Fourth shot 自宅会議は踊る

 狭いワンルームの自宅で、ベッドに座る俺の前には、ちょこんとカーペットに正座している三人の美少女がいる。正確に言うと、正座しているのは、金髪と青い髪の子で、赤い髪の子はあぐらをかいて何が不満なのか頬杖をしている。


 悪夢のような城址公園での出来事から、まだ一時間ほどしか経っていない。


 あの化け物との戦いの後、青い髪の子がデイパックの中をもぞもぞすると、すぐに三人の体を光が包み、銀と深紅のコスチュームは、最初に見た元の私服に変わっていた。


 エムル八七銀河の綺羅の国から来た宇宙警備隊員……。


 俺がこの目で見た事実は、あまりに荒唐無稽な彼女の言葉を何の疑いもなく信じさせるほどに衝撃的だった。

 聞きたいことは山ほどあったが、公園で長居をする訳にはいかなかった。

 化け物の乱射した炎弾が、公園に植えられた何本もの桜の木と地面を穴だらけにしていたからだ。公園内には管理事務所があるから、巡回の警備員にでも見つかれば大ごとになる。かといって、こんな美少女たちを連れてファミレスやカフェにでも入ろうものなら、目立って仕方がない。万一クラスメートや学校の教師に遭遇したら、こっちが問い詰められて問題がますます大きくなってしまうだろう。やむなく、一旦俺の部屋へ連れて行くことにした。


 青い髪の子はなかなか用心深く、公園内の街灯の上部に録画装置一体型の防犯カメラが取り付けられているのに気付き、帰り際に俺たちが映っていそうな何台かを破壊するのも忘れなかった。デイパックから出したピンポン球みたいな「携帯型プラズマ手榴弾」という武器を使ってだ。対象物にぶつけると、半径一メートル以内の物質が熱エネルギー破壊される。というのが、彼女の説明である。


「まず自己紹介からさせてもらうわね」


 最初に口を開いたのは、金髪の子だった。


「わたしの名はルナフューリアス。あなたたちが地球と呼ぶこの星から三百万光年離れたエムル八七銀河に『綺羅の国』と呼ばれる惑星があって、そこに本拠地を置く宇宙警備隊の……正式には警備隊士補。警備隊学校を卒業して、研修を終え、一か月前に任官して第五百七十九万八千七百五十三分隊に配属されたばかりの、言わば新人よ。わたしのことは、日本語圏らしく名前を省略してルナと呼んでね」

「あては、マルフレーゼンて言うのん」


 そう言ったのは、青い髪の子だ。


「この星に降り立ってから二人の仲間は、あてのこと『マル』て呼んでる。日本語では『マル』は『丸い』ていう意味にもとるやろ?あてが丸うて太ってるみたいに言われてるようで、どうも納得でけへんのやけど、『マルって呼び名が可愛いから!』て、ルナちゃんに押し切られてしもうて。しゃあないから、当面はそれで我慢することにしたん。あんたさんも、マルて呼んでかまへんえ。分隊の定員は三人で、みんな同期やの。分隊長は空席。あてらみたいな隊士補やのうて、正式な隊士やないと分隊長にはなられへんから、学校の卒業試験で一番成績の良かったルナちゃんが分隊のリーダーていうことになってる。ほんでもって、隣でふて腐れたような顔してるのが、ミラちゃん」


 結構早口のマルに紹介された赤い髪のミラは、俺を無視して仲間の二人に顔を向けた。


「ていうか、こんなのに自己紹介して何の意味があるんだ?三等級以下の惑星に生息する生き物には、特別な理由がない限り、あたいたちの素性を知られちゃいけないんだぞ。さっさとこいつの記憶を消して、残りの奴らの捜索に向かわないと!」


 何だか人をえらく見下した言い方をするもんだから、俺も思わずムッとなる。


 ルナが「わたしはそうは思わないわ」と穏やかに反論した。


「確かにこの惑星のデータは全て頭にダウンロードしたけれど、本来担当するアンドロメダ銀河からは遠く離れ、わたしたちにとっては未知の世界じゃない。せめて一人くらいは、現地に通じた協力者が必要だわ。それに彼を見て。センサーを使わなくても、すごく強い生命エネルギーを発してるのがわかるでしょ?彼はこの惑星でも、きっと特別な住人よ。奴らに再び狙われる可能性だってある。それなら、わたしたちは彼を保護する役目も負わなければならない」


