第24話 日常と迫り来る脅威

 久里浜での事象以降、引きも切らずに話題が投下され、世間の喧騒は途切れる様子を全く見せないでいた。

まず、久里浜に襲来した謎の飛行物体について、救星軍及び各種関係機関はCosmozoaコスモゾアと命名。『宇宙棲のクラゲ様群体生物』程度の意である。もっとも、世間も関係者も、一般的にはクラゲ呼ばわりすることになるのだが。

 また、コスモゾアを始めとする宇宙からの侵略的存在の総称として、Astro天文nomical学的なInvasive侵略性のMatter物体から頭文字を取り、AIMと呼称することになった。人類として定めるべき、単一の照準という意味合いもあるという。

 ただ、こうした命名自体は、世間一般の耳目をあまり集めはしかなった。どちらかといえば、参画意識の強い業界関係者向けのものだろう。大衆の興味関心は、別のところにあった。



 あの戦闘から1週間経った4月25日。今日も各種メディアには、新たな爆弾が投げ込まれた。救星軍及び日本政府連名による情報開示で、アストライアーのパイロットの素性が公開されたのだ。


「うわ……すごいことになってる」


 テレビ近くの炊飯器から米をよそいつつ、真希は思わずつぶやいた。香織がチャンネルをいくら変えても、映るのは彼女らについての話題一色である。いつものニュース番組に、特別報道番組。いずれも、パイロットの素性がいくらか明らかになったことについて、それが一大事のように取り上げている。

 いや、実際一大事だろう。地球の命運を左右しうる力が、誰に託されているか、それに対する政府のスタンスがいくらか明らかになったのだから。

 真希については日本の女子高生、香織に関しては若い邦人女性とのみ公表されている。そして、これ以上の詮索に関し――


『持田総理大臣は、アストライアーのパイロット2名の素性を探る行為について、”厳に慎まれるべき”と語調を強めました。また、報道各社も、本件に関して救星軍と協調する姿勢を見せており……』


 滑らかな口調で淡々とアナウンサーが読み上げていく中、香織はつぶやくように言った。


「よかった……色々探られたら大変よね。学校は平気だった?」

「女子高生っていうのがね……話題に乗らないと怪しまれるからさ。みんなに合わせて騒いでたけど、マジで緊張したよ」


 とはいえ、のど元過ぎれば……といったところなのだろう。過ぎたこととばかりに楽しそうに話す真希に、香織は不安が少し解けていくのを感じた。

――しかし、いずれは大勢に知れることとなるだろう。


「担任の先生は?」

「もう知ってるよ。そのうち引っ越す予定だし……校長先生と立川さんたちを交えて、ちょっとお話しした」

「そう……」

「救星軍の拠点ってのができた時、私の扱いをどうするか、今から詰める感じで……『留年はさせんから、安心しろ』ってさ」

「英語なら、私が教えるところだけど……」


 そうして言葉を交わす内に、配膳が済んだ。合掌して食事に入るも、すぐさま真希が口を開く。


「そっちは、何かあった?」


 そっちというのは、香織が毎日足を運んでいる、救星軍管理下の研究所だ。そこで連日、ステラへの聞き取りと並行する形で、各種実験や研究が実施されている。目下のところ、研究課題はステラのインターフェース拡張である。

 この問いかけに対して香織は、ちょっと迷う素振りを見せた後、カバンからステラを取り出した。

 すると、真希はステラの姿に目を丸くした。彼女が知るステラは、白い宝珠を金線の細工が取り囲むアクセサリーといったところ。他にはせいぜいネックストラップが後付けで付属する程度だ。

 しかし、半日ぶりに見たステラには、ネックストラップに括りつける形でUSB端子がついている。直接ステラとつながっている感じではないが……


「何それ、アクセ?」

「まさか」


 と、その時、室内に軽妙な音楽が流れだした。真希が「あ、私だ」と口にし、ジャージのポケットに手を突っ込む。そして彼女は、もう片方の手でジェスチャーしつつ、「ごめんなさい」と断ってスマホを取り出した。しかし……


