第25話 天災降り立つ①

 天文レベルで捕捉できた巨大な敵影は、最終的に単一個体ではないかという結論に至った。常軌を逸する存在が、刻一刻と地球に近づいてくる――

 これを最後まで秘匿し続けるわけにもいかず、救星軍は情報開示を行うこととなった。5月8日、夕方のニュース番組。キャスターは緊張を隠し切れない様子で、地球に接近する脅威について、公式発表と専門家の見解を伝えた。

 曰く、後1週間以内に地球へ到達する可能性が高く、落下点は未定ながら、赤道近くになるだろうとのこと。

 そして、脅威についての一般公表とともに、それへの対策もまた報じられた。


『今回の脅威に対し救星軍は、インドで建造中の高エネルギー投射砲で迎撃すると発表。世界各国の軍と連携し、今回の脅威に対抗する構えです。また、アストライアーの運用については、現状では未確定要素が多く、協議中とのことです』


 アナウンサーが一区切りついたところ、圭一郎は「そうなのか?」と問いかけた。それに、エプロン姿の真希が口を開く。


「相手が何をするかわからないから、作戦が定まるまでは待機だって。今回の敵も透明みたいで、どういう姿なのか、まだまだはっきりしないみたいだし」

「そうか……」

「でも……どうにかなるんじゃない?」



 そう言って真希は、テレビの方に目を向けた。圭一郎が視線で追うと、そこにはインドで建造中という、くだんの兵器が映し出されていた。全長100メートル近く、白い塗装にケーブルやコード等が這い回るそれは、SF的な角ばった砲台に見えなくもない。


「秘密裏によく用意できたものだ」

「もとは別の名目で建造していたそうです。高エネルギー物理学のための実験装置とかなんとかの口実で、建屋の中でコッソリ建造中だったとか。」

「……なるほど」


 連日のように救星軍の研究所へ通う香織は、こういった事情に少し詳しくなっている。そんな彼女へ、圭一郎は質問を重ねた。


「しかし、インド周辺に落ちてこなければ、狙いようがないのでは?」

「実際には、現地まで空輸するそうです。落下点の予測が立ち次第、公表とともに実施するとかで」

「……そのタイミングで、二人も現地へ?」


 この問いに、香織は少し間を開けて「はい」と答えた。



 ある者は騒ぎ立て、ある者は息を潜めるように口を閉ざす。世界中が不安に揺れて空を見上げ続ける中、ついにその日がやってきた。

 場所はハワイ島キラウェア火山上空。現地時間5月14日午前5時58分。やや曇った空を朝焼けが染める中、雲を切り裂いてそれが姿を現した。

 重力を感じさせないほど緩やかに落ちてくるそれは、中心に赤く光る核を持つ、透明なラグビーボールを引き伸ばしたような物体であった。

――いや、実際に透明ではあるのだが、あまりの巨体のせいか向こう側がくすんで見える。全長1キロに及ぼうかという怪物体が落ちてくる。


 それを迎え撃つ先手は米海軍だ。ハワイ近海に配備された艦隊、空母から飛び立った艦載機が、巨大な標的目掛けて無数のミサイルを投射する。これら攻撃陣は、敵からの攻撃の心配と、互いの攻撃の邪魔にならないようにと、相当な間隔を開けて事に臨んでいた。

 そうした配慮が、功を奏したようである。ミサイル第一陣が着弾するよりも早くに、敵が反応を示した。核から赤い閃光が放たれ、久里浜の一件とは比べ物にならないエネルギーの奔流が放たれる。迫りくるミサイル一つ一つを狙うのではなく、無造作に手で払うように、赤い光線が宙を走る。

 斬るように薙ぎ払われ、次々と爆散するミサイル。その粉塵の中、宙に残るリボン細工さながらの赤い光線の軌跡は、禍々しくも妖しげに輝いて、見る者の目を奪った。


 きらびやかな赤い破滅の光を身にまとい、続く攻撃もものともせず、怪物は悠々と高度を落としていく。

 そして、キラウェア上空500mほどで、怪物は新たな動きを始めた。滑らかな流線形の先端部を中心に、何本もの亀裂が現れる。それらは体表を走っていき、やがて先端部がくし型に割かれて、四方八方へ広がっていく。そうして広がったいくつもの端部が、直下の山体を取り囲むように広がり――