 彼女が何を言ってるのか全く理解不能なんだけど、ミラは大きなため息をついてから「わかった」と応え、俺を見た。


「あたいの名はミランダリア。だから一応ミラ。親しくもない現地生物からあまり気安くそう呼ばれたくはないが、さっき見たことを一切秘密にし、我々と行動を共にするというのであれば仕方がない。で、お前の名前は?」


 納得した割にはまだ横柄な態度が気にはなるが、近くで見てもやっぱりクールビューティーで華やいだ風貌が、怒りを随分緩和させる。それに、危ないところを助けてくれた恩人の一人でもあることを思い返し、俺は気を取り直した。


「協力するとかどうとかは、詳しい話を聞くまで何とも言えないけど……俺は大鳶貴賀。呼ぶ時は、下の名前、貴賀でいいよ。一六歳で、高校二年。君たちも俺と同い年くらいだよね?そもそも遠い宇宙から来たにしては、日本語がすごく流ちょうなんだけど、日本語が母国語なの?」

「んな訳ないだろが!これだから三等級以下の下等動物は……」

「ミラさん、そんな言い方よくないわ。きちんと説明しなきゃ、わからないのは当然よ。貴賀さん、もちろん母国語は別の言葉。でも宇宙警備隊では、カバーしてる広範なエリア内で生命体が存在する惑星のデータをかなり充実させててね、もちろん地球という惑星の中にある日本国の言語や文化のデータも。わたしたちが持ってきたマルチタスクギヤという機械でそのデータを脳内にダウンロードすることで、自動翻訳されて日本人とも普通に会話できるの。わたしたちの母国語と日本語との間で翻訳が難しい言葉、表音文字、発音、ニュアンスなんかは、最も適する表現、音声に変換されるようになってるわ」

「じゃあ、マル……さんが話してる関西弁みたいなのも」

「これは関西弁をさらに細こう分類した京都弁なんえ。あての出身地はルナちゃんやミラちゃんみたいに綺羅の国の首都やのうて、歴史ある古都として知られる場所やさかい、母国ではちょっと訛りがあるの。そやから、日本の中では古都として有名な京都の方言が自動的に選択されたんやと思うわ」

「わたしたち三人は同い年で、母国では五六三歳。だけど、地球人の年齢に換算すれば、あなたの言うとおり日本国での高校二年生、一六歳に相当するわよ」


 正座したまま、ニコニコと話しかけてくるルナの何と可憐なことだろう。ミラから高飛車な言葉を浴びる度に向かっ腹が立つものの、ルナが優しくフォローしてくれると、たちまち心はとろけてしまいそうになる。


「そうなのか……本来俺と同じような歳で、宇宙警備隊なんて想像もつかない仕事を……で、そもそもその宇宙警備隊って何なの?君たちは、地球を本来担当してるエリアじゃないって言ったけど、じゃあどうしてここに来たんだい?」

「宇宙警備隊は、宇宙の安全と治安の維持を目的に設立された警察組織で、約一千二百億個の銀河を管轄してるの。外敵への対応を目的とする軍隊・宇宙連合軍とは別物よ。銀河とは、光を放つ恒星や星間物質が多数密集した天体のこと。あなたの住む地球は太陽系という星系に属していて、太陽系は銀河系の中にある。その銀河系は、宇宙にたくさんある銀河の一つであり、宇宙警備隊の管轄内にも入ってるの。わたしたちが第五百七十九万八千七百五十三分隊に赴任して命じられた最初の任務は、殺人・強盗・爆発物破裂・現住建造物等侵害などの罪で宇宙裁判所から無期禁固の判決を言い渡された宇宙盗賊団の五人を、アンドロメダ銀河にある牢獄惑星に護送すること」

「それが到着までもうあとちょっとていう時になって、宇宙船からまんまと脱走されてしもたん。五匹いっぺんに」

「マル、他人事みたいに言うな!囚人に長旅の休憩をさせてやろうという名目で、お前がメイオール星団の第八六番惑星に立ち寄らせたからだろうが!本当は、あの星の名物菓子を食べるのが目的でな」

「護送中の休憩は、囚人の心身の健康を保持するために規定でも認められてるやないの。それにミラちゃんかてあのお菓子、『美味しい〜〜〜』言うて喜んでたやん」

「うるさい!それとこれとは別の話だ!」

「まあまあ、仲間内でそんなにもめないで。脱走を許したのは、隙を作ったわたしたち全員の責任なんだから」


 二人を制したルナが、再び俺に向き直る。


「囚人たちが逃走に使った高速宇宙艇を追跡し、やっと二日前に五人がそろって地球の日本国にあるこの街に逃げ込んだところまで突き止めました。海岸の浅瀬には、壊れて動かなくなってる宇宙艇が沈められていたわ。藻がわずかに付着している状態から推測して、その時期は一か月ほど前。脱走直後、何故だかわからないけど真っ直ぐ地球を目指してきたのね。それで、わたしたちもこの星に降下し、宇宙船を沖合の海底に隠して、日本人に扮装した上でこの街に潜入したという訳なの」

