Eighth shot センサー、反応!

 俺たちの前に立ちはだかった声の主は、がっしりした体格で、野球部の顧問兼監督もしている体育教師、広川だった。


「大鳶、お前が連れてるこいつらは何だ?」


 目の前にいるのはこの街、いやいや県内でも見かけないようなとびきり可愛い少女たちだというのに、広川は河原の石ころくらいにしか思っていないのか、目尻を下げる周りの男子とはまるっきり対照的な恐い表情でにらみ付けてくる。


「あの……えっと……知り合いの女子高生たちで……この学校を見学したいって言うから、案内しようかと……」

「見学だあ?お前、校則を忘れたのか?教職員、生徒、その保護者、学校関係者を除いて、如何なる者も校内には立ち入り禁止だ!」

「いや、でも、俺の知り合いなんだから、関係者に入らないですか?」

「屁理屈言うな!そんなもん入るか。そもそも、お前たち、私服のようだがどこの学校なんだ?市内に私服通学を許している高校は、県立も私立もないはずだが」


 広川は、ルナたちの服装をなめるように見る。


「『お前』って、貴様は誰に口を利いて……」


 下等生物とみなす地球人に詰問され、カッとなったミラをルナが手で制する。と同時に、マルが精一杯の愛想笑いを浮かべて一歩前に出た。


「あてらは、アンティグア・バーブーダから日本に戻ってきたばかりの帰国子女どす。どの高校に転校するか、比較検討するためにこうやって学校を見学させてもろてますのえ」

「アンティグア……バーブーダだと?」

「カリブ海に位置するイギリス連邦の加盟国どすけど、知らはりませんの?英邁な高校教師の方とお見受けしましたんやけど」

「いや、それは……詳しくは知らんが、どこかで聞いたことのある国ではあるな……」


 俺は初めて聞いた国名だけど、この反応からして広川もきっと初耳に違いない。出鼻を挫かれて、戸惑いの表情を見せている。


「そやから見学させてもらいますえ」


 マルが俺たちに目で合図して進もうとするのを、我に返った広川が両手を広げて止める。


「待て待て!いくら帰国子女でも、保護者同伴でなければ校内に入れる訳にはいかん!」

「親はまだみんなアンティグア・バーブーダに残ってて、あてらだけが先に帰国したさかい、保護者はおりませんの。そやからあてら三人が、責任者みたいなもんどす!そないな状況なんやし、見学させてくれてもかまへんでしょ?」

「それなら、親御さんからの委任状とか、当校に経緯を説明する手紙とか、教育委員会からの紹介状とか、お前たちの言葉を裏付ける書類を見せなさい。それがなければ、学校には一歩たりとも入れられんな」


 口先だけでは説得できないと悟ったのか、マルは「何やら今日は暑いな〜」とか言いながら、シャツの一番上と二番目のボタンを外し、胸元を開けて手でバタバタさせながら広川に媚びたような眼差しを送る。


「そないな固いこと言わんと、通してくれはっても構いませんやろ〜?」


 豊満な胸の谷間をチラチラと見せられた広川は、明らかに動転して視線を泳がせたていたが、やがてどうにかこうにか理性を繋ぎ止めてブルブルっと首を左右に振った。


「ダメだと言ったら、ダメだ!」


 セクシー攻撃も通用せず、プリッと頬を膨らませるマルを後ろにやり、今度はルナが前に出て頭を下げた。


「必要な書類は家に置いてきてしまって、今手許にはないんです。必ず後日持ってきますから、今日のところは大目に見ていただけないでしょうか?」

「ダメ!」


 ルナの真摯な申し入れも、広川には通用しない。

 我慢の限界にきたミラは、一人きびすを返した。


「下等生物に臨機応変で柔軟な対応を求めるのは無理というものだ」


 捨てゼリフを吐いて、一人でスタスタと歩いていく。


「さあ、お前たちもさっさと出て行きなさい」


 広川が両手を広げたまま、強引に俺たちを押し出そうとする。

 ここで押し問答を続けていてもラチが明かないと見切りをつけ、ルナとマルも広川に背を向けた。仕方なく、俺もそれに従う。

 その時、校舎から二十人以上の集団が楽しそうに雑談しながら出てきた。

 生物部の連中だ!

 黒波ソラを中心にして、男子部員が親衛隊のように取り巻いている。黒波だけに注意が注がれているせいか、こいつらはルナたちに目もくれない。


「川に生息する生物の採集って、久しぶりだよな〜」

「何だかこういうの、ピクニックみたいでウキウキしますよ〜」

「おいこら、一年生、これは部活動で、遊びに行くんじゃないんだからな〜」


 彼らが俺たちの横を通り過ぎて、校門を出ていこうとする……瞬間の出来事だった。

 黒波が、俺を見て、ニコリと頬笑みかけたんだ!


 ウソだろ?クラスメートでもなく、一言も話したことない俺に、何で?