「どうかしたの?」

「非通知で来てる」

「出てみたら?」

「ええ~」

「いいからいいから」


 柔和な顔立ちながら、しきりに押し込んでくるように見える香織。その様子に、真希は怪訝けげんな顔をした後、何かに気づいて硬い表情になった。そして、恐る恐る、スマホを顔の横へ。


「もしもし。どちらさまですか?」

『ステラです』


 真希は目を白黒させた。そして、明らかに狼狽ろうばいした様子で、通話を続けていく。


「心に語り掛けるやつじゃなくて、マジで話してる?」

『話すと言うと語弊がありますが……基地局に電波を送信しているだけですので』

「ああ、そういう……」


 それだけ言うと、真希は通話を切ってため息をつき、気分を落ち着けていった。そこへ、圭一郎が口を挟む。


「何らかの法に触れるのでは?」

「実際、超法規的なんですが……電波法的には許容されると、総務省の方からもお墨付きが」

「ならいいか……」


 あっさり矛を納め、孫の手料理を食べていく圭一郎だが、真希はどこか納得いっていないようである。


「ステラ~」

『なんでしょうか』

「傍にいる時は、もう掛けてこないでね。なんか、ややこしいからさ」

『わかりました。申し訳ありません』


 きつく言ったつもりはないのだが、ステラからの返答は、思いのほか沈んだような響きがあった。そんな彼女に対して真希は、(世話が焼けるんだから~)と思いつつ、どこか心くすぐられる部分も感じていた。

 それから、心の中でステラに話しかけていく。


『ステラ?』

『はい』

『別に怒ってないからね? ただ、こうやって心の中で話し合えるんだから、スマホ経由する必要がないよねって思って』

『わかりました』

『こっちでなら、いつでも……いや、授業中と料理中以外は、気軽に話しかけてくれていいからさ』

『ありがとうございます』


 そうして、どこか満足な気分になった真希は、自前の料理に手を伸ばした。すると、にこやかな笑みを浮かべる香織が、また別の話題を切り出していく。


「ステラさん、通話だけじゃなくてネットも見れるみたいで」

「見れる?」

「ええ。というか、映し出せるところまでいってて……」


 それから香織は、「やってもらえます?」と、ステラに尋ねた。その返答代わりに、ステラからは光が投影され、ふすまに何かが描かれていく。白地に黒字、時折画像が挿入されるそれは、真希にも見覚えのあるものである。


「……Wikipedia?」

『はい。天文学、物理学、工学、生物学、社会科学等を中心に見ています』

「そ、そっか~」


 口には出せないでいたが、変なサイトなどには行っていないようで、真希は人知れず安堵した。なんとなくのイメージ通りというべきか、ステラは真面目に知的好奇心を満たしていっているらしい。

 しかし、香織から思いがけない言葉が飛び出す。


「YouTubeも教えたんだけど、『面白いです』って」

「えっ、ステラが? ユーチューバーとか見てるの?」

「いえ、そういうのじゃなくて」

『興味深いのは技術系や科学系、あと歴史系のチャンネルですね』

「あ~、なるほど。そーゆーのもあるっけ」

『面白いですよ?』


 PCやスマホについて、使えるがあまり使わない真希にとって、あまり縁のない話ではある。ただ、相応に知的好奇心を持ち合わせる彼女としては、彼女を取り巻く昨今の事情も手伝い、まったく興味が惹かれないわけではない。

 加えて、ステラが興味を持っているという分野に、自分が興味を持たないというのも……そういう「付き合い」の要素を彼女は意識した。ステラが何か趣味を得たようで、どことなく喜ばしくもある。そんな暖かな気持ちを覚えつつ、彼女は口を開いた。