「はは……日本人に扮装してね」


 確かに服装はそうだけど、三人が一様にこのメチャクチャ目立つ風貌なんだから、潜入と言うのには無理がある。


「それじゃ逃げたうちの一体が、あの化け物?」

「化け物なんて言うが、あいつらはお前たち地球人よりも知能の高い二等級惑星のキュラス人なんだぞ」

「えっ、マジで?あんな不気味な姿してたのに、怪物じゃなくて、知能の高い宇宙人……」

「ダウンロードデータによると、地球人というのはどうも見掛けだけで物事を判断する傾向にあるということだったが、まさにその通りだな。しょうがないから教えてやる。宇宙警備隊では、生命が存在する惑星を五つの等級に分類している。知能が高く、超光速航法で銀河間を移動する技術を有し、固有の軍隊は持たず、惑星単体、もしくは星系を恒久的に平和統治しているのは一等級。知能は高く、超光速航法技術も有しているが、固有の軍隊を持ち、星間戦争中か、現時点では平和でも星間戦争の可能性を有している惑星、星系が二等級。知能はある程度高く、惑星も平和に統治しているが、超光速航法技術を持っていないのが三等級。そこそこの文化を有しているが知能が低く、惑星全体の平和統治もできていないのが四等級。単細胞生物、もしくは文化度の低い多細胞生物しか生息していないのが五等級。三等級以下の惑星は、お前たちが〝ワープ〟と呼ぶ恒星間移動ができないんだから宇宙の知識はゼロに近い。あたいたちのような宇宙人の存在を知ることでパニックが起こる可能性もあるから、その存在は知らせず、密かに見守り、惑星外からもたらされるトラブルは宇宙警備隊が極秘裏に処理、解決するようにしてるんだ」

「それでさっき、ミラ……さんは、三等級の惑星に住む生物には素性を知られちゃいけないって言ったのか……」

「三等級以下の、だ。言っておくが、この地球は三等級よりも下の四等級なんだからな」

「何でだよ!なら、地球人は知能が低いって言うのか?確かに、宇宙にはまだ本格的に進出できてはいないけど、誇れる文化を持ってるし、俺たちは平和に暮らしているぞ!」

「はあ?……これだから下等生物は。地球は、平和でもなんでもない危険な惑星だ。いまだに全地域を統治する政府を持たず、各地で武力紛争、内戦が断続して起こり、全人口の三人に一人が戦渦に巻き込まれている。日本国は今でこそ比較的安全な場所ではあるが、複数の隣国との領土問題を抱え、いつ戦争が勃発するかわからん状況だ。知ってたか?ちなみに、『綺羅の国』は警備隊の中心地だから一等級なのはもちろん、文化度や技術力の高さが際立っているから〝特一等級〟惑星とされている」

「うぐっ……それはそうかもしれないけど、地球だって世界のほとんどの国が参加してる国際連合という機関があるし、紛争を解決する努力だってしてるはず……」

「ふん、そんな機関、何の役にも立ってないぞ。国際連合は、紛争を解決するために、どの国の利害にも関わらず、真に公平な勢力として活動できる軍隊を持っていないじゃないか。重要な事案でも、決して仲良しとは言えない五つの大国のどこか一つでも反対すれば決議できないシステムになってるから、現実に何にもまとまらない。この星で戦争がなくならないのは、世界政府や世界平和維持軍も持てない稚拙な政治状況だからだ」

「うぐぐぐ……」


 世界の政治情勢って、そんなことになってるの……か?知らないことばかりで、ミラに一言も反論できない。情けなくなり、俺は口をもごつかせた。


「ミラちゃん、そんな風に言わなくても。貴賀さん、わたしたちが逃した囚人は、全員が同じキュラス星人で、宇宙のあちこちで凶悪事件を起こしてきた強盗集団なの。厄介なのは、超能力を使ってあらゆる生命体に変身できること。おそらく、地球人と全く見分けのつかない姿で、この街に潜伏してるはず」

「じゃあ、どうやってそいつらを見つけ出せばいいの?」

「そこで威力を発揮すんのが、これやないの〜」


 俺たちが話してる間に、デイパックの中身をあれこれ床に広げていたマルが、手のひら大のスマホみたいな機械を指した。ラッパみたいに先が朝顔型に広がった金属製の管が付いている。

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