第5話 いきなりの非常事態
「はあ・・・よし・・・何とか無事帰れたな」
早く帰ると決めてから約30分。諒とれんは無事央都に帰還した。
正直危なかった場面がないわけではなかった。遠回りしすぎるといくら鈍重な激震竜だからと言っても追い付けない可能性がある。
しかし意外と激震竜の通るルートがいやらしかった。そのせいで追い越そうと思ったらかなり接近する必要があった。
ただ、そこで助けられたのが激震竜の鈍さだった。あの竜、別に感覚が他の生物に比べて高いわけではない。視力は多少あるがそれでも大体人間よりちょっと高いくらいだ。
その感覚の割に自分の出す足音と衝撃がでかすぎて視覚以外での索敵がほとんど不可能なのである。
心臓には非常に悪いし、れんも大泣きしそうなくらい怯えていたがそのおかげで見つかることなく帰ることが出来たというわけである。
「悪い、ちょっと休ませてくれ」
少女1人背負って走ったせいで既に疲労困憊だった。諒はれんを降ろすと手近なベンチにドカッと座り込んで深呼吸を繰り返した。
「・・・」
特に何も言っていなかったが、れんは少し迷った後諒の隣に腰かける。
「・・・あの、ありがとうございました」
「ああ、気にするな。困った時はお互い様だ」
それ以上の言葉は無かった。だが、れんは立ち上がる気配もなく視線は諒と自分の膝辺りを何度も往復していた。
「何か言いたいことがあるのか?」
「・・・」
れんは肯定も否定もしなかった。ただ、何かあることだけは間違いなさそうだった。正直なところ、かなり意外だった。
彼女がコミュニケーションに難があるのは確実だ。そんな人間ならこうして用が終わり、礼も済んだらさっさと帰って家でゆっくり疲れを癒すもんだと思っていた。
実際にそういう奴は何人も見てきた。冒険者とはそういうものだ。
一体今れんが何を感じて、何を思っているのか、彼女の様子を見て諒は興味が湧いてきた。
どうせすぐ別れるだろうから激震竜の報告に行こうと思っていたが、もう少しれんに付き合うことにした。
平原に現れたのなら諒が言わずともすぐ発見されて報告が入るだろう。
「・・・諒さん、少しだけ・・・いいですか?」
「ああ、構わないぞ」
しばらく妙な空気が二人の間を流れたあと、れんは恐る恐る口を開いた。
ただその会話に意味があったわけではない。そして、れんが次に口を開くのにさらに時間を要した。
「・・・諒さんはなんでそんなに強いんですか?」
「そう見えたか?」
れんは静かに頷く。諒の実力のほどは何も知らないはずだが、森での一件で感じるところがあったのだろう。
それにしても奇妙な質問だ。言葉通りにも受け止められるし、他に意図があるようにも受け止められる。答えに迷ったが、結局深く考えることは諦めることにした。
もう少し話を進めればわかるだろう。
「誰かの悲しむ姿を見たくないという思い、そのために強くなる覚悟、それが俺の戦うすべてだ」
「・・・覚悟・・・ですか?」
「ああ、命を懸けて戦うんだ。それくらいのものでもないと戦い続けるなんて出来ない」
「・・・」
彼女の意図が読み取れたわけではない。
ただ、諒の答えにれんは何か感じる部分があったようだった。再び口を閉じると俯いて何か考えていた。
「れんには無いのか?」
「・・・わかりません・・・私に見つけられるんでしょうか?」
「そうだな、続けてみないとわからない。それは誰かにもらうものじゃない、自分の手で探すものだからな」
「・・・そう・・・ですよね」
れんは寂しそうに少し微笑んだ気がした。
何かを探すようで、それでいて何かを諦めるように。
「・・・なあ、・・・」
「諒さん!よかった、ここにいたんですね」
そんな彼女の表情を見た時、諒は無意識に口を開いていた。
しかし、それがれんに伝わることはなかった。声に出そうとした瞬間、どこかから現れた莉彩の声に彼の言葉はかき消されてしまった。
「戸上さん、珍しいですね。あなたがギルドを離れるなんて」
冷静を保って言葉を選んだつもりだったが、内心は嫌な予感でいっぱいだった。
莉彩はギルド内での業務のほとんどを管理しており、仕事中は滅多にギルドの外に出ることはない。
