が飛散する可能性はあるけど、この機械はダメージコントロールが完璧だからその心配はない」


 何を言ってるのかちゃんと理解はできないが、ひとまず安全らしいということだけはわかった。でも、エレミュレーター光線を出せないとなると……。


「このままじゃ、戦闘コスチュームには変われないんだよね?」


 俺の言葉に、三人はひとしきり沈黙した。


「あての責任や……デイパックを狙われやすい場所に置いてしもて……」

「マルさんのせいじゃない。そもそも、わたしが事前に戦闘態勢をとらせなかったのが悪いんだから」

「今は反省会してる場合じゃないぞ。刃向かう気満々のキュラス星人二匹。このままじゃ、まともに戦えず、全員返り討ちだ」

「ごめん、わたしとしたことが取り乱して……例え戦闘コスチュームでないにしろ、向こうが敵意を見せてきたからには、戦うしかないわ」

「戦うて言うても、あてら、今のままやと地球人と変わらんくらいの力しか出されへんのよ。臨戦状態のキュラス星人やったら、少なくとも地球人十人分の体力はあるはずえ」

「だから、まともには戦わない。今、相手は前と後ろの二手に分かれてる。合流されないうちに、全員で出入り口の方へ戻り、まず一人をやっつける。各個撃破よ」

「各個撃破はいいが、三人で束になってかかっても、かなわないぞ」

「キュラス星人の急所はなんだった?思い出してみて」

「えっと……確か、あのぶらんと垂れ下がった鼻や。あれをきつうつかまれたら、力が出んようになるんやったっけ」

「それよ、マルさん。二手に分かれて、左右の壁沿いに進みましょう。マルさんとミラさんは向こう側の壁沿いから先行して、あいつの目をひき付けてちょうだい。わたしはこっちの壁沿いから回り込んで飛びかかり、鼻をこれで縛る」


 ルナは、いつの間にか長さ二メートルほどの紐を右手に持っていた。

 この倉庫にはいろんな産業部品が残されていて、資材を縛るための紐とか縄とかの類いはあちこちに落ちている。ルナはそれを拾ったらしい。


「マル、一気に向こう側の壁まで駆け抜けて、コンテナに隠れながら進むぞ。奴に近付いたら、二手に分かれて注意を引こう」

「よっしゃ。ほな、ルナちゃん、うまいことやってや」

「うん、二人とも、くれぐれも気をつけて!」


 コクリとしたミラとマルが、コンテナの陰から飛び出す。同時に出入り口と、そして奥の方からも二人に炎弾の連射が浴びせられる。


「貴賀さんは、わたしの側を決して離れないで」

「わかった……」


 この緊迫した状況の中で、彼女たちにアドバイスできる知識も力もない俺は、言われた通りにするしかない。


「行きましょう!」


 マルとミラが反対側の壁にたどり着き、出入り口の方向へ向かうのを見届けてから、ルナが俺の肩を叩いた。

 キュラス星人の炎弾攻撃は、マルとミラに集中している。

 コンテナや山積みにされた機材の陰に用心深く身を隠しつつ、俺たちも進む。


 どうにか気付かれずに、出入り口の近くまで戻ってきた。

 ハンガードアの真ん前に置かれた大型コンテナに目をやると、天井面に不気味な姿で膝をつき、マルとミラのいる方向へ炎弾を放っているキュラス星人の背中が見えた。俺のいる場所から、距離にして約十メートル。


「貴賀さんはここに隠れてて。決して動かずに」

「ルナ……さんは、一人であいつに?」

「さん付けは無用です。ルナ、で構いません。それに、心配してくれるのは嬉しいけど、わたしたちはプロだから、一応」


 わずかに表情を緩めたルナに促され、俺は言い直す。


「そりゃ、ルナは特別な訓練だって受けてるだろうけど、それは例のエレなんとか光線で特殊なパワーを得られてこそだろ?」

「こういった非常時を想定したトレーニングで、肉体はみっちり鍛えてるわ。今の状態でも、地球の軍人や格闘家よりは強いわよ。安心して」


 そう言って正面に向き直ったルナは、間髪入れずに地を蹴った。

 キュラス星人が乗っかってるコンテナも、高さが三メートルほどあって、俺なんかとても簡単に上がれそうにない。でもルナは、戦闘コスチュームを身に付けていなくても、想像を絶する運動神経を見せた。


