始まり

「ところでなぜ、人造人間なんだ?」

「ここに来る道すがらたくさんの人を見ましたが、その中に混じっているであろう人造人間のことを私は何も知らないことに気づいたんです。生まれてから当たり前のようにいる彼らのことを考えもしなかったのです」

 私の説明を聞いている間チーフは時折頷きはするものの何か考え事をして心ここにあらずといった感じで説明を終えたことすら気づかないほどであった。

「チーフ?」

「ああ、ごめん。途中から聞いていなかったような気もするが君の言わんとするところは分かった」

 そういうと机の中から一枚の名刺を取り出した。パッと見ただけでは普通の名刺に見えたが手に取ってみると透かしが入っていて角度によっては会社のロゴが見える仕掛けになっている。表面の印字はツグキリ製薬 研究開発部門 八折 司と読めた。

「ツグキリ製薬?あの人造人間製造最大手のですか?」

「そうだ、そこに私の古い友人がいる。彼の名前を言えば工場に入れるようにしておくから中央工場に行ってくれ、うまくいけば研究の最先任者のありがたい講義がきけるぞ」

 すぐに行けとせかされ木戸を開け放たれ半ば放り出される格好で雑居ビルを出た。

 余談ではあるが弱小新聞社であるところのわが社には交通費という概念は存在しないし、もちろん社用車なんて贅沢品もあるわけがないので足はチーフ所有のアストラ号(ママチャリ)か徒歩である。今日電車に乗って通勤したのとて気分転換のちょっとした贅沢みたいなものであったのだ、普段は30分は歩いて通っている。

 だが、中央まで行くとなると自腹を切ってでも電車に乗らなければならない、距離が遠いし何より、自動運転でお行儀よく走っていく車の列を見るのは社会から半ば脱落している私を蔑んでいるように見えて怖いのだ。

 最寄りの駅から電車に乗る、歩いている時とは違う景色が車窓を流れていく。普段は同じ高さにいる人々が眼下にいる優越感と隔絶されているという寂しさがこみあげて来た…早くつかないかな。

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