第13話 私が防衛線①

 3本のレーザーポインターに狙われ、着弾点から伝わる熱感に、真希はすぐさま行動を起こした。海水によって伸びた鞭を途中で切り離していく。鞭が長すぎれば、強烈な負荷が邪魔して操りきれない。ちょうどいい長さになるまで、彼女は手早く断続的に鞭を切り離し、暗い海面では小さな水柱が上がる。

 するとその時、宙に浮かぶ赤い光と照準用の線が一層の輝きを放った。すかさず、機体前面へ鞭を振る真希。見えていた攻撃の通り道が実際の熱線となり、鞭の水流とかち合う。3本の熱線と水が衝突し、激しい蒸発音とともに湯気が生じて、双方の間に立ち込める。

 どうにか威力の大部分を相殺したものの、完全に無力化したとは言い難い。鞭という形態由来のしなり・・・は、光線を阻む力に揺らぎをもたらしている。

 そして、手薄な部分の水流を通過し、赤い光線が機体に着弾した。それと同時に、へその右横あたりで苦痛を伴う熱感を覚え、真希は歯を食いしばった。


『真希さん! 大丈夫ですか!?』


 切迫感のある問いかけに、真希は答えない。彼女は光線への対処に専心した。

 水の鞭に対し、赤い光線が押し込むように迫る。そこで真希は、鞭を振る動きに混ぜて、機体の右手を敵の方向へかざした。そして、手のひらから水を放つ様を強く念じ、機体に応えさせる。

 すると、右手から水流が放たれ、手にしていた鞭はその流れに飲まれて合流していく。それが、今も攻め寄せる光線にせめぎ合う。


 最初、新しい武器について、真希は水の鞭という触れ込みで耳にしていた。実際、機体を操ってそれを手にすると、水は鞭としか言いようのない振る舞いを示した。

 だが、水が鞭として振る舞う前、機体から水流を発生させるときの感覚を、真希は覚えていた。鞭にする前であれば、直線的に水を放出できる。敵が放つ光線は3本。発射点はさほど離れておらず、一点へ集中してやってきている。迎え撃つなら、鞭よりも直線的な放射の方が好ましい。

 鞭という言葉に捕らわれず、適した形状を思い描くことで、真希は立ち向かった。鞭ではなく放水銃として力を操り、光線の威力に拮抗させる。

 こうしてどうにかやり合える体制を整えた彼女は、先ほどのステラの言葉に答えた。


「さっきは私も痛かったけど、ステラだって痛いんじゃないの?」

『私が感じるのは、あくまで疑似的な信号です。あなたのように、痛みや苦しみを覚えるわけではありません』

「そっか……でも、こんな状況だし、私が痛がるのは少しぐらい覚悟してね』

『……はい』


 真希にとって、このアストライアーは直立歩行する消防車であり……同時に最終防壁でもある。背後には火力発電所が広がっている。専門家でない彼女にとって、どれが壊れてもいい設備なのか、そんなことはわからない。なんであれ、この身を張って守る以上の選択はなかった。

 直線的に放つ水流も、光線との押し合いによる流れの揺らぎは、鞭の時ほどではないにせよ多少はある。時折あふれ出た光線が、機体の表面を切るように焼き付けてくる。その痛みに耐えつつ、真希はその場を死守し……同時に空へと注意を傾けた。

 大クラゲはそれぞれ足が一本。その足の中を伝うように、赤い光線が放たれている。夜間での戦闘のため今まで気づきはしなかったが、足の向きに注意することができれば、少しは楽に立ち回れるかもしれない。

 だが、他にも気を向けるべきものがあった。現在、真希が対峙しているのは3体。しかし、敵はあと2体残っている。

 その2体は、東京湾にいる艦艇と、今も撃ち合いを行っているようだ。真希が戦闘に加わってからも、その2体への対空砲撃が続き、狙われたクラゲはそれに応じて、赤い光線を断続的に放っている。