 あるいは別の誰かに?周りを見回したけど、彼女の視線の先にあったのは俺だけだ。

 でもそれはほんの一瞬のことで、取り巻きに囲まれて川のある方へ歩いていく黒波は、再び俺に振り向きはしなかった。


 どんどん小さくなっていく彼女の背中が名残惜しく、心の中がザワザワする。

 昨日までの俺なら、嬉しくて舞い上がり、誰彼なしにハイテンションで声をかけて回ったかもしれない。でも今は、ちょっと違う。いやいや、嬉しくない訳じゃないんだ。すごく嬉しいんだけど、そんな気持ちの中にもどこか余裕のある俺がいた。


 その理由は……目の前で顔を曇らせている三人の少女の存在にある……のかもしれない。

 俺たちは、校門の向かい側にある駐車場に舞い戻った。


「校内に入れないとなれば、どうしよう?ミラさん、マルさん」

「取りあえず、夜になってから忍び込むか?」

「ここは学校なんやさかい、夜になったら人もおらんようになるんとちゃう?貴賀はん?」

「うん。昔は校内に宿舎が設けられて、用務員が住み込みで働いてたみたいだけど、今は防犯システムが整ってるから夜には誰もいないよ」

「そうすると、今わたしたちにできるのは、登下校する生徒や職員をこの場所で見張り続けることくらいしかないわよね」

「まあ、そういうことになるわな〜、現時点やったら」


 マルがデイパックの中から生体放射エネルギーセンサーを取りだし、校門に向ける。

 いつの間にか、門には誰もいない。たむろしていた男子生徒たちは、広川に追い散らされて下校したか、校内に戻ったんだろう。


「あてらが教師に捕まってる間、何人か校門から帰っていったやろ。あの中にいたてゆうことはあらへんやろね」

「さあ、どうだかな。一人の女子を何人もの男子が取り囲んでた一団があったろ。中心にいたあの女、怪しくなかったか?どうも妙な雰囲気をまとってるような気がしたんだが」


 ミラが指摘してるのは、明らかに生物部の集団、そして黒波だ。


「違う!彼女はキュラス星人なんかじゃない」


 俺は思わずミラに声を荒げた。


「どうして、そう言い切れるんだ?」

「あの子、黒波ソラは、一年以上前からこの学校にいる。一か月前、急に現れたんじゃないからだ。それは俺が保証する」

「ふ〜ん、保証ね。お前、もしやあの女生徒に特別な感情を持ってるのか?」

「そんな訳ないだろ!」


 そう言って、俺はチラッとルナを見た。何故だか、自然と目が彼女の方に行ったんだ。ルナは、きょとんとした愛らしい表情で俺を見返す。


「貴賀さんの言うことが正しければ、その女性はキュラス星人じゃないわ。この春から彼女の身代わりになって、周りの誰にも気付かれないくらいそっくりに変身するほどの能力を、彼らは持ってないんですもの」


 ルナの言葉に、俺はひとまずホッとした……のも束の間、その安堵感を、「ああっ!」というマルの小さな叫びが吹き飛ばした。


「どうしたの、マルさん?」

「接近してくるで!校舎から!多分一匹!もうすぐ校門に現れるえ!」


 マルが、センサーのモニターを凝視しながら矢継ぎ早に答える。

 ルナが、ミラが、そして俺も、一斉に校門を注視した。

 出てきたのは……生徒じゃなく、教師!


「あの人は四月に転任してきて、普段は保健室に詰めてる養護教諭の矢野真由香だよ!」


 年齢は二十代後半か、三十代前半。黒のロングヘア、目鼻立ちのはっきりした顔立ちで、身長はそれほど高くない。大人の色気を感じさせる肉感的なプロポーションの持ち主だ。

 前任の養護教諭は色気もなくて無愛想なおばさんだったから、新任のセクシー先生は生徒の間でも人気が高く、病気でもないのに保健室に出入りする男子が急増している。

 矢野は、オフホワイトのブラウスに紺のジーンズ、真っ赤なハイヒールという、うちの学校の教師にしては相当に派手な装いで現れ、港がある方向に向かって歩いていく。


「間違いあらへん。あの女はキュラス星人や。学校の中にもまだ反応が出てるさかい、仲間が残ってるはずやわ」


 マルが、センサーを矢野と校舎の交互に向けながら告げる。


「ルナ、どうする?」

「どっちみち校内には入れないんだから、あの女を追いましょう。奴らがどこかに寄り集まって寝泊まりしてる場所があるのなら、そのアジトをつかめるかもしれないわ」


 ミラとルナの会話に、マルもうなずく。


「俺も一緒に行くよ」


 そうひょいと口をついて出た。妙な話に巻き込まれて、正直はた迷惑以外の何物でもないはずなのに、彼女らの美貌に心が惑わされているのか、思いやりを持って接してくれるルナへの親近感が高まってるせいなのか、自分でも不思議なほど、三人に力を貸してやりたいという気持ちが増殖していたんだ。


「貴賀さんの厚意はありがたいけれど、あなたは残っててください。彼らが抵抗せずに捕まってくれなければ、また昨日みたいな戦闘になります。あなたを、もう二度と危険な目に遭わせたくない」

「みんなに協力するって約束したじゃないか。矢野がどこに行こうとしてるのかわからないけど、この中で土地勘があるのは俺だけだ。きっと何かの役に立てるよ」

「でも……」

「ルナちゃん、貴賀はんがこないに言うてくれはるんやから、ここは力になってもろた方がええんとちゃう?」

「そうだぞ。本人が行きたいって言ってんだから」

「……わかった。でも貴賀さん、決して無理はしないでね。何かあれば、きっと守ります」


 宇宙人とはいえ、女の子に「守る」なんて言われ、ちょっと情けない気がしないでもないけど、それはそれで俺は嬉しかった。


 俺たちは、矢野に気付かれないよう、一定の距離を保ちつつ、尾行を始めた。

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