落第魔女

シヨゥ

第1話

 カツン、カツンと階段を下る音がなにもない部屋に響く。中二階から螺旋階段でつながれた二階の一部屋。

「いい部屋」

 それが彼女の最初の言葉だった。

「あたたかみのない打ちっぱなしのコンクリート。好みだわ」

「お気に召しましたか」

 彼女の後ろにいつの間にか立っていた男がそうたずねる。柳の木のように細く、背が高い。とくに小柄な彼女が並んでいるためその背の高さが際立つ。

「ええ。ここを私のアトリエにするわ」

「承知いたしました」

 男が懐からハンドベルを取り出し一振りする。するとまたたく間に部屋に家具が敷き詰められた。

「今度は壊さぬようお願いいたします」

「分かってるわよ。私だって魔女になって2年目よ。力の使い方ぐらい分かっているって」

「それなら良いのですが。協会としても隠蔽工作は勘弁願いたいところなので」

 男はそう言うと階段を登り始め、

「それでは協会の発展のために、良きお働きを」

 そう事葉を残すとドアの向こうへと消えていった。

「よし! お目付け役も消えたことだし、これで自由にできるわ!」

 その背中に彼女は心無い一言を投げるのであった。


 一人になってから彼女は研究に没頭していった。

 出不精の性格も相まって、協会が非推奨のたぐいの屋内研究が日夜続けられていく。

 研究による騒音や振動は日に日にエスカレートしていった。それは近隣の住民感情を悪化させることになる。

 そしてついにその悪評が協会に伝わる事態となった。 

 彼女が新居へと入居してから半年。男はふたたび彼女に前に現れた。


「来るなんて聞いていないわよ!」

「言っておりませんので。それにしてもまぁたいそうなお働きをされているようで」

 男は壁を見てため息をつく。焦げた跡ならかわいい方で、もう少しで崩壊するのではないかと思わせるぐらいえぐれている部分もある。

「私の研究は攻撃魔法よ。これはしかたがないこと。そう協会の発展のためにはしかたがないことなの」

「そうですか。そうですか?」」

 男が壁をなでる。するとそれがとどめだったようで一気に崩れ落ちる。

「初歩的な固定の魔法ですね。わたしが触るだけで解けるなんて、どんな教育を受けてきたんですか?」

 そう言うや男がゆらりと揺れる。

「まっ……」

「待ちません」

 またたく間に男は彼女の背後に移動すると、その襟首を掴み上げた。そして再びヘンドベルが鳴らされる。すると家具が消滅し、元のなにもない部屋へと戻された。

「わたしのアトリエが……」

 意気消沈する彼女を男は肩で担ぎ上げる。そして階段を登り始めた。

「再教育が必要です。お覚悟を」

「いやだぁぁぁ!!!」

 そんな彼女の悲鳴だけを部屋に残し、男はドアの奥へと消えていくのだった。

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落第魔女 シヨゥ @Shiyoxu

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