 コンテナの手前で大きくジャンプし、側面を駆け上がるようにしてさらに上へ跳び、天井面に手をかけた。と見る間に、反動を利用して体をひょいと引き上げ、コンテナの上に着地する。彼女の言葉にウソはない。まるで軽業師みたいだ。

 気配に気付いたキュラス星人が振り向く。その時点でルナはつつっと相手の眼前に迫り、両手に持った紐を相手の鼻に巻き付けていた。

 キュラス星人は両手を組み合わせて振り上げ、ルナに叩き付けようとする。それよりも一瞬早く、ルナが紐をギュッと縛る。すると、キュラス星人の動きが止まり、力が抜けたように体を揺らしながら膝を折った。


 すごい!


 コンテナの向こうで廃材の山に隠れていたマルとミラも、この様子を見届けて姿を現わす。


「やったな、ルナ」

「さすが、ルナちゃん!」


 ところが、二人の言葉を、別方向から飛んできた炎弾の飛翔音がかき消し、ルナの引っ張る紐を焼き切った。

 バランスを崩し、ルナは後ろにつんのめる。


 倉庫の奥から、大型コンテナの天井を飛び石のようにジャンプして、もう一体のキュラス星人が疾風のように横槍を入れてきたんだ。

 奥にいた奴だから、あのセクシー養護教諭の変身した姿なのか?この新手は、ルナのいるコンテナに飛び乗り、ぐたっとした仲間の鼻に絡まっている紐をはぎ取る。

 ルナは素早く立ち上がったけれど、新手は彼女に向きを変えて突進し、鋭いかぎ爪で襲いかかった。

 これをギリギリでかわしたルナは、コンテナの端に追い詰められる。


「ルナ!」

「ルナちゃん!」


 近付こうとするマルとミラに、ようやく立ち直った一体が炎弾を浴びせ、行く手を沮む。

 一方、新手は立ち往生するルナの顔面に向けて右手のかぎ爪を横に薙いだ。


 ルナは体を反らせて、ふわりと後ろへ跳ぶ。もちろん、そこに足場はない。中空で、ルナは華麗な後方宙返りを見せて着地した。

 物陰に隠れようと、彼女はすぐさま駆け出す。が、床に放置されていた鉄管に足を取られ、横転した。


「痛たたたた……」


 体のどこかを強く打ったのか、うめき声を発したルナはすぐに立ち上がれない。

 好機とばかり、新手のキュラス星人はコンテナの上から炎弾を放とうと、両腕を斜め下に突き出す。


 じっとはしていられなかった。


「こらーーっ!こっち向けーーーーー!!相手は俺だーーーーーーー!!!」


 そう叫ぶなり、手近に落ちていたコンクリートの欠片をキュラス星人目掛けて投げつける。


 コンクリートは目標を大きく外れ、明後日の方向へ放物線を描いたけれど、相手はターゲットを俺に変えた。両腕から放たれた炎弾が、真っ直ぐこちらに飛んでくる。


 バシッ!バシッ!バシッ!


 俺が咄嗟に身を隠した山積みのダンボール箱に、炎弾が直撃する。ダンボール箱は上から次々に破砕され、じっとしていたらすぐに体の一部が露出してしまうのは明らかだった。

 ……でも、恐怖で足が動かない。

 そこへ、ルナが俺の横に飛び込んできた。


「貴賀さん、どうしてこんな危険なマネをするの!」


 顔を真っ赤にして、明らかに怒っている。初めて俺に向ける表情だ。


「だって、君が危ないと思ったから。どうにかして、助けたいと思ったから……」


 俺の素直な返答を聞いて、ルナの顔からすーっと怒気が消え、一転して気まずそうな表情へと変容した。


「ごめんなさい……あなたをきっと守ると言っておきながら……わたし……」


 バシッ!バシッ!バシッ!