 やがて、山の中腹に、何本もの足が音もなく着地した。今も続く苛烈な波状攻撃とは裏腹に、その巨体の動きは静かでしなやかだ。山体をいささかも損することなく、何本もの足で軟着陸してみせたそれは、遠くから見れば山に下り立った巨大な月面着陸船のようにも映る。

 いや、あるいは――生物学に親しんでいれる者ならば、山に巣くうバクテリオファージと見るかもしれない。


 山体を囲むいくつもの脚は、着地から少しすると連動して徐々に折れ曲がり、脚につながる中央部が火口に近づいていく。もはや攻撃の類は効をなさないと見たのか、米軍は攻撃を取りやめ、その挙動を見守っている。

 そして、全世界が息を呑んで注視する中、キラウェアに陣取った怪物は、火口へ向けて胴体下部中央から透明な管を下ろしていった。

 一見して蚊など口吻を思わせるそれは、実際にそういった働きをするようだ。火口へ下ろされた透明な管の中を、鮮烈な朱色の流動体が昇っていく。その流れが怪物の核あたりにまで達すると、赤い光を放つ核は一層強く輝き出した。

 すると、怪物の頭頂部が口のように開き、核から頭頂の口へと黒いものが上っていく。その黒いものは、煤煙であった。口からとめどなく吐き出される黒煙が、山頂上空に滞留して少しずつ広がっていく。

 この怪物の詳細が何なのか、人類には知れたものではない。だが、見る者のほとんどは、おそらく共通した認識を抱いたことだろう。


 あれにとって、火山は食い物に過ぎないのかと。



 その前日。真希と香織、そして春樹の3人は、厚木基地から航空機でホノルルへ到着していた。敵襲来予測よりも早くに、現地近くで時差調整を行うためである。

 そして当日、彼女らは米軍のヘリで、ハワイ沖へと向かった。

 現地に近づくにつれ、おどろおどろしく威圧的な黒い雲が、否応なしに視界に入ってくる。黒い雲の中で煤塵ばいじんが擦れ合い、雲全体が強く蓄電しているようで、漆黒の中を絶えることなく紫電が走り続けている。

 その雲の下にある物も、まるで現実味を感じさせない異物だ。双眼鏡に映るのはキラウェアに覆い被さった怪物で、火山のエネルギーを吸い上げ続けている。火山と雲という巨大な物体に挟まれてなお、その存在感をありありと示し続ける怪物の有り様に、真希は汗ばむ拳をギュッと握った。


 敵の″着陸″から4時間余り。現場を取り囲む艦隊からは、今では散発的に攻撃が繰り出されている。損害を与えることを目的としたものではなく、相手の性質を探り、処理能力を図るためのものだ。

 とりあえず、既存の兵器では太刀打ちできないようだ。頼みの綱は、インドで建造中というエネルギー砲とアストライアーぐらいのもの。現在計画中であろう作戦の中身は知る由もない真希だが、双肩にかかる重みを今から感じずにいられなかった。


 やがてヘリが目的地に近づくと、搭乗者3人はその威容――いや、異様さに釘付けになった。

 今回の作戦拠点となるのは、米海軍が誇る原子力空母。専用設計の原子炉を6基搭載した、科学と工業の精髄である。

 しかし、一行の目を引いたのは、その空母の巨大さばかりではない。広い甲板の上には、クレーン車を始めとする重機が並んでいる。海に浮かぶ空母の上に、何かを建てるための特殊車両。似つかわしくない取り合わせに、困惑してしまうのも無理からぬところだ。

 そうした現実離れした様相が、一方で事態の本質を物語ってもいる。つまるところ、現実離れした脅威に対し、人類も常識を逸する手立てで臨むのだ。

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