第4話 拾いもの
「・・・ん・・・」
森の入り口付近にまで戻ってきた頃、ようやく諒が背負っていた少女が声を発した。
やっと話を聞ける。そう思ったのだがどうも少し様子がおかしかった。
目を覚ましているのは間違いない。諒の首に回された少女の腕には先ほどより明らかに力が入っているし、息遣いも安定しているようだ。
ただ、少女が何か声を発する気配は全くなかった。
確かに目が覚めたら知らない男に背負われてるなんてなったら警戒するのも無理はないだろうが、こうもあからさまに警戒されるのも少しショックだ。
「俺は霧矢諒、ギルドで冒険者をやってる。君も冒険者なんだろう?」
「・・・」
向こうからがダメならと諒から話しかけてみたが、やはり少女が声を発することはない。だがかろうじて反応は示したようだ。背負っているため姿は見えないが、首筋から感じる風の動きから何となく頷いたことは察した。
一応会話に応じる気はあるようでひとまずは安心だ。
「名前、教えてもらっていいか?」
正直あまり期待していなかったが、やはりこの問いにも少女は口を開かなかった。
おそらく口をきくのが苦手なのだろう。警戒しているのも間違っていないだろうが、大本にあるのはそちらのようだ。
そうは言っても、諒にもいくらか聞いておきたいことはあった。首の動きで回答を求めることは出来そうだが、さすがにイエスかノーかしか聞けないのはあまりに不便だ。
結果、諒は少女が口を開くのを待つことにした。まだ街に着くまで時間がかかるし、無理に言っても良い情報は聞けないだろう。
そして、その選択はどうやら功をそうしたようだった。
「・・・私・・・氷川、れん・・・です」
「氷川れん、か。ありがとう」
無言のまま時間を過ごすのもまた気まずいところがあったのだろう。
静寂に耐えかねたのか、少女はこの距離でもなおギリギリ聞き取れる音量で先ほどの問いに答えた。
氷川れん(ひかわれん)、聞いたことはない。まだ冒険者になって日が浅いのだろう。彼女の年齢でソロとして活動しているのなら、珍しい子がいると噂が立ってもおかしくはない。
「その怪我は誰にやられたんだ?」
「・・・・・」
ようやく声を出してくれて会話も出来るかと思ったが、次の質問に帰って来たのはまたも沈黙だった。
だが、もう1度それを聞くことはしなかった。
何となく首を横に振っている気がしたし、れんの手もかすかにふるえていた。
おそらくは彼女の知らない何かに襲われた、というところだろう。
一体何に襲われたのかははっきりしないが、まあここまで来ればもうそいつと出会うこともないだろう。
震えているれんにこの話題をこれ以上振るのは酷だろう。話題を変えようと口を開きかけた時、突然れんの震えが大きくなった。
「・・・なんだ?」
どうしたのか聞こうとしたが、その寸前で諒も森に起こっている異変に気が付いた。
地面が揺れている。地震ではない、もっと広い間隔で振動しているようだ。
どうやら森の奥から感じる。そちらに目を向けるが、そこで何が起こっているのかはわからなかった。
振動は時間が経つにつれてどんどん大きくなっていた。誰かは分からないがおそらくは生物の移動音だ。かなりの大物がこっちに近づいている、とりあえずそこは間違いない。
そうなるとここに突っ立っているわけにはいかない。この場合の選択肢は2つ。
離れるか隠れるかだ。れんを背負ったこの状況で戦うという選択肢はない。
足の速い奴ではなさそうだし、まだ姿も見えていないこの状況ならさっさとずらかれば問題なく街までたどり着けるだろう。
ただ、この方向でモンスターが進んだ場合、街付近の平原にまで出てくる可能性がある。
平原は街からの連絡路の全てが通る非常に重要な場所だ。
そんなところにモンスターが出てくると最悪馬車の運行にも支障が出かねない。
だとすれば、出来ればその正体くらいは確認しておきたい。ここでモンスターが特定できればギルドに報告して早期に対処も可能だ。
れんを背負っているこの状況だと少々危険だが、諒は近くの木陰に隠れてそのモンスターを待つことにした。
「・・・あの・・・」
「静かに。いいか、何があっても声を出すな」
「・・・はい」
れんをどうするべきか迷ったが背負ったままにした。もし発覚された場合、下手に距離を空けていると逆に危険かもしれない。