その時があるとすれば、それは決まって厄介事が舞い込んできた時だ。
そして、その厄介事に諒は強く心当たりがあった。
「はい、実はこの街周辺の平原に激震竜が出現したとの報告が来たんです」
「・・・そうでしたか」
まさかとは思ったが、やはり森を抜けて平原にまで出てきたらしい。
街の近くにモンスターは滅多に出現しないが、関係なくうろうろしているあたりさすがは猛竜種だろう。
「それで、依頼はもう出てるんでしょう?」
平原にあんな奴を野放しにしておくわけにはいかない。こういう状況になれば迅速に依頼が出され、対処しているはずだ。
だが、諒の言葉に莉彩の反応は微妙だった。
「実は、今激震竜に対処できるパーティーが街にいないんです」
「・・・は?」
思わず変な声が出た。
確かに猛竜種に対処するにはただAランク以上あればいいわけではない。
安心して任せるためには竜族とある程度戦闘経験を持つパーティーでなければならない。街の近辺という失敗の許されないこの状況ではなおさらだ。
そんなパーティーは確かにポンポンといるわけではないが、それでも非常時に対処できるよう1パーティーくらいは常に街に滞在させているはずだ。それがいないともなれば一大事だ。
そして、その有事を前にして莉彩が諒のところに来たことに嫌な予感はさらに強くなっていた。
もうそれ以上先を聞きたくない。本気でそう思うのも久しぶりだ。
だが、隣で不安そうにこちらを見つめているれんの視線にも諒は気づいていた。
そうなっては逃げるわけにもいかない。
莉彩も言うべきか迷っているようだったが、最終的にはギルドの職員としての教示が勝ったか、いつもの笑顔が消えた真剣な表情で口を開いた。
「今激震竜に対処できるのは諒さんしかいません。やってもらえませんか?」
「やはりそういうことですか」
莉彩は黙って頷いた。
話を聞く限り、この依頼はソロ、要するにAランクの竜族相手にサシでやれということだ。それだけでもだいぶおかしいことを言っている。諒の記憶の範囲ではAランク以上のソロは多くても両手の指で数えられる程度だ。さらに猛竜との戦いを任せられるのはさらに少数。要は1人で猛竜と戦うのはそれだけ難しい仕事だということだ。
それは莉彩も重々承知の上だろう。言ったのは彼女の方なのに、その表情にはわずかに後悔が見て取れた。
「これはあなたの独断ですか?それとも、マスターから?」
「・・・マスターからです。諒さんに当たってみろと・・・」
「なるほど」
その言葉で諒は心を決めた。さすがのギルドもかなり焦っているようだ。
ソロで猛竜を討伐したなんて極めてまれな例だ。その実状がありながらやれなんて言うなんて。だが、マスターが指示したとなれば少し話も変わってくる。
「わかりました。その代わり、この子は任せましたよ」
「この子って、れんちゃん?」
まだ話したいことはある。依頼が終わるまでれんには待ってもらうことにした。
一体どうやって隠れていたのか、そこ莉彩はそこで初めてれんの存在に気付いたようだった。どうやら莉彩は冒険者になって日が浅いれんのことを認識しているらしい。
少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔で頷く。
「れん、少し待っててくれるか?ちょっと面倒ごとを片付けてくる」
「・・・本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、心配は無用だ」
諒の実力を知る莉彩も、実際に激震竜を目の当たりにしたれんも、どこか不安げな視線を向けていたが諒は敢えて笑顔を浮かべてれんの頭に手を乗せた。
「さて、じゃあ行ってくるか。あ、これはお願いします」
「・・・はい、無事に帰ってきてくださいね」
あまりゆっくり準備をしている時間もない。先ほどの採取依頼で薬草が詰まっているポーチを莉彩に預け、諒は先ほど来た道を引き返して平原へと向かった。
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