第26話 天災降り立つ②
ヘリが着艦し、会話するのに不自由ない状況になると、春樹は作戦について軽く説明を行った。
「早い話が、インドの砲台をここまで空輸します。重機があるのは、そのセッティングのためですね。空母に乗せる戦闘機などは、全部他の艦や基地に押しのけてますので、実質的にこの作戦専用の空母になってます」
「へえ~」
春樹の言葉を耳に挟みつつ、真希は甲板上の動きを目で追った。行き交う者たちの職業や出自は様々だろう。肌の色を見る限り、人種も混在している。
しかし、異なる背景を有しながらも、彼らは一つのことに懸命に取り組んでいる。遠方に見える、怪物を倒すために。
その敵の方へ、真希は視線を向けた。甲板に立ってから改めて見る敵の威容に、内奥を揺さぶられる。立ち込める暗雲はこの世ならざる雰囲気を醸し出し、胸の底から這い上がる寒気に全身が
現実を侵食してくる脅威。立ち向かおうとする人々の動き。その最中にあって、彼女は一つの疑問を抱かずにはいられなかった。
「立川さん」
「何でしょうか」
周囲の目があるからこその、この折り目正しさであろう。しかし、真希には少し隔たりがあるように感じられた。いや、そう感じてしまったと言うべきか。それでも彼女は、気を取り直して本題を切り出していく。
「今回の作戦で、私たちって何するの?」
「後で作戦会議するので、詳細はその時に……とりあえず、お二人には射撃を担当してもらいます」
「射撃?」
そう言われても、アストライアーにそういった武装はない。せいぜい水流を手から放つぐらいだ。
そこで真希は、ここに空輸中であるという砲台のことを思い出した。どれほどの大きさなのか、見当もつかないが、それで射撃をするのかもしれない。
不意に視線を落とした彼女は、甲板に塗られた白線をじっと見つめた。すると、香織から呼びかける声が。
「真希ちゃん」
「なに?」
「みなさんに見られてる」
視線を上げてみると確かに、作業中の大勢から視線を向けられているところであった。春樹と会話しているのを周囲に聞かれ、彼女らの到着が徐々に知れていったのであろうか。周囲が制服や作業着で動き回る中、私服で来ている女性二人の姿は、相当の異物感がある。
ただ、彼女らが目立つのは、その装いのためばかりではない。この場にいる人間にとって、見慣れない若い女性二人が戦地へやってきたという事の意味は、ほとんど自明である。
すると、「自己紹介する?」と香織の声。
「えーっと、英語で?」
「いえ、ステラさんに出てもらいましょう。もしよろしければ、ですけど」
香織の提案に、真希は合点がいってうなずいた。なるほど、これ以上ない自己紹介だろう。甲板上にいる人間は人種が多様で、国籍も母語も、おそらくは様々だろう。だが、言葉を介さなくても伝わるものはある。
提案の後、香織は春樹に視線を向けた。すると、彼もこの案には理解を示し、柔らかな表情ながら真剣な眼差しを向けて答えた。
「もう隠し立てすることでもないですし、現場の士気も上がりますからね。というか、上長からは打診されてました」
「あら」
「あまり目立ちたくないのではと、思っていましたが……杞憂でしたね」
『では、出しましょう』
ステラは声を上げると、真希の元から浮き上がった。久里浜の時同様、白い核から光線が宙へと四方八方に伸び、瞬く間に輪郭が刻まれていく。
そして、わずか数秒の間に、甲板の上には純白の騎士が、その姿を現した。遠方の暗雲も、今は皆の目に入らない。南国の日差しをその身に受けて白く輝くその様は、まばゆく神々しいばかりである。
熱心に作業を続けていた者たちも、この時ばかりはその手を止めた。顕現の直後は波が引くように静まり返り――ほんの少し後に、それぞれの国の言葉で怒涛の歓声が沸き起こる。
その時、アストライアーの陰に入り込む形になり、真希たちは他からの視線が届かない位置関係になっていた。そのことは、お互いにとって幸いだったのかもしれない。ステラがその手を離れた後、歓声の波の中にあって、真希は自身の手が震えている事に気づいた。
手のひらを胸の前へ、そしてそれをじっと見つめる彼女。すかさず、「大丈夫?」と香織。
「大丈夫……だと思う」
「無理しなくてもいいから、ね? 何だったら、交替だってできるんだから」
彼女らがアストライアーの正式な操縦者となって、すでに相当の日数が経過している。ステラが言う、変更不能期間の縛りは、すでに脱しているところだ。操縦者を変更することはできる。しかし、それは……
「次の人がうまくいくとも限らないでしょ?」と、真希は言った。「私ならできる」という意味合いを持たせたつもりはない。自負心よりもむしろ、最初に動かせてしまった――期待を負ってしまった一人としての、責任感から来る言であった。
そんな彼女に、春樹は表情を引き締めて言った。
「交替に関しては、まだ選定方法について調整しているところで、でも候補がいないわけじゃない。無理だったら、そっちに代わればいいんだ」
「……立川さん」
「ん?」
「私たちがやる前に交代するより、やってから交代した方がいいよね? だって……交代したらその時点で、後がないんじゃない?」
その指摘に、春樹は一瞬押し黙り、それを真希は肯定と受け取った。手の震えは、いつしか収まっていた。内で震える気持ちを、信頼できる者に打ち明けられたからかもしれない。軽く両手を握り、少しの間目を閉じた彼女は、静かにつぶやいた。
「やれるだけ、やってみる」
「……わかった。上の方もそのつもりだった……というか、そうあってほしいと考えていたところだったんだ。本当に助かるよ」
「……もし、私たちがダメそうだったら?」
その質問に含みはなく、単に興味から尋ねた真希だが、春樹は渋面を作った。
「交代を用意するか……僕ができる限り説得するか」
「責任重大だね」
笑顔でそう言う真希に対し、春樹は口元がひきつったようなシニカルな笑みで「……まあね」と答えた。
それから少しして、「ご挨拶も済んだところだから」ということで、アストライアーを再びステラの中に戻した。すると、3人の視界に再び、例の光景が映る。立ち向かうべき脅威を前に、香織は口を開いた。
「立川さん、アレの名前は?」
「アレなんですが、まだ決まってません。ようやく全体の形状がわかったのが、つい数時間前ってぐらいですし。命名に関わる部門や階級は、今頃てんやわんやで……倒してから呼称を決めるつもりかもしれません」
「そうですか」
「作戦中は、単に標的とかアレとか呼ぶでしょうね」
それから春樹は、遠方に見える暗雲と、その下の火山に視線を遣った。
「たぶん、見た目から名前を付けるとは思います。形状としては、月面着陸船か……バクテリオファージって感じですね」
「あ~、生物の資料集で見たかも」
舂樹の言に、乗ってくる真希。一方香織は、あごに手を当てて少し考え込む様子を見せた。
「着陸船に似てますけど、そこからの命名は、きっとしないでしょうね。先人に対して、あまりに失礼ですし。取りついて食ってるという意味で、
「なるほど」
「ただ……」
「何です?」
尋ねてくる春樹に対し、香織はかなり間を開けてから、少しためらいがちに答えた。
「下には煌々とした熱源があって、上に朱色の流動体が運ばれて、てっぺんから煙を吐き出して……ファージと言うより、
「フォージ」
「あれだけ大きいなら……
言い出した香織は、尻すぼみになりながら言葉を結び、最後には消え入りそうな声で「忘れてください」と言った。
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