第28話 作戦会議

 ヴァジュラ到着からさらに30分ほど。今度は救星軍日本支部長たちが現着した。

 彼らが着くなり、さっそく今作戦のブリーフィングを行うことに。真希たちがいる会議室へ、人種も装いも多様な関係者が入り込み、空気が一気に張り詰めていく。

 進行役を務めるのは、到着したばかりの救星軍日本支部長、藤森裕司だ。がっしりとした体躯の彼は、室内を見回した後、静かに口を開いた。


「では、これより作戦会議を行います」


 声は日本語だった。英語でとばかり思って身構えていた真希は、呆気にとられた表情に。そんな彼女に気づいたのか、あるいは似たような参加者がいるのか、支部長は捕捉を入れた。


「失礼。アストライアーパイロットが日本人であることを踏まえ、当会議も日本語で進行します。また、他の会議室では英語で実施しております」


 そう言われて合点がいく真希であったが、一方で(私だけが英語話せないんじゃ?)という疑念も。人知れずコンプレックスじみたものを、うっすらと覚えた彼女であった。


 会議は、まず現状確認から入っていく。会議室前方の大モニターに、敵――マクロフォージの姿が映し出される。


「敵は現地時刻、午前5時58分、ハワイ島キラウェア火山中腹に着地。山体を覆うように脚を展開、溶岩を吸い上げ、上端からは噴煙を巻き上げております。また、噴煙が雲状に展開され、現在は半径15kmほどの規模になっています」


 続いては、米海軍からの攻撃と、それに対する反応だ。支部長は少し間を持たせた後、先にも増して緊張した様子で口を開いた。


「ミサイルの類は、久里浜での戦闘同様に、熱光線で迎撃されました。出力・射程共に、前件のコスモゾアを優に上回っており、全方位からの飽和攻撃も成果は出ておりません」

「直上から、雲に紛れてというのは? 噴煙に阻まれ、レーザーが届かないのでは」

「それも試しましたが、距離が近づいてからの迎撃は一層火力が増すようです。雲から出た直後に焼き払われ、着弾には至っていません」

「艦砲射撃はどうでしょうか?」


 すると、スクリーンは現地を横から見た模式図を映し出した。線分図の上にハワイ島やキラウェア、そして敵と艦艇が配されている。


「御覧の通り、敵レーザーの推定射程は、艦砲の射程を上回っております。山体上部に陣取られているため、砲弾では射程面で不利です」

「航空機からの爆撃は?」

「射線が通らず、レーザー誘導も不可能で、精度はかなり落ちます。また、雲を抜けても敵の光線に撃ち落とされ、ミサイル同様の結果に終わっています」


 つまり、結局のところ、既存の兵器では太刀打ちできない状況にある。もっとも、これは予想できた自体ではある。でなければ、インドからハワイまで巨大兵器の空輸などしないだろう。

 そこで支部長は、今作戦について話を始めた。スクリーンに作戦概要が映し出される。


「本作戦では、インドから空輸した高エネルギー投射装置ヴァジュラを用い、敵射程外から核を撃って破壊します。動力源は、こちらの米空母及び、米海軍の艦艇、そしてアストライアーです」

「アストライアー?」


 予想外の言葉に戸惑う参席者たち。真希も同じ思いだった。彼女は胸元のステラに一瞥いちべつしたところ、支部長は言った。


「アストライアーからも電力エネルギーを供出できると、ご本人からの協力で判明しております」


 この言に真希は、思わず胸元を見つめて『できるの?』と問いかけた。返答は『できました』というもの。

 それから真希は、横の香織に目を向けた。連日研究所通いだった彼女は、今回の起用法について驚いた様子がない。おそらく、そういう研究や実験を重ねてきたのだろう。

 まるで、この時のために備えてきたようにも思われたが、少し考えてみれば当然の措置だったとも言える。

(電気とか電波とか使えた方が、色々便利だろうし……)

