第27話 インドからの増援

 香織が次なる敵の名前について口走り、30分ほど経った頃。救星軍は一つの決断を下した。


「町田さん案が、正式に採用される運びとなりました」

「えっ、そんな……恥ずかしいですよ」

「まあ、名前を考える時間も惜しいって状況でしたので。命名者は公表しませんから、それでどうにか」


 実際、命名に頭を悩ませる余裕はなく、かといって名無しのままでは不都合があるかもしれない。そういった事情が分からないわけでもなく、香織は照れながらも「仕方ないですね」と言った。


 さて、3人が今いるのは、空母の会議室である。予定されている会議にはまだ早く、今のところ待合室の役割を果たしている。また、この空母は救星軍が借用しているとはいえ、正規の将兵は相当数残っており、この待合室にも士官の兵が一人張っている。

 もっとも、監視と言うほどの険しさはない。その白人男性は、3人への配慮から日本語の能力で選ばれたらしく、香織の命名に関わる話を耳にして表情を綻ばせていた。危難を前に、どうにかリラックスしてもらおうと、彼は柔和さを保っているようにも映る。


 しかし、真希としては、心落ち着かないものを感じずにはいられなかった。そうした不安を表に出すまいと、必死に抑え込む彼女だったが、普段より口数が減ってしまっている自覚はある。

 そんな状況だったからこそ、目を向けざるを得ない話題がやってきたのは、彼女らにとって幸いだった。3人の到着に遅れて1時間ほど。次なる増援が空母に近づいてきたとの連絡を受け、春樹は女性二人に声をかけた。


「甲板に上がりましょう」

「うん」

「わかりました」


 それから、早足で通路を通って甲板に上がった3人だが、視界に入った増援のインパクトは真希の想像を超えていた。ダークグレーの塗装をした、かなり大柄で武骨な外見のヘリが十数機、2列に並んでこちらへ向かってきている。

 そして、それらへリの二列縦隊は、距離を隔てても良く見えるほど太いワイヤーで、巨大な物体を懸下している。吊るされているのが、インドから運んで来たというエネルギー砲のようだ。陽光を受けて白く輝く巨大な砲身が、現実味を希薄にさせる。

 しばしの間、近づいてくる兵器の大きさに圧倒され、真希はただ立ち尽くすことしかできないでいた。


 彼女らが甲板に上がってから少しして、ヘリの縦列が空母直上に差し掛かった。抱える荷の大質量を支えるべく、大量の空気が下へと激しく打ち下ろされる。荷下ろし地点から十分離れて見学している彼女らだが、それでも甲板上を走る風の流れは十分に感じられた。

 やがて、隊列を組むヘリが、陣形を崩すことのないよう、慎重に高度を落とし始める。甲板上では、作業員たちが大声と手ぶりで降下の誘導を行っている。慎重に慎重を期しているようで、降下速度は遅々としたものだ。

 そして、空母の甲板上、中ほどからかなり前方よりに、全長100m級の巨大砲台が鎮座した。


 すると、砲台周りへ作業員たちが動き出していった。これから確認等の作業を始めるためだ。

 一方、大荷物をここまで運んで来たヘリたちは、一機を残して去っていった。残った一機はと言うと、甲板後方の空いたスペースに着艦。真希の注意はそちらに移った。

 そして、ヘリから出てきたのは、真希の目にはあまり軍人には見えない女性だった。というのも、遠目に見てもスーツ姿とわかったからだ。作業員というわけでもないだろう。

(立川さんの同僚かな)と真希は思った。そこで、傍らの彼に目を向けてみるが……その彼は、緊張と困惑で強張こわばっているようで、微妙な顔のまま固まっている。知り合いなのだろうが、苦手意識か、それに類するものがある相手と言う事だろうか。


 すると、くだんの女性は真希たち3人の存在に気づいたのか、ヘリのパイロットと言葉か交わした後、早足になって近寄ってきた。

 その女性は、若い日本人だった。背は高めで、ミディアムヘアの黒髪が潮風にたなびく。彼女はただ、まっすぐ真希たちの方へ歩いてくるだけであったが、たったそれだけのことでも、伸びた背筋と歩く所作に生まれ育ちといった素性の良さや気品を感じさせる。

 無骨な巨大空母の中にあって、彼女の存在は場違いに思われるほど優美で、見る者に強い印象を与えた。真希は、上流階級の出の人間ではないかと、ふと思った。(学級委員とか生徒会長とか、当たり前にやってそう)とも。

 すると、香織が春樹に小声で問いかけた。


「お知り合いですか? 関係者の方のようですが」

「それは、その……なんて言うか、難しいですね。ご本人からご紹介いただけるものかと」

「わかりました」


 春樹の受けごたえは、見た目通りに緊張を隠せていない。言葉は歯切れが悪く、彼とはまだ短い付き合いながら、真希には今の態度が大変珍しく感じられた。そうした彼の態度が、このスーツ姿の二人の間柄について、なおさらに憶測を働かせるというものである。

 ただ、真希と香織がその結論に至るよりもずっと前に、その女性は一行の前に立った。そして、彼女は柔らかな笑みを浮かべ、口を開いた。


「初めまして。救星軍日本支部所属、守屋精華と申します」

「はじめまして。えっと、アストライアーパイロットの高原真希です」

「もちろん、存じ上げていますよ?」


 そう言って精華はニコっと笑い、真希に手を差し出した。ただ、握手に応じた真希は、思いのほかしっかり力強く手を握られたことに、少しばかり驚いた。もっとも、好印象を抱かせるものではあり、緊張気味な真希の笑顔が、自然と柔らかくなっていく。

