第6話 竜と竜
「激震竜・・・か」
道中、諒は今回の目標の情報を整理しておくことにした。
Aランク、猛竜種、駆竜類、激震竜ステンブラス。
竜族は基本的に三種の分類で構成されている。
一つは個体名、これはそのまま激震竜のことだ。
二つ目は位列名、竜族はCランクの「幼竜種」が最下位であり、Sランクの「皇竜種」が最高位である。激震竜はAランクに属するため、「猛竜種」となる。
そして最後は形態名、翼を有し飛行を得意とする「飛竜類」、翼を持たないがその代わりに強靭な四肢を得た「駆竜類」、そして水中での生活に適応した「潜竜類」の三種に分けられている。
今回は陸上での行動を得意とする竜との戦いとなるわけだが、ここに限っては幸運だったと言わざるを得ない。
諒の得物は刀。それでは水中や空中を動き回るモンスター達に対して有効打を持てない。
ただでさえ不利な戦いなのに、そこからまだハンデを背負うのは勘弁願いたい。
だがちゃんとこちらの攻撃が通るのであれば勝機はある。
それに、戦闘力だけで言うなら激震竜は猛竜種の中でも下の方だったはずだ。諒の技術でも十分通用するだろう。
そこまで結論を出し、諒は思考を打ち切った。
激震竜はパーティーでの依頼を含めてもまだ戦闘経験のないモンスターだ。そんな中で余計な雑念は命取りになる。
それに、激震竜の巨体が既に目に入っていた。
でかいこともあるが、思ったより街に接近しているようだ。その視線の先に街はないようだが、いつ襲ってきても不思議ではない。
「さて、始めるとするか」
最後に深呼吸して気持ちを落ち着け、諒は激震竜に接近した。
遮蔽物の無い平原は敵も見つけやすいが同時に向こうからも見つかりやすい。
それなりに接近した段階で激震竜は諒に気づいたようだった。正直なところもう少し近づきたかったが、遮蔽物のなさを考えれば及第点だろう。
発覚に気づいた瞬間諒も刀を抜いて臨戦態勢を取る。
敵意を感じ取った激震竜も大きな咆哮を上げ、威嚇とばかりに前足で地面を揺らす。
さすが「震」を冠する竜だ。少し前足を踏みならしただけで攻撃の一種かと錯覚してしまうような振動が諒に届いてくる。かなりの距離があるこの間合いでもしっかりと踏ん張っていなければ立っていられない程だ
あんな前足でつぶされれば一瞬でお陀仏だ。そこは最優先で警戒すべきだろう。
「行くぞ、激震竜!」
揺れが収まって地面が安定し始めたのを見計らって諒は一気に走り出した。
速度には多少自信があったが、激震竜の反応もさすがに早い。諒の接近を察知すると上体をゆっくりとあげ、諒を踏みつぶさんと前足を踏み下ろす。
「よし、今だ!」
諒は横にステップを踏んで前足の間合いから外れると、ストンプに合わせて跳躍して振動も同時に回避する。
さらに跳躍の勢いをそのまま利用して激震竜の岩のような巨体を駆け上がる。
この竜の鱗はごつごつとしていて本当に岩のようだ。おかげで上るのは非常に簡単で一瞬で頂上にたどり着く。
ここならさすがの激震竜といえどもなすすべはない。なんならこのまま勝負を決めてやろうと刀を振り下ろす
ガキィィィン!!!