れんの震えは大きくなる一方だが諒の言葉に多少は気が紛れたらしい。一言頷くと力を込めて諒にしっかりとしがみつく。
2人が隠れる頃にはもう足音が聞こえるほどに距離が近づいているようだ。
改めてそうとうでかい奴だ。ある程度モンスターの強さと大きさには相関がある。それだけで考えるなら、Cランク以上はあってもおかしくないだろう。
この森に生息しているそのランク帯のモンスターを考えている間にも音はどんどんと大きくなっていく。まっすぐにこちらに向かっているらしい。
もう姿も確認できそうだ。思考も切り上げ諒も準備を始める。
「・・・来たな」
どうやら隠れている諒達に気づいている様子はない。
迷いのない足取りで二人が隠れている木を通りすぎて森の外へと歩いていく。
あっさりとやり過ごせて拍子抜けだったが、とにかくこれで姿を確認できる。
おそらく死角に入っただろうタイミングを見計らい、諒は影から少しだけ顔を出した。
「・・・げ・・まじか」
思わず声が出てしまい、慌てて木の影に戻った。
少し様子を見るが、その声を聞かれたわけではないようでほっと胸をなでおろす。
「・・・成竜・・・いや、あれは猛竜か」
竜族。人類が文明を築く存在だとすれば、こいつらは文明を破壊する存在。
まさに人類の天敵ともいっていい存在だ。
あのモンスターは間違いなくその1体。Aランク猛竜種、「激震竜ステンブラス」
竜の成体は主にBランクに属するが、時折強力な力を有する個体が誕生することもある。それが「猛竜種」でありこいつはその1体だ。
その実力はランクに違わず本物、たった1体でも街に甚大な被害をもたらす力を持っているという。
あんなのが街の近くに現れてはたまったものではない。
「こりゃ早く帰らないと面倒なことになるな・・・ん?れん、どうかしたか?」
「・・・・」
事の大きさに思わず背中のれんの事を忘れてしまっていたが、どうやら彼女もただ事ではない様子だった。
おそらく諒と一緒にあの竜を見たのだろう。明らかに震えが大きくなっていたし、わずかに視界の端に見える表情は随分青ざめているようだった。
まああのでかさを見れば納得ではあるものの、さすがに怯えすぎだ。
そう思った時、諒はふとれんの腕の痣のことを思い出した。
「まさか、さっき倒れてたのはあいつと会ったからか?」
「・・・・」
れんは震えで満足に声も出ない様子だった。もう諒の声が届いているかも定かではない。
だが、おそらく間違いはないだろう。よくあんなのと遭遇してよく逃げられたものだ。しかしながら、この状況は中々に奇妙だ。激震竜は確かこの森での生息は確認されていない。ここにいるのは違和感がある。
さらに、おそらくはわざわざ外部から森の奥に入ったにも関わらずもう一度外に出ようとしている。
挙動不審もいいところだ。
「・・・今はいいか。れん、さっさと街まで戻るぞ」
だがこの疑問は取り敢えず街に帰るまで持ち越すことにした。
見晴らしの良い平原で奴と鉢合わせるのは避けたい。
奴より早く森から出てさっさと街に帰還するのが得策だ。
そのためには、多少危険ではあるが激震竜をかいくぐってまず森を抜ける。森の中なら視界も悪く、もし遭遇したとしても平原よりは逃げやすい。
「いいか、何があっても俺が必ず守ってやる。だから、森を出るまでしっかりつかまってろよ」
「・・・わかりました」
諒はロングコートを脱ぐと縄代わりにしてれんと諒をしっかりと固定した。
これなら多少激しく動いても振り落とされることもない。そして、ちゃんと動ければもし激震竜に見つかっても逃げられる。出くわしたのが鈍重なやつだったのはせめてもの救いだ。
準備している間にれんは少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。
最後にれんに言葉をかけると彼女はかすかな声で返事をした。彼の言葉通り腕にはしっかりと力が入っており、ちゃんと掴まっているのを感じる。
「よし、それじゃあ行くか」
本当に面倒な拾い物をしたものだ。
改めて気合を入れなおし、諒は街を目指して駆け出した。
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