第7話 名付けの儀
孫が取り出した珠に話しかけた直後は変な顔で見守る圭一郎であったが、自分にも聞こえる声で珠が話すと、驚きをあらわにした。
「あなたは一体?」
『名前はまだありません。とりあえず、当時についての話から始めます』
と、その前に珠は『明かりを消してもらえませんか?』と言った。
「暗くすればいいの?」
『はい」
そこで、真希が部屋の電気を消し、圭一郎は縁側のふすまを閉めた。そうして部屋は、外の明かりが若干差し込んでくる程度の暗さに。
二人の協力に、珠は『ありがとうございます』と言った。
それから、珠は壁へと光を放った。暗くなった部屋の中、廊下へのふすまをスクリーンに見立て、映像が投影されていく。
映し出されたのは、今朝の荒れ狂う海の様子であった。珠それ自体の得体の知れなさはそのままではあるが、あの時の当事者だと感じさせるだけの映像である。
そして、映像は海中へと切り替わり、大きな黒い口を開けた化け物が映し出された。
『この星を襲う侵略者と戦うのが、私の使命であり……今朝、搭乗者として真希さんと香織さんに、ご助力願った次第です』
「わ、私も?」
『仕様上、二人で起動させる機体ですので』
その言葉に続き、ふすまには機体の全体像が映し出された。白く流麗な容姿のフルアーマーといったところ。その姿を見て、香織はうなだれた。どこか深刻な面持ちの彼女に、圭一郎が問いかける。
「何か気になることが?」
「なんとなくですが、当時のことが……海中にいる夢を見ている感じでした。冷たい流水プールで、もみくちゃにされているような……」
判然としないながらも、機体から伝わる各種の感覚が、彼女の深層に経験として刻み込まれたのだろうか。口にした後、少し身震いする彼女に、珠はやや弱弱しい口調で話しかけた。
『申し訳ありません。承諾もないままに乗り込ませてしまいまして……』
「……