 それから、精華は続いて香織の方へ手を差し出した。


「同じくパイロットの、町田香織です」

「お二方にお会いできて、光栄に思います」


 その言葉は、単なる慣用的な社交辞令ではないようだ。にこやかな顔ながらも、じっと見つめてくる目の奥、握られた手に残る感覚から、真希は相手の熱を感じ取った。本当に敬意を向けられているのは、おそらく間違いない。

 しかし、わからないのは春樹の態度である。他3人の様子を目でうかがう真希だが、ほんの少しして、香織が何かに思い至ったようだ。


「あの、すみません。ご家名の守屋は、もしかして、あの守屋家ですか?」

「ご家名だなんて……」


 恭しく問う香織に対し、精華はどこか恥じらうように答え、「ご想像の通りです」と続けた。それでも話がつながらない真希に、彼女は改めて自己紹介を行った。


「自分で言うのも恐縮ですが……救星軍には設立当初からの後ろ盾があります。組織的な母体、基盤と言ってもいいでしょう。資金・人材・情報・技術・政治などなと、多方面にわたって支えてきた集団ですね。守屋家は、そうした集団の筆頭にあります」

「……もしかして、あのグループ企業の?」

「はい」


 守屋グループと言えば、戦後復興期に大きく躍進した守屋重工から始まり、超多角経営で成長を続けてきた、日本でも有数の大財閥である。財界に明るい真希ではないが、日本人をやっていれば、関連会社は日常的にいくらでも目にするというほどである。

 そして、そのグループ企業と同じ苗字を持つ、いかにも品のあるこの女性は……その出自におおよその見当がついた真希は、舂樹の緊張をなんとなく理解した。


「もしかして……いわゆるお嬢様でいらっしゃいます?」


 真希の問いに対し、精華は――真希の目には不自然なほど表情を変えず、真顔で声を返した。


「はい。私は守屋グループ現会長、守屋忠義ただよしの孫です」


 真希、いや、香織や春樹からしても、住む世界が違う存在だろう。この状況では、真希と香織もVIPには違いないだろうが、本来の意味でのVIPが目の前にいる。

 さて、精華の出自は明らかになった。しかし、それを聞いても、次いで疑問が沸き起こる。

 ただ、甲板上で考え込むことではない。作業の邪魔になるようなことはないだろうが、立ち話もなんである。そこで、案内係の士官が口を開き、まずは再び会議室へ戻ることとなった。


 そうして会議室に戻り、ある程度の人払いができたところ、真希の疑問を先回りするように精華が口を開いた。


「今回の作戦では、守屋重工も製造に関わっています。もちろん、社の従業員もこちらで動いています。そこで、創業者一族からも誰か、この場に立ち会うべきと」

「そこで、その……お嬢様が立ち会われると」


 だいぶ遠慮がちに、言葉を選びながら香織が言うと、精華は少し寂しそうに笑った。


「お嬢様だなんて。あまり気兼ねなさらないで下さいね。私からすれば、あなた方の方がずっと貴い存在ですもの」

「それは……」


 歯切れの悪く尻込む様子の香織を見て、真希はその悩みがわかるような気がした。

 アストライアーを動かせている、実戦経験済みのパイロットは、地球に二人しかいない。その貴重さを自覚できていないと口にするのは問題があろう。かといって、大財閥のご令嬢相手に、自分の貴重さを吹聴するのも……といったところだ。

 ただ、香織が長く口を閉ざすことはなかった。彼女は一つ、疑問を投げかけていく。


「救星軍所属とうかがいましたが、守屋家代表として立ちあわ、いえ、立ち会うとのことで。それってその、救星軍と守屋家の関係を表沙汰にしてしまうような……」

「鋭いご指摘ですね。実際、そうなるものと思います」


 それから精華は、素知らぬ風を装いながらも緊張を隠せないでいる米兵に微笑みかけた後、言葉を続けていった。


「世界規模で動こうという救星軍に、実は私企業に過ぎない守屋クループが関与しているということは、多くの疑惑を抱かせるものとなるでしょう。しかし、今後の救星軍の活動において、生産力の根拠は必ず問われます」

「そうなると、隠しきれるものでもありませんか」

「やり方と努力次第ではありますね。ですが、救星軍と守屋グループ、そして各種関連機関と後援企業は、本作戦に際し相互の関係性を公表することで同意に至っています。これは国の枠組みを超えた、文明社会全体にとっての一大事であるのだからと」


 話を聞く一方の真希は、雲をつかむような話に現実感が追い付かないでいた。思えば、ハワイ近海に来て以来この調子である。それだけ、現実離れした状況に身を置いているというわけだが。

 すると、精華から不意に声を掛けられた。


「高原さん、あなたから何か、気になることなどは?」

「わ、私から?」

「ええ。何でも構いませんよ?」


 そういってニッコリ微笑むせいかを見て、真希は考え込んだ。

(なんでもって話だけど、限度はあるよね……)

 さすがに、この場に相応しくない質問は失礼だろう。実際、そんな質問をする気も起きず、彼女は少しの間考えた。そして……


「あの白い砲台ですけど、何か名前は?」

「開発時の名前は、ヴァジュラです」

「ヴァジュラ?」

「インドの神の武器だそうで。確か、稲妻を放つ武器だとか」


 すると、香織が「決まってて良かったです」とつぶやくようにこぼし、真希と春樹が笑い出した。それから事情の説明を受け、精華も一緒になって笑った。

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