第7話 日陰に咲く花

「・・・ドラゴンダイブ」


 諒の言葉に反応するように彼の身体から赤黒いオーラがあふれ出した。

 全身から出ていたそれは徐々に右腕と右目に集約されていき、右腕の形状を変化させていく。

 彼に起こる異様な変化に激震竜も動きを止めてそれを眺めていた。


「・・・待たせたな。さあ、続きを始めようか」


 収まった頃には諒は別人のような変化を遂げていた。

 右目には先ほどのオーラと同色の光が宿っており、さらに最も目を引くのが右腕だ。

 服の袖がはじけ飛び、露わになった腕はもはや人間のそれと呼ぶにはあまりに異形だった。太く、たくましく大きくなり、鱗が全体を覆っている。

 これが諒の奥の手、竜族の力をその身に宿すことで戦闘力を飛躍的に向上させる能力だ。

 しかし変化させられるのは右腕のみ、しかもほとんど使ってこなかったこともあって力の扱いに全く慣れていない。

 だがそれでも効力は絶大、先ほど以上に戦えるのは間違いない。

 諒は変わり果てた自分の右腕を眺めながら数年ぶりの感覚を確かめた。


「あんまりのんびりしてられない。さっさと勝負をつけよう」


 反動が大きい分時間はかけられない。

 こちらのリミットが先に来てしまえば敗北はほぼ決定的、離脱できるかどうかも怪しい。

 そうなる前に勝負を決めるべく諒は走り出した。

 動きを止めていた激震竜もそこで動き始める。今までは圧倒的な威力の踏みつぶしに避けるかいなすかしかできなかったが、今度は違う。

 諒も右腕に力を込めて真正面から激震竜の前足に対抗する。


「うおおお!!」


 竜族の筋力は人間の数百倍とも言われている。

 竜族の力を宿しているとはいえさすがにそこまでの力はないが、その圧倒的な力と培っていた技術は激震竜との差を十分に埋めていた。

 ぶつかり合った腕は拮抗し、諒は激震竜の前足を押し返した。

 予想だにしない諒の力に激震竜は体制を崩す。

 そこを見逃さず諒はさらに踏み込んだ。

 鱗に覆われていない腹部は強靭な鱗を有する激震竜のなかでも弱点になる。今まで狙うことは難しかったが、体勢を崩せた今なら攻撃できる。

 無防備な激震竜の腹部に向けて全力で腕を振りぬいた。


グギャアアァ!!!


 初めて激震竜が苦しみの声を上げる。

 さすがに決定打とまでは行かないようだが、一撃で相当なダメージを与えられたはずだ。

 衝撃で激震竜は大きく後退するが、それ以上体勢を崩さず持ちこたえた。


「さすがの巨体だ。侮れない生命力をしてやがる」


 体勢を戻した激震竜はありえない諒の力に信じられないという様子で動きを止めていたが、やがて感情は怒りに変わったようだ。

 一度前足を踏み鳴らすとドラゴンブレスの構えに入る。

 激震竜のブレスを回避するのは容易ではない。先ほどは成功したが下手すれば食らいかねない速度と範囲を持っている。

 かといって気が乗るわけではないが、諒は回避をやめて迎撃の体勢に入る。


「行くぞ・・・ドラゴンブレス!」


 激震竜のブレスと同時に諒の右腕から青白いエネルギーが放出される。

 両者のエネルギーは正面から衝突し、一瞬の拮抗とともに大爆発を引き起こした。


「・・・ぐっ・・・やはり連射は無理か」


 またも諒から想像を超える行動を起こされ、激震竜は口を開けたまま動きを止める。しかし諒もブレスの反動で倒れかけるも何とか踏ん張った。

 彼のブレスは竜族の放つそれと性質はほとんど同じだ。竜族の持つ竜気を放出しているのだが、諒のものは決定的に違う点がある。

 竜族のドラゴンブレスは竜気と外部から取り込んだ自然エネルギーを混ぜ合わせて外部に放出している。それに対して諒は竜気をそのまま放出しているのだ。

 竜気は本来自身を含めあらゆる生物に対して毒となる超がつく危険なものだ。

 そんなものをそのまま使えば威力こそ絶大なものとなるが、自身にかかる反動もとてつもないものになってしまう。

 竜族はそれを防ぐために自然エネルギーを利用して竜気の毒を中和しているのだ。

 諒にはそんな自然エネルギーをどうこうする手段はないため、竜気の毒はどうにもしようがない。

 撃ててもう一度、それで決める。


「・・・よし、これで終わりにする」


 息を整え、諒は右腕に力を込める。

 激震竜も何かを感じ取ったか動きを再開、両者の距離を測り再びブレスの構えに入った。


ゴアアアア!!