「じゃあ、おフロあがりに、一緒に見ない?」

『そうしましょう。それまでに、いくつか動画を選んでおきます』

「先生も一緒に見ない?」

「そうね。ご一緒しちゃおうかしら」

「じいちゃんは、別にいいや」

「だろうな」


 オチのように扱われた圭一郎だが、気を悪くした風はない。ただ、彼は淡々とした口調で釘を刺した。


「あまり、夜更かししないように」

「わかってるって」

「どうだか」


 孫の言をあまり真に受けていないような、冷ややかな響きのある返しではあるが、しかし彼の顔は、少し笑っていた。



 その夜、ホカホカした空気をまとうパジャマ姿の真希は、グラス2本と炭酸水のペットボトルを持って自室に戻った。ベッド脇で香織と並び、ニコニコ顔で腰を落ち着ける。


「何か、悪いことしてる気分~」

「そう?」


 口にした香織は、高校生の自分を思い返したが……両親が緩く、兄弟もややズボラだったせいか、夜更かしは割と横行していた。それに比べれば、無糖の炭酸水片手に動画観賞というのは、随分とかわいいものである。

 それから、真希はグラスに炭酸を注ぎ入れ、部屋の明かりを消した。小さなルームランプだけが部屋をぼんやり照らす。後はステラに頼んで動画の映写を――

 しかし、その時、香織は「待って」と口を開いた。


「どうかしたの?」

「ちょっとね……仲良く動画見る前に、真面目な話題でも片づけた方がいいかもって思って……」

「それって、ステラに何か映してもらうような?」

「ええ」

「次の敵?」

「……ええ」


 やや間を開けての回答に、真希は身構えた。少し前に、二人は次なる敵について、春樹からおぼろげながらに聞かされている。真希はそれを思い出したのだろう。

 すると、やや青みがかった黒い壁へ、ステラが光を投影した。スクリーンに映し出されたのは、左手に地球を、右手に月を配した宇宙空間である。

 そして、この2天体の間の軌道上に、うすぼんやりとした何かが広く点在するように分布している。それが何なのか。真希は口にした。


「えーっと……いわゆる小惑星ってやつ?」

『いえ、それはもう少し遠いですね』


 ステラは言葉を返した後、壁に映す宇宙を、より広域のものへと遷移させた。


『いわゆる小惑星帯は、火星と木星の間の宙域に分布しているそうです』

「へ、へえ~」


 関心と困惑相半ばといった様子の真希が声を返した後、画面は再び地球周辺の宙域に寄った。


「つまり、これって敵?」

『その可能性が高いものと思われます』


 敵は、この尺度で見れば、大した存在感ではない。しかし、地球と月が壁に収まるスケール感の中での話だ。地球に住まう生物からすれば、相当な規模の敵には違いない。そうした事の規模を察したのか、真希は緊張した表情で壁を見つめた。

 そして画面は、さらに少し寄っていく。地球に一番接近しつつある、半透明の雲へ。「いつ頃?」と真希が口にすると、ステラが答えた。


『あと3週間ほどです』

「どれぐらい大きいの?」

『推定ですが、全長1キロメートル前後とのことです』

「……東京ドーム何個分?」

『概算で、4ないし5個分かと』


 質問した真希だが、東京ドームに行ったことはない。行ったことがある球場と言えば、友だちの家族に連れてもらった浜スタぐらいである。

 しかし、おぼろげな記憶をたどって、あの球場を膨れ上がらせても、何一つ現実味のある感覚を得られない。ため息の後、彼女は乾いた笑いを放った。


「キッツいな~」

「……ええ、本当にね」

「他に何かある?」

「いえ、これだけ」


 もっとも、これだけでも十分すぎるほどヘビーな話題だが。気がつけばため息をついてしまう自分に気がついた真希は、グラス8分目の炭酸をのどに流し込んでから、ステラに話しかけた。


「動画見よっか。面白いんだよね?」

『私は楽しめました』


 帰ってきた答えは微妙だが、真希はとやかく言わなかった。

 それから映し出された動画の面白さが、笑いを誘うようなタイプのものではないのは、二人にとっては幸いだったかも知れない――笑い声が空々しく感じられたかもしれないから。

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