 つまるところ、ステラを現代の技術文明になじませ、汎用性を高めていこうと動いた矢先、ちょうどその成果を発揮する事態がやってきたのだと。あるいは、1か月ほど前には捉えていた敵影から、救星軍は今回の画を思い描いていたのかもしれないが……


 ざわめき立った室内は、そう間を置かずに静かになっていった。それに合わせ、真希も思考を切り替え、スクリーンに意識を傾ける。


「アストライアーには、電力供給の一助として動いていただくほか、かなり重要な役回りですが、狙撃手としても動いてもらいます」

「つまり、照準合わせはアストライアーに託すわけですか?」

「はい。照準合わせのサポートは、できる限りのことをさせてもらうつもりですが……今回の砲台は、実際には砲座がなく、単体では狙いをつけられません。そこでどうしても、砲を動かすための手が必要になります」


 言っていることは真希にもわかった。こ丁寧なことに、スクリーン上でアニメーションもある。

 この役回りは責任重大だ。思わずうつむき加減になる真希だが、膝の上で握った拳に、温かな手が触れた。手を出してきた者へ顔を向けると、香織が穏やかで温かな笑みを浮かべているところだった。震えそうになっていた手を伝い、真希の気持ちが落ちついていく。

 それから、真希は香織にうなずいてから、顔を前に向けた。


 作戦の骨子はシンプルである。大がかりではあるものの、凝ったことはしない。

 だが、まともな砲座もなく、″人力″に近いアナログさ加減は、間に合わせという言葉を想起させる。そうした作戦のありように、疑問の声が上がった。


「これまでの話をまとめると、決着をかなり急いでいるように思われます。もちろん、放置はできないのでしょうが……急ぐだけの理由があれば、ご提示いただけませんか? そうでなければ、別解を煮詰めるべきかと」

「そうですね……」


 渋い表情の支部長は、やや重い声音で返した。

 その後、スクリーンに映し出されるものがまたしても切り替わった。あの敵を放置した際、どのような事態が懸念されるか。現時点で各学会からの見解が羅列されている。


「もちろん、事が始まって間もない状況です。確証はありません。ですが、気候変動については気象学者から火山学者まで、口を揃えて憂慮を表明しています」

「火山学者?」

「火山噴火による飢饉や冷害など、歴史的に前例があることですので」


 そして、画面はハワイ上空の衛星写真に切り替わった。黒煙は島と比較しても存在感を示すほどになっており、その中に何本もの雷光が走っている。


「敵が着地してから、およそ5時間でこの状況です。また、当事象は火山活動のように爆発的なものではなく、継続性が高いようにも思われます」


 他にも懸念すべき事項はあった。次いでスクリーン上に映し出されたのは、横軸に時刻、縦軸に距離を記したグラフだ。プロットされた点を結びつけると、ほんのわずかに右肩上がりとなっている。

「ミサイルが撃墜された際、その時刻と対象との距離を示したものです」と告げた支部長の言葉に、室内は騒然となった。結論を出すにはサンプル数が少なく、撃った時の状況が統制されていないということもあるだろう。

 しかし、本当に敵の射程が伸びているのではと思わせる要因もある。


「敵の生態は不明ですが、溶岩を何らかの形で取り込んでいるのだとしたら、今は力を蓄えている最中なのかもしれません。溶岩中のガラス質を取り込んでいるのでは、とも。排泄物に過ぎないであろう暗雲も、これ以上広がれば作戦行動に支障をきたす可能性が十分考えられます」


 ここにいる者にとって、話はそれで十分だった。この空母に集った者は、早期決着を目指す理由の共有ができた。敵が力を増している可能性を否定できない以上、多少放置した程度でも、人類は手も足も出なくなるかもしれない。その帰還不能点は、思うよりも近いかもしれない。