 三度激震竜はブレスを放つ。自然エネルギーで中和されたブレスは身体への負担を大きく軽減し、連発することも可能だ。

 対して諒は後一度しか使えない。

 何としても激震竜に打ち込みたいこの状況では、ブレスを防ぐためには使えない。


「うおおおお!!」


 諒は右腕で地面をえぐり、力いっぱい土砂を巻き上げる。

 竜の力の乗った腕は地面に大穴を開け、大量の土砂が吹き上がる。

 土砂は盾のように激震竜のブレスを受け止める。

 さすがにこれでは強大なブレスを受け止めきるわけにはいかなかったが、かなり勢いを抑えることには成功した。

 諒は生まれたその隙に回避し、そのまま一気に激震竜に接近する。

 激震竜はブレスとの衝突によって四散する土砂に視界を遮られて彼の接近に気づいていなかった。


「こっちだ」


 敵を見失っている間に諒は激震竜の懐まで潜り込む。

 もうこんなチャンスはそう訪れない。諒は激震竜が次の行動を起こす前に防御力の低い腹部に向けて再びドラゴンブレスを放つ。


グギャアアアア!!


 味わったこともないような苦しみだろう。諒のブレスを浴びた激震竜は苦痛の叫びをあげる。

 だが諒はまだ勢いを弱めない。ここで仕留め切るとさらに力を込める。エネルギーはさらに強さを増し、青い光が激震竜を包み込む。


「おおおおお!!!」


 ブレスを出し切り、諒は膝をついた。

 さすがに彼自身にかかる反動も膨大だ。もうしばらくは動くこともままならなそうだ。

 自然にドラゴンダイブも解除されているようで、いつの間にか右腕も元に戻っていた。

だが激震竜もこれで討伐出来たはずだ。

 そう思って顔を上げようとした瞬間、諒に巨大な影が落ちた。


「・・・おいおい・・・冗談だろ・・」


 生物に耐えられるようなものではないはずだ。

 事実としてもうほとんど体力は尽きているだろう。だが、激震竜はかろうじて意識を保ち、諒の事を見下ろしていた。

 既に諒が動けないことを見抜いているのだろう。瞳はダメージで弱弱しくも尚勝利を確信したように光を帯びていた。

 最早称賛するほかない生命力だ。激震竜がとどめを刺すべく前足をゆっくり上げる間にも諒はやはり動くことが出来ずにいた。


「・・・・ここまでか」


 今の諒に抵抗する術はない。死を覚悟した瞬間、視界の端で何か光の筋が通ったような気がした。

 これが走馬燈とでもいうのだろうか。あっさりとした光に何かしらの感情を持ったその瞬間、前足を上げた体勢の激震竜の腹部から大爆発が起こる。

 一体何が起こったのだろうか。諒は踏ん張ることもできず風圧に押されるまま地面を転がる。

 10メートル以上転がって何とか止まる。何が起こったのか状況を確認しようと視界を回すと、目の前でゆっくりとその体を倒す激震竜の姿があった。

 その腹部からはさっきの爆発の跡であろう黒い煙が上がっていた。

 激震竜は倒れる直前に弱弱しい鳴き声を上げると、地響きを上げながら地面に伏し、やがてその体を光に変えて消滅した。


「・・・倒した・・・のか?」


 討伐した。それは間違いない。

 だが一体何が起こったのか理解が追い付いていなかった。

 激震竜の腹部には先ほど諒がドラゴンブレスを放っている。その竜気が時間差で爆発を引き起こしたのだろうか。最初はそうとも思ったが、それは無理がある。

 少なくとも竜気そのものにそんな効果があることは言われていないはずだ。自分で使っている以上、それに関しては知識があるはずだが、そんな話は聞いたことが無い。。

 諒が何か起こしたわけではない。だとすると・・・その結論にたどり着くのと同時に誰かが近づいてくるのを感じた。


「諒さん!!」

「・・・れん?・・・なんでお前がここに」


 一瞬誰か分からなかった。誰かが救援に来てくれたのは理解できたが、その顔を見るまでそれがれんだとは気づかなかった。