 その撃ち合いが、ようやく一つの実を結んだ。夜闇に浮かぶ赤い光点の一つが、砲弾に捉えられて爆発四散。最後の光を華々しく放った後、闇に溶けるように消えていった。

 これで残るはあと4体。そこで真希は口を開いた。


「別に、戦ってるのは私たちだけしゃない。ここで食い止めれば……」


 そう口にした彼女は、息が上がっている自分に気がついた。自然と額に腕が伸び、袖で汗を拭おうとする。しかし、袖はいつの間にか十分に湿っていて、彼女は額に触れた感触でそれを知った。汗水たらす彼女の口から、乾いた笑いが漏れ出る。


 だが、懸命の抵抗で、攻撃の第一波をしのぐことには成功したようだ。クラゲたちが放つ赤い光が弱々しいものとなり、注がれる光線が急速に絞られ、その威力を失っていく。


「あ~、出しっぱなしはできないんだ」

『はい、そのようです。核らしき部分の光の脈動で、発射タイミングを見極められそうです』

「なるほど。次まで、ちょっと休憩できるかな?」


 そう言って真希は、荒くなった息を落ち着けていく。しかし、その間も、敵への注視に怠りはない。油断なく敵の挙動を見張る彼女は、敵の次なる動きを認め、真顔で悪態をついた。「んのヤロ~」

 やや距離を取り始めた3つのクラゲは、それまでの陣形よりも散開した。これまでは光線が比較的収束されていたおかげで、直線的な水流でうまく相殺できていた。実質的には光線の射出口が1つだったとも言える。

 だが、今度は3か所から光線が迫る。機体の姿勢次第では、ちょっとした不注意で後方へ逸れかねない。

 この後について思いを巡らせ、歯を噛み締めた真希は、力を蓄えていくように光を強めるクラゲをにらみつけた。すると、ステラが叫んだ。


『真希さん! 右手の敵は、比較的距離が開いています。水を飛ばして当てれば、どうにか射撃を邪魔できるかも……』

「……おっけー、やってみる!」


 答えた後、真希は水の鞭を生成し、歯を食いしばった。鞭で東京湾から水を吸い上げ、より長大な鞭へ。

 この挙動は想定外だったのか、『真希さん?』と問いかけるステラ。その不安げな声の響きを潮騒しおさいのように感じながら、真希は意識の手綱をしっかり握りしめた。

 それから彼女は、東京湾から鞭を引き上げた。どうにか耐えられる長さの鞭を素早く振り、波打ちの振幅を重ねていく。


 そして、ここぞというタイミングで彼女は鞭を振り上げた。のたうつ水の流れが整列し、高さ数百メートルの水の塔へ。

 それを彼女は振り下ろした。標的はステラが提案した右手の敵。釣竿さながらに水の鞭が振り下ろされ、大きくしなる曲線。力を蓄えたその先端から、今度は巨大な筒状の水塊がリリースされた。

 放たれた大質量の水は、標的のクラゲに的中。それが湛えた赤い光は健在だが、勢いよく迫った大質量の水に跳ね飛ばされ、バランスを大きく崩した。


 その後、ほとんど間を置かずに、残る2体から光線が放たれた。狙いは機体の胸元中央。再現された痛覚が伝わり、真希は顔をしかめた。

 その痛みをこらえ、彼女は機体の右腕を動かしていく。2方から迫る光線の威力を殺すべく、水の鞭をつづら折りに振って、多層的な水の防壁へ。

 真っ向から放水銃でやり合った第一波に比べれば、抜けてくる攻撃の威力は大きい。しばしば赤い光線が水の防壁を貫通し、純白の機体に赤く焼き付ける。

 だが、真希も負けてはいない。つづら折りに鞭を振るその中で、彼女はタイミングを見計らって、鞭の先端をたびたび解き放った。切り離された水塊がクラゲに衝突し、そのたびに大きくひるんで光線の威力が弱まる。


――操る鞭が大きくなるほど、操縦者の負荷は強まる。それを体感した真希にとって、先端部を切り離して投射することは、攻撃であるのと同時に無理なく操れる長さを探る調整作業でもあった。

 リーチが長ければ、鞭と意識をつなぎとめるのに精神力を用いる。短ければ負荷面では有利だが、光線への相殺に不安が残る。一歩間違えれば全てが瓦解しかねない中、彼女は精神を研ぎ澄ませ、トレードオフの正解を探っていった。


