第22話 VIPふたりと世話役

 永田町からの帰り道。すっかり暗くなった中、車が大した音もなく動き出す。


「まさか、総理大臣からお礼言われるなんてね!」

「ほんと、ビックリしちゃった!」


 普段はそういう界隈の人間にさほど興味を持たない真希と香織であろうが、やはり有名人というかVIPに会うというのは心を高ぶらせる経験なのだろう。興奮冷めやらぬ様子である。そうして和気あいあいと盛り上がる二人をバックミラー越しに眺め、春樹は顔をほころばせた。

 と、そんな彼へ真希の口から、疑問が投げかけられる。


「えっと、立川さんも、総理にはお会いした感じですよね?」

「えっ? ええ、まあ。僕の場合は、軽く『お疲れ様』とねぎらっていただいたぐらいですが」

「それでも、十分光栄なんじゃ?」

「それはそうですね」


 この女性二人と彼は、会って間もない間柄だ。しかし、あの場での経験をいくらか程度共有したせいか、打ち解けたと言えなくもない和やかな雰囲気ではある。

 その後、バックミラーから様子をうかがう彼は、何度かまばたきしてから話を切り出した。


「後に正式なご連絡があるかと思いますが、私、立川春樹が、お二人の世話役を仰せつかりました。今後ともよろしくお願いします」

「世話役って言うと、こういう送迎を担当したり……他には?」

「……実際、何でしょうね。具体的な指示は降りてませんが、救星軍に対する、相談窓口みたいな感じになるでしょうか。待遇に不満があれば聞きますよ」


 すると、後部座席の二人は自然と顔を見合わせ、春樹は苦笑いで「何かあります?」と尋ねた。その問いに答えたのは香織だ。


「相談役ということは、私たちからの質問にも、ある程度は答えてもらえるということでしょうか」


 彼女は「ある程度」という文言に、わずかな強調の響きを持たせた。そのニュアンスが伝わったのか、春樹は少し間を開けて「僕に話せる分は、喜んで話しますよ」と答えた。

 そこで、香織は「では」と言って問いを投げかけていく。


「救星軍における私たちの位置づけは、どのような感じでしょう。役回りというか、職分のようなものは」

「まだ確定というわけではないですが、大筋では決まりつつあります。それでもよろしければ」

「お願いします」

「わかりました。今の所、あなた方は民間の協力者という立場に対し、我々から助力を乞う形で考えています。正式に決まれば、ウチの偉い者を連れて、頭を下げに伺いますよ」


 この返答に、香織は少し戸惑った。ややあって、彼女は考えを口にしていく。


「てっきり、国経由で徴用されたり、接収される物かと……」

「いや、さすがにそれは……法的にも道義的にも、妥当性がありませんので。それに、我々救星軍は水面下でああいった脅威の襲来に備えてきたという手前、期せずしてやってきた協力者を強引に従わせれば、世間からの信用を大きく損ねかねません。だったら、頭下げて協力してもらった方が……ってところですね」


 自分たちに対するソフトな当たり方に、香織は小さく安堵のため息を漏らした。それから、彼女は真希に向き直り、問いを促す。


「真希ちゃんからは?」

「私から? うーん……立川さん、私たち相手に敬語なんだ?」

「ええ、まぁ……組織としては、あなた方は外部の協力者であって、その上、世間的にはヒーローですので。その点を加味しての応対というところです」

「私には、タメ語でいいですよ? っていうか、その方がいいんだけど」

「う~ん、そうは言われても、組織的な外聞ってのが……」

「車の中ならいいんじゃない?」


 すると、笑顔の真希と鏡越しに目が合った春樹は、困ったような笑みを浮かべてため息をつき、「それもそうか」と言った。


「高原さんでいいかな?」

「うん。真希でもいいけどね」

「さすがに、会ったばかりでいきなり馴れ馴れしいのはな~……ステラさんからは、何かあります?」


 質問が急に飛び、真希と香織は若干の驚きを示した。"当人"も予想外の問いかけだったのか、声を発するには少しの間を要した。


『私から、ですか?』

「ええ。あなたの世話役も仰せつかってるようなものなので。ご要望にお応えできるかはわかりませんが」

『そうですね……そちらの研究部門とコンタクトを取れればと思うのですが』

「それはむしろ、こちらからお願いしたいところですね。お二人から承認を得て立ち合いしてもらえれば、すぐにでもと」


 そう言って春樹が後ろの二人の反応をうかがうと、香織がやや間を開けた後に口を開いた。


「でしたら、私が一緒にうかがいましょうか? 仕事辞めてヒマですし……」

「……もしかして、アストライアー絡みで辞めたんですか?」

「いえ、また別件で、一身上の都合です」

「ああ、そうですか……」


 すると、どことなくいたたまれない空気が急に漂い始め、香織は身を縮めた。(「仕事を辞めた」は、余計な一言だったかも……)と後悔するも、取り繕うのも痛々しい。

 だが、あまり間をおかず助け舟を出すかのように、春樹が明るめの口調で話しかけてきた。


「時間に余裕があるのでしたら、我々にとっては好都合です。平時においても、拘束時間に対しては協力費という形で報いることになるかと思います。そういう待遇面についても、おいおい詰めていきましょうか」

「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 気まずくなった雰囲気は少し軽くなり、香織は安心から表情を柔らかくした。すると、今度は真希が口を開いた。


「研究部門に、何か用があるの?」

『はい。電波の送受信と言いますか、私が情報網に入ってやり取りできるようになれればと……』

「……電波と直接やり取りするって聞くと、何かアブナイ人みたいね……」


 何の気なしにつぶやいた香織だが、その意図するところは真希に伝わらず、彼女は「えっ?」と聞き返した。一方、春樹には発言の意味が伝わったようだ。彼は苦笑いで補足していく。