 れんは莉彩と共に央都で諒の帰りを待っていたはずだった。

 本来こんなところにいるはずはない。仮に救援の意思を示したとしても、まだEランクの彼女に許可が出るとは思えなかった。

 ひたすら首をかしげるしかない諒にれんは少し迷いのある様子で口を開く。


「私・・・諒さんの力になりたくて・・・」

「・・・それでこんなところに来たのか?」

「はい・・・」

「大馬鹿ものだな。激震竜は一度遭遇しているくらいだ。今のお前でどうこうなる相手じゃないことくらいは理解できているはずだ」

「・・・」


 れんの言葉に諒は冷たく突き返すように答える。

 助けに来る意思は立派だが、やっていることは無謀そのものだ。

 おそらく最後の爆発はれんがやったものだろう。確かにあれは強力で普段では出せないような火力を扱うことが出来る。それでも激震竜の鱗にはほとんど効果はないだろう。

 腹部に命中して、そしてあれだけ弱っていたからこそ決定打足り得た。

 今回は偶然うまくいっただけ、一歩でも間違えば彼女も危険だった可能性の方が高かった。

 さすがにそんなことをされて手放しに称賛するわけにはいかない。

 諒の厳しい視線にれんは言葉を失っているようだった。

 何か期待している部分はあったのだろう。目の端に涙をためてうつむいてしまっていた。


「なぜ俺の力になろうと思うんだ。別にそんな関係でもないだろう。森で少し一緒にいただけだ。こんな危険を冒してまでやるようなものじゃないんじゃないか?」

「・・・」


 諒はあくまで厳しい口調を変えなかった。

 れんは声も出ないのかずっとうつむいたままだったが、かすかに首を横に振った。


「・・・そうか、なら理由も聞かないと納得はしないぞ」


 れんの反応を見て諒の声はかなり柔らかくなっていた。

 無謀なことをしたことへの怒りよりそれを起こした理由への興味が上回ったからだ。そもそも無謀と言ってもそんなに長いこと攻め続けるようなものでもない。

 諒は腰を下ろしてれんの視線に高さに合わせる。

 彼女もそこでようやく顔を上げて諒を見返す。


「諒さんと一緒なら、見つけられるかもしれない・・・だから、私は・・・」

「・・・見つける?」

「・・・強くなることの意味を・・・・です」


 あまり言いたいことではないのか、そう話すれんの頬は少し赤かった。

 諒には彼女の真意を読み取ることが出来たわけではない。ただ、れんの目には並々ならぬ何かがあるように感じた。


「そうか、だがそのためにこんなことをされては困るな」

「・・・ごめんなさい」

「ああ、だかられん、俺と来い」

「・・・・へ?」

「言いたいことはあるが、お前の覚悟は伝わった。だったらやりたいようにやればいい。それに、俺も興味がある。れんの求める答えってやつにな」


 れんは何が起きているのかわからずポカンしていた。

 そんな彼女に諒は手を差し伸ばす。戦う理由も、覚悟も、彼女には十分ある。

 こんなに気弱で、まだ幼い彼女が持つにしては随分と立派なものだ。

 一体何が彼女を動かすのか、諒も興味が沸いていた。

 諒の手を見てようやくれんも理解が出来てきたようだ。

 伸ばされた諒の手と顔を何度も往復させた後、表情に笑顔が灯った。


「ありがとうございます、諒さん!」

「ああ。よろしくな、れん」


 れんは満面の笑顔で諒の手を握る。

 この現実を受け止めるように彼女の手は強く、そしてしばらく離すことはなかった。


「さて、それじゃあ戻るとするか」

「はい」


 長い握手を終えた後、二人は街に戻ることにした。

 こうして諒の新たな一歩に可愛い仲間が加わることになった。

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