 そうした不断の集中の甲斐あってか、真希は第2波もしのぎきった。水を飛ばすという新技により、3体揃っての射撃を許さなかったことが大きかったのだろう。

 これで2射目のエネルギーを使い果たしたようで、中心部の輝きが弱まったクラゲたちは、距離を開けて湾内へ戻っていく。


 その様を目に、真希は淡い達成感と切迫感の両方を覚えた。肩で息する彼女は、胸元をギュッと握って周囲を見回していく。

 同乗者に誘えそうな生体反応は、やはりない。野次馬たちがいる埠頭まで戻ろうにも、持ち場を離れることには強い懸念があった。

 こうなると、頼みの綱は正規の防衛戦力だが……2体目の撃墜には至っていない。


(やっぱり、うまく狙いをつけられないのかな……?)


 息を荒くしながら、真希は考えた。夜闇を映し出す暗いコックピット内に、彼女の息遣いだけが響く。

 耐えしのぐだけであれば、アストライアー単騎でもどうにか――そう考える真希だが、いつまでも耐え続けられるというものではない。どこかに限界があることを、彼女は認めている。ならば、自身が崩れる前に、艦砲で始末してもらえれば……といったところだが、それも厳しいのかもしれない。


 そして……真希は第3波の兆候を認めた。今度は先ほど以上に広く散り、扇状に鞭を振るのでは間に合わない配置だ。


「くっそー、いろいろ工夫しちゃって、こんのぉ……」


 息も絶え絶えに、真希は悪態をつき……それでも懸命に抵抗の構えを取った。再度、水塊を当てて陣形崩しを試みる。

 だが――より長い鞭を手にした瞬間、宵闇が一層深まり、真希は奇妙な浮遊感を覚えた。次の瞬間、彼女は座席の上で右足に力を込める自身と、今度は座席に押し付けられる強烈な重力を覚えた。

 どうやら、意識が飛びかけていたらしい。それがすんでのところで助かり、彼女は冷や汗を吹いた。


 だが、峠を越えたその反動か、彼女は自身の感覚がより一層澄明になっている事に気づいた。全身にのしかかる重圧感と疲労感は相変わらずだが、機体を動かす分にはなんとか耐えられそうである。

 彼女は強く気を取り直し、再び長大な鞭を操った。クラゲから光線が放たれるその前に、水塊を叩きつけてひるませていく。

 狙いは3体いるクラゲの両翼だ。それらに水塊を叩きつけて陣形を押しやれば、扇形に近い配置へと近づけられる。そうすれば、第2波をしのいだ要領で……真希が思い描いた目論見をなぞるように、しなる鞭は水塊を打ち付け、標的をより好ましい配置へと動かしていった。

 しかし、これだけの努力を以ってしても、現状維持が精一杯だと彼女は考えている。波打つ疲弊の山を一つ越えた感覚はあっても、先行きは不透明なままだ。いつ谷底に転落することか――

 そしてそれは、決して遠い先の話ではない。


 第3波は目論見通り、ほぼ包囲された状況から扇形に近いものとなり、水の鞭でもどうにか耐えられるものにはなった。

 しかし、それは、今回はどうにかしのげたというだけの話だ。真希は歯噛みし、前方の敵群をにらみつけた。


 その時、空に新たな動きがあった。遠巻きに旋回していた戦闘機から、クラゲへとミサイルが放たれる。それを迎撃せんと、触手を動かして狙いを定めるクラゲ。

 果たして、阻む光線を押しのけるように進んでいったミサイルは、道半ばで爆散した。

 敵がミサイルに気を取られれば、その分だけ真希の負担は減るものの、結局は一時しのぎでしかない。根本的な打開には、やはり艦砲射撃に頼らざるを得ず……しかし正確な狙いは中々定まらない。


 だが、ミサイルと艦砲に代わる弾がもう一つある。

 航行灯をたなびかせながら宙を舞う戦闘機の内、一機が大きく場を離れた。それは巨大な円弧を描くように旋回し、真希が相手取る3体のクラゲの内、孤立気味のものへと機種を向けた。

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