「支離滅裂なこと言いだす人、俗にデンパとか言わない?」

「初耳」

「そっかー。ま、知らなくていいよ」


 そうして香織の発言は軽い感じで流され、彼女はホッと安堵した。しかし、真希は何か懸念があるのか、難しい表情でステラを眺めた。


「ステラって、早い話、自分でネットやりたい感じ?」

『そう捉えていただいても構いません』

「そっか……まぁ、色々と知りたいよね。でも……できるようになっても、変なこと調べないでね?』

『変なこと』


 ステラの復唱に、真希は口ごもってそっぽを向いた。変なことと言っても色々あるだろうが、とっさに思い付いたものは口に出しづらいのだろう。しかし、代替が出せずに難儀しているように、香織には見えた。

 そんな気まずさに、またしても春樹が割って入る。


「ドラッグストアの商品で爆薬作ったり、3Dプリンターで実銃を設計したり、ホームセンターの材料で電磁加速砲作ったり……そういうこと調べないでねってことですよ」

『なるほど……』

「必要になりましたら、ウチで調達しますし」

『ありがとうございます』


 そんなやり取りを耳にしつつ、香織はそれとなく横の真希に目を向けた。すると、彼女もどことなく安心したようである。恥ずかしさがだいぶ去って、安らいだ表情をしている。

 と、そこへ今度は、春樹から質問が。


「僕からも、質問が」

「どうぞ」

「久里浜で水から鞭を作ってましたが……アレって何か名前とかは?」


 この問いに、後部座席の二人は顔を見合わせ、互いに無言で首を横に振った。それを受け、春樹が口を開く。


「ステラさんは、何か名前について考えが?」

『いえ、操縦者のお二人にお任せするつもりですが』

「そうは言っても……どうしましょう?」

「先生に任せるよ」


 思えば、アストライアー命名においても、香織が少しだけ主導的だったと言えなくもない。彼女が押し黙ると、車内も急に静まり返り、そうした沈黙が一層、命名権が香織の手に委ねられた感を強くしていく。

 そうして急に任された難題だが、長時間考え込むより、思いつきをパッと口にした方が良いように彼女は考えた。長い沈黙が変にハードルを上げていくようで、彼女はそれを嫌った。

(イマイチだったら、みんなで考えればいいんだし……)

 一度開き直れば、気は楽になるものである。少し期待感を寄せる横の真希に苦笑いしつつも、香織は口を開いた。


「ミズチって、どうでしょう?」

「みずち?」

「確か……日本の神様で、蛇とか水に関連してたと思う。水鞭ミズムチから、語感的にも近いと思って……」


 言葉を連ねるほどに、少しずつ照れが込み上げる香織であったが、聞き手の反応は良好であった。


「いいですね。使う側としても、呼びやすいんじゃないかな?」

「そうだね。シンプルでわかりやすいし、私もいいと思う」

『では、ミズチで決まりですね』


 結局、反論なく決まったことに、香織は内心ホッとした。一方で、懸念が一つ、脳裏をよぎる。

(この調子だと、私が命名担当になったりして……)

 そんな、取り越し苦労が胸中に湧き上がるところ、春樹が彼女に呼びかけた。


「アストライアーも、神様からいただいた名前ですっけ?」

「はい、ギリシャ神話で星の女神様とのことで」

「へぇ……もしかして、RPGとかやったりします? 僕は、学生の頃にそこそこやってましたけど」

「そうですね、私も……兄弟がそういうの好きで」


 と、二人が会話に興じたところ、割って入るように香織のスマホが着信音を慣らした。それに興味を見せる真希。彼女は、スマホをいじる香織に問いかけた。


「誰から?」

「ええっと、元カレから。ヨリを……」


 言いかけて香織は口を閉ざし、そして手遅れだということに気がついた。本日一番の、いたたまれない空気が流れ、車内が静まり返る。高級車ならではの控えめな駆動音が、かえって耳に障るくらいだ。

 しかし、香織にとって幸いなことに、息苦しい沈黙は長くは続かなかった。


「立川さん、初恋っていつ?」

「いきなりだなぁ……いつだろ? たぶん、小学校入りたてぐらいかな?」

「へ~、誰? 教育実習の先生とか?」

「いや、近所の美容師のお姉さん。実家に帰省したら、今でも切ってもらってるよ。つっても、相手は家庭持ちだけどね」

「切ってもらうために帰ったりしてない?」

「ははは、まさか~」


 そうして和やかに進む二人の会話に耳を傾けるうちに、香織は一つ気がついた。

(さっきから、「切った」とかなんとか……そういうつもりで言ってるのかな?)

 しかし、いずれにしても、最終的な決断を下すのは自分自身である。元彼が送ってきた文面を、どこか冷めた目で見ている自分に気づいた香織は、つながりかけた糸を自分で切り落とした。

 その後、少し晴れやかなものを覚えた彼女は、軽い口調で二人に投げかけた。


「おなか空きません?」

「ですよね。長時間拘束してしまって申し訳ないです」

「いえ、責めるつもりはなかったんですけど……でも、これって、ちょっとオゴってもらえそうな流れですね」


 悪びれなく、笑顔で言い放つ香織に、春樹も笑って言った。


「常識の範囲内なら、経費で落ちますよ。たぶん、名目は交際費扱いですね」

「交際費?」

「たぶん、高原さんが考えてる奴じゃないな」


 こうして楽しく談笑する彼らを乗せ、車は夜の明かりの中を進んでいく。そんな中、香織は思った。

(世話役の立川さん、いい人そうで良かった……)

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