 そうした空気感で場が引き締まる中、一人が尋ねた。


「作戦決行は、いつ頃に?」

「作業進捗次第ですが……1時過ぎ頃になる見通しです」



 会議が終わると、それぞれは自分の持ち場へと早足に向かった。

 ただ、真希と香織の二人は、この中で相当目立ったのだろう。それに、こうした場に集まる者にしてみれば、彼女らが名乗らずとも、その素性は察しがついたに違いない。多くは彼女らに会釈等で礼を示して立ち去っていった。

 そうしてそれぞれが作業等に戻っていく中、支部長は真希たちの元へ駆け寄った。


「初めまして。もっと早くにご挨拶に伺うべきでしたが……報道の目がありまして」


 彼は大柄な体を腰から折り曲げ、謝罪した。

 救星軍日本支部長という立場の彼は、昨今の情勢の中にあって、半ば対外的には広報役のようになっている。お忍びで動くのも大変だろう。立ち上がったばかりの組織としての、透明性というものもある。

 真希からすれば、彼は自身や香織に配慮して接触を避けてくれたわけだ。謝られるとバツが悪い。謝られたことに、逆に恐縮しつつ、彼女は声を返した。


「いえ、そんな。事情はよく分かりますし」

「そういっていただけると助かります。立川は、よくやっていますでしょうか?」


 尋ねられ、真希は香織と顔を見合わせた。真希自身、春樹に対しては好意的に思っているところであるし、香織も似たようなものだと考えているのだが……

(香織さんが答えるかな?)と思って口を閉ざしていると、時間だけが過ぎていく。それが妙にいたたまれなくなって、真希は口を開いた。


「助かってますよ」

「良くしていただいてます」


――それは、ほぼ同時だった。一層微妙な空気になるも、それを跳ね飛ばすように、支部長は破顔一笑した。


「若手の中でも、気の利く奴でして。私も目をかけております。これからもうまく使ってやってください」

「は、はい」

「では、私はこれで」


 そう言って支部長は、真希と香織、そして精華に改めて頭を下げた後、会議室を去っていった。

 そうしてまた一人、会議室を後にしたところ、今度は精華が口を開いた。


「私も、これで……社の者のこともありますので」


 断りを口にし、しとやかに頭を下げる彼女に、真希は思わず感銘を受けた。

(そんなに年変わんないように見えるけど……立派だなぁ)

 真希の目から見て、精華は香織よりも若く見えた。社会人なりたてか、もしかすると大学生ぐらいかもしれない。醸し出す雰囲気や落ち着いた物腰が、彼女をもう少し上に感じさせはしたが。


 精華が立ち去ると、ちょうどいいとばかりに、真希は春期に尋ねた。


「守屋さんって、おいくつ?」

「……言っていいものかどうか……まぁ、いいか。大学生とは言ってた」

「えっ?」


 声を出したのは香織である。彼女は二人の視線を受け、恥ずかしそうに言った。


「私よりずっとしっかりしてるから、てっきり社会人かと……」

「いや、まぁ……気持ちはわかりますよ」


 慰めか、あるいは本心か、春樹が口にした。一方、このやり取りにどことなく恥じらいを覚えたらしい香織は、照れ隠し気味に話題を切り出した。



「守屋さんのこと、ご本人が苦手というわけではなさそうですけど……立場的には、やはりやりづらいですか?」


 この、少し踏み込んだ疑問に対し、舂樹は少し渋面で考え込んだ。やがて、彼は神妙な顔になって答えた。


「一個人としては、色々と尊敬に値する方ですが……組織を支える大グループの、ご令嬢ですからね。身構えてしまう部分はあります」

「そうですか」

「こういうのは、組織人の弱点ですね。僕の代わりに、お二人から良くしてもらえると助かります」

「そういうのも、気が利くうちに入る?」


 真希が少しイジワルっぽく尋ねると、キョトンとした顔になった春樹は、笑って「まあね」と答えた。

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