「・・・固ってえぇ」
完全に丈夫さを侮っていた。
岩のような鱗は強度もバツグン、なすすべなく丸腰同然の状態にもかかわらず尚鉄壁の守りを誇っていた。
ここでやっても埒が明かない。なんなら諒の刀の方が先に限界が来そうだ。
そう思った矢先激震竜は身体を揺らして諒を振り落としにかかる。
もうここにいる必要もない。耐えることは早々にやめて諒は飛び降りた。建物の二階、下手すれば三階にまで届かんという高さから飛び降りるのは少々負担だ。
着地には成功したがすぐには動きだせずにいた。
激震竜はそんな状態の獲物を見逃すことはせず、再び前足を上げて諒をつぶしにかかる。
「・・・竜剣技・・・」
普通に回避してはもう間に合わない。そう判断すると諒は激震竜に真正面から向き合うと剣を逆手に持ちかえ腰の後ろで構える。
「鞭尾『草薙』!!」
振り下ろされる激震竜の前足を横から諒の剣技がぶつかる。
火花が散るようなすさまじい衝撃が走り、前足の勢いが弱まった。
諒はその勢いのまま軌道を逸らさせる。その剣撃に押されるように激震竜の前足は諒のすぐ横を通って地面を踏みぬいた。
すさまじい轟音と共に衝撃がおこり、諒は吹き飛ばされるように距離を取る。
さすがにあんな攻撃何度もいなしてはいられない。もう追撃をさせないよう素早く体制を立て直して剣を構える。
「そっちが前足に自信があるなら、こっちもお返しするか」
鱗のある外側で剣を通すのは難しい。かといって通じそうなお腹に潜り込むのは危険だ。出来れば潜り込むことなく攻撃を通す方法を模索したかった。
そのための一手を諒は打つことにした。
剣の間合いに入るために再び激震竜に接近する。
向こうのやることは変わらず、前足を上げて応戦する。再び諒も大きく跳躍して激震竜の前足を回避する。
しかし今回は身体を上ることはしない。竜の頭上まで飛び上がると、刀を両手で握って上段に大きく振りかぶる。
「竜剣技・剛脚『雷槌』!!」
激震竜の前足の如き諒の力技が竜の頭に命中する。
竜の巨体を押し込むほどの威力を発揮するが、それでも激震竜の鱗が刃を通すことはなかった。
手ごたえはあるが、決定打には程遠い。
「ちっ・・・どんだけ固いんだよ」
それ以上は諦め、諒は竜の頭を蹴って離れた所で着地する。
自信があった攻撃だったが、残念ながら激震竜はまだ元気そうだ。攻撃が当たらないことに煩わしそうに諒を睨んでいる。
こうなると諒に出来ることはかなり限られる。残ったものでいうと・・・
「あれは・・・やばい!」
三度激震竜のストンプをしのいできたが、ここでついに新たな動きを見せた。
まだどちらも間合いに入っていないくらいの距離感だったが、おもむろに激震竜は息を吸い込み始める。
あれが何を意味するかは諒には理解できた。成竜以上の竜族は例外なくその力を有しているからだ。それはこの激震竜とて例外ではない。
諒は狙いをつけさせないように無造作に走り回る。そして激震竜が息を吐きだす寸前に思い切り飛んで回避を試みる。
ゴアアアアアア!!!
すさまじい轟音とともに激震竜の口から衝撃波が吐き出された。
あの鈍重な動きからは想像もつかないほどの速さで打ち出されたそれは事前に回避していたはずの諒の足先をかすめていった。
「・・・おいおい、とんでもないな」
えぐり取られた地面を見て諒は思わず背筋が冷えた。
ドラゴンブレス。竜の吐き出すブレスはそう呼ばれている。
個体によって多種多様だが、その根幹にあるものは共通している。
竜族には「竜気」という特殊なエネルギーが存在している。それが自然の力と混ざり合うことでブレスとして打ち出すことが出来ると言われている。
激震竜の持つ自然は振動、それがあの衝撃波となって放たれたらしい。
威力、速度、どれをとっても想像以上だ。ドラゴンブレスだけで言うなら猛竜の中でもトップクラスに位置していてもおかしくないだろう。
これはもう時間をかけていられない。これ以上下手に攻撃の機会を激震竜に与えるのは危険だ。
「・・・やるか」
もとよりこうなることはある程度予想できていた。
そして、そうなって尚希望を失わない奥の手がまだ諒には残されていた。
本来なら使わないようにしていたが、マスターからの依頼ならば、おそらく使っても良いということだろう。
心を決め、諒は刀を収めた。
「・・・ドラゴンダイブ」
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