 山積みだったダンボール箱は、平積みに近い状態まで吹き飛ばされている。


「とにかく、逃げましょ!」


 ルナに抱きかかえられるような格好で、俺は一番近くにあるコンテナの陰へと走る。ルナがそばに来てくれたからか、恐怖はもう感じない。それよりも気になったのは、ルナが右足を少し引きずっていることだった。


「足、ケガしたの?」

「さっき転んだ時に少しひねったみたい。でも、そんなに大したことないわ。とにかく、この倉庫から大急ぎで逃げないと」


 ルナと俺は出入り口の方へ視線を向けたが、コンテナに乗ったあのキュラス星人がいては簡単に通り抜けられない。


 すると、炎弾で俺たちを攻撃し続けていたそいつは不意に射撃を止め、コンテナの上から事もなげにぴょんと床に飛び降りた。

 もう一体のキュラス星人は、ここからはよく見えないけれど、炎弾を発射する音から察して、マルとルナを依然激しく攻め立てているようだ。


 俺たちと対しているキュラス星人は、こっちに向かって歩き出した。見る間に、両腕を突き出し、炎弾を放つ。


 ガシーンッ!


 俺たちの頭上、約十センチ。顔を出していたコンテナの角に炎の弾が直撃し、握りこぶしほどの大きさに凹んでいる。


「貴賀さん、こっちに!」


 ルナに手を引っ張られ、俺たちは倉庫の奥へと逃げる。

 これじゃ、倉庫から外に出るどころか、出入り口からどんどん離れて袋のネズミになってしまう。しかし今の状況では、こうするしかなかった。


 コンテナや廃材を縫うように走る俺たちの背後から、何発もの炎弾が襲いかかり、すぐ真横や前方で衝撃音と共に火花を散らせる。

 後ろを振り向くと、キュラス星人は鈍重そうな見た目とは裏腹に、陸上選手のようなフォームで障害物を飛び越え、コンテナを左右に避けつつ全速力で追いかけてくる。


 とうとう俺たちは、倉庫の一番奥に行き当たってしまった。

 相手の足が速く、炎弾を避けるのに精一杯で、物陰に隠れる余裕はない。

 奥の壁に追い詰められ、向き直った俺たちの前に、キュラス星人が立ちはだかった。でも外見が、俺の記憶にあるキュラス星人の姿形と少し違う。頭部の点々とした数か所から黒くて長い髪のような物が垂れ下がり、別のもう一体や公園で見た奴よりもずっと目が小さくて、体も細く、胸や尻がやや膨らんでいるように見える。腕のあちこちに千切れた白い布、脚部には青い布の切れ端がくっついている。やっぱりこいつはセクシー養護教諭に化けていたんだ!まだ完全に元の状態に戻りきれてなくて、体がでかくなった際に引き裂かれた衣服がまとわりついている。


 俺の想像を裏付けるかのように、黒い髪は徐々に肌へと吸収?もしくは同化?され、目は大きく飛び出し、体は一回り大きくなって、完全なキュラス星人の形になった。

 俺をかばうように、ルナが前に出る。


「あなたは、囚人番号三〇三三ね?脱走しただけでなく、警備隊のわたしたちに武力で抵抗するなんて、無事で済むと思ってるのですか?」


 相手の表情はまったく読み取れないけれど、顔をわずかに動かした様子が、俺にはフンと鼻で笑ったように見えた。

 多分その推測が大きく間違っていないのは、相手が俺たちに向けて真っすぐ両腕を突き出したことで容易に知れた。キュラス星人の高密度エネルギー弾は、鉄製の頑丈なコンテナですら破壊するほどの威力がある。あんなものを一発でも撃ち込まれたら、盾になってくれてるルナを簡単に貫き、俺の体にも大きな穴が開くだろう。

 ルナだって、そんなの百も承知のはずだ。だからこそ、彼女は俺を守るために新たな行動をとった。いきなり俺を力の限り突き飛ばし、反対方向に数歩移動してキュラス星人をにらみつける。


「殺したいなら、殺しなさい!でも、ここにいる男の子は宇宙警備隊と無関係よ。決して手を出さないで!」


 キュラス星人は、カメレオンみたいな目をくるくる動かし、しばらく俺とルナを交互に見ていたが、やがてその両腕をルナに向けた。


 ルナは覚悟を決め、直立したままの姿勢でまぶたをゆっくりと閉じる。

 このままじゃ、ルナは死んじゃう!こんなのイヤだ!……こんなのダメだ!

 ダメだ!ダメだ!ダメだ!ダメだ!ダメだ!ダメだ!ダメだ!!!

 気持ちが高ぶり、全身が妙に熱くなる。恐怖の中で、心が痛く、苦しくなり、怒りや焦りやいろんな感情が巻き起こり、入り混じる。

 俺の体は、もう勝手に動いていた。

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