第32話 次善
作戦失敗から15分後。会議室に入った春樹は、彼を待つばかりになっていた参席者一同から、気遣わしくも戸惑いのある視線が投げかけられた。そんな中、直上の上司である支部長の藤森から声がかかる。
「二人の容体は?」
「高原氏は自立歩行可能ですが、心身ともに消耗しております。町田氏は意識を失っておりますが、バイタルは安定しており、初期診断において命に別状はないとのこと。おそらく、急性かつ極度の疲労による昏倒ではないかと」
「そうか」
極力、感情を交えないように、春樹は自身を抑え込んで答えた。それでも、にじみ出てしまうものはある。ともすれば伏せてしまいそうになる視線を、どうにか意識的にまっすぐ保つ春樹。
そんな彼に、支部長は少し間を空け、ただ「ご苦労だった」と言った。
それから春樹は着席を促されたが、まだ報告事項はある。彼は胸元から一つのアクセサリーを取り出した。白く輝くそれは、場の面々にはよく知れた物だ。そして『私も、こちらに参加します』と、ステラは宣言した。
こういう状況で、真希たちの元を離れることについては、当の本人も了承しているという。そうした事実がまた、彼女らについて様々な憶測を引き起こしはするが……ともあれ、今後の対応を考える上で、ステラの参加は望ましいことだ。
場を取り仕切る支部長は、彼女の参加に対する反対意見がないこともあり、「お願いします」と頭を垂れた。
春樹たちが着座するや、さっそく会議が始まった。まずは、先の射撃による敵への効果確認だ。スクリーンに、数分前の望遠観測結果が映し出される。そこで口を開いたのが、情報統括の担当者だ。
「御覧の通り、エネルギー衝突点近くは大きく溶解しています。また、核よりも上の構造は、下方からの支持を失ったことで、こちらも大きく崩壊しています」
「今なら、上部からの攻撃であれば、核に届き得るように見えますが……」
この指摘は、口にした者以外も感じ取ったことだろう。上部構造が大崩れしたせいか、上端部からの黒煙が出ていないことも、敵が弱ったことを思わせる。しかし、実情は異なっていた。
「アストライアーからの攻撃中断後、米海軍からのミサイル攻撃が再開されましたが……」
「……芳しくはないようですね」
「以前よりも、敵光線の強度が落ちているのは確かです。現在、弱まっていると見るのは妥当でしょう。ですが、あと一歩攻め切れないでいるというのが、正確なところであるように思われます」
そう言って担当者は、スクリーンの映像を切り替えた。映像は、リアルタイムで行われている米軍からの攻撃だ。
各種観測によって、敵の迎撃能力は落ちているという。しかし、映像で目にするそれは、敵があまり衰えていないように思われる。会議室には重い沈黙が広がった。
敵についての状況報告は以上だった。この空気を嫌ったのか、担当者は間を置かず、次の者にバトンタッチ、話を前に進めていく。
そうして今度は、ヴァジュラ担当のエンジニアが前に立った。彼はまず、スクリーンをさらに切り替え、ヴァジュラの現状の模式図を映し出した。
「こちらが、ヴァジュラ各部位の自己診断結果です」
ただ、そうは言われても、全容を即座に理解できるものは、専門家か従来からの関係者に限られるだろう。そうした認識はあるらしく、若い技術者はレーザーポインターを使って解説を始めた。
「ヴァジュラの設計においては、後から機能拡張できるようにと、モジュール化を強く意識しております。実験装置としての口実と、メンテナンス性のためでもありますが」
「つまり、不具合のある部分は、比較的容易に取り除けるのですか?」
「はい。自己診断上では、出力を強化するための追加構造、特に電源系統と冷却系に重度の損害が認められます。ですが、中核部分はまだ健在です」
この発言に、室内には戸惑い気味なざわめきが生じた。一同の脳裏に浮かんだであろう考えを、担当者が実際に言葉へ変えていく。
「破損個所を取り除いた構成であれば、再使用は今日中にも可能かと思われます。もっとも、一射目ほどの威力には程遠く、敵の射程圏内に入っての撃ち合いは避けられないものと思われますが……」
そこで言葉を切った彼は、しかし、自身が告げた暗い予想に気落ちする様子を見せないでいる。彼はきっぱりとした口調で言った。
「それでも、何らかの役に立てる可能性は、まだあるのではないかと」
「設置用の重機があることですし、診断図を元にすれば、すぐにでも作業は始められるものと思います」
言葉を継いだのは精華だ。ヴァジュラの設計開発に関わってきたという、守屋重工の一人としての発言だろう。その提言に、今作戦の指揮を執る藤森は、場の一同に対して声を上げた。
「反対意見がなければ、他の会議に対しても分解案を打診、合意でき次第すぐに取り掛かります。よろしいでしょうか?」
反対意見は、上がらなかった。そもそも、このままではヴァジュラを使えない。先の威力を出せるまでに復旧しようとすれば、相応の設備と資材が必要になる。そうした仕切り直しを待ってくれる敵かどうか……誰にも確かなことは言えなかった。
それでも一つ言えるのは、敵は確かに弱まっているように見えるということだ。香織たちの献身が切り開いた道を前に、手をこまねいていることはできない。彼女らを止めず、むしろ背を押してしまった春樹にとっては、なおさらのことだった。
そして、手探りで次を模索する中、選択肢はいくらでも欲しいところだ。それが射程を切り詰めたヴァジュラでも、届きもしないミサイルに比べれば、まだ目はあるように思われる。なにしろ、敵に損害を与えた兵器は、あの砲台しか無い。射程が短くなったというのは痛いが、それを補う方途があれば……
しかし、ヴァジュラを切り詰める点について、室内は同意に至ったものの、その先が中々出てこない。重苦しい沈黙の中、それぞれが難しい表情で考え込む。
春樹も例外ではなかった。せめて、状況の打破に役立てばと、脳裏に様々な考えが浮かび上がる。可能性の枠を最大に押し広げ、公言しづらいものにまで、思考の手を伸ばしていく。
――人類には、まだ切り札と言うべきものがある。切れないババとわかりつつ営々と作り上げ、切り時もわからないままに脈々と遺してきた、万を超える切り札が。
ついに、その時がやってきたのかもしれない。この場の大勢も、事の是非はさておいて、その可能性には当然思い至っていることだろう。春樹はそう考え、室内に視線を巡らせ始めたその時、彼の胸元から声が上がった。
『一つ、よろしいでしょうか』
「はい、どうぞご遠慮無く」
場の大勢が多少の驚きを示し、春樹に至っては飛び上がりそうになった中、議長役の藤森は冷静であった。彼の落ち着いた言葉に、ステラが続けていく。
『短射程化したヴァジュラを用いるにあたり、敵射程をもう少し詳細に把握すべきかと思われます。そこで、私の一部を使っていただければ』
「一部?」
ステラの提言に、場がざわつき始める。この場の誰よりも、比較的近い立場で触れ合ってきたつもりの春樹にとっても、この提案は予想外だった。
しかし、日本政府との会談の間に、アストライアーについては聴取に基づく仕様書をまとめていた。その内容を思い出していく彼の胸元で、ステラは言った。
『機体の欠損について、その大きさにもよりますが、時間経過で自己修復は可能です。重機もあることですし、私の一部を切り出して敵上空から投下してみては、と』
こうした申し出自体、ありがたいことのようには思われる。しかし一方、春樹の中では、即座に言語化できない違和感があった。
すると、精華から指摘が入る。
「献身的なご提案に水を差すようで申し訳ないのですが、一つ。そうした実験で明らかになるのは、現状における敵火力というよりはむしろ、アストライアーの素材の耐久力ではないでしょうか?」
『仰る通りですが……ああ、失礼しました。話の先を急ぎすぎました』
「……なるほど」
そう口にした精華は、ステラの考えに察しがついたようであるが、春樹がそこにたどりつくには少しの時間を要した。他の面々には、さらにヒントが必要そうだ。そうした状況を認識したらしく、精華は自身の考えを口にした。
「切り詰めて小型化したヴァジュラを、アストライアーに搭載、もしくは携行する……そういう考えをお持ちように思われます」
『はい。私の五体を盾にすることで、短くなった射程を補えるのではないかと』
他にまともな手立てが出てこない中、そのアイデアは、春樹には”まだマシ”に思われた。久里浜での戦いでは、ミズチで熱光線を相殺した実績もある。今回の敵は、あの時とは比べ物にならない大物ではあるが、接近までの時間さえ稼げれば……
しかし、手っ取り早く接近するための手段に思い至った時、彼の思考は停止した。苦渋の表情を浮かべる精華もまた、同様の結論にたどり着いたのだろうか?
すると、静まり返った中で出し抜けに、ステラが声を響かせた。
『この場をお借りして、一つ申し上げたいことがあります』
「それは、何でしょうか?」
『私、アストライアーの、設計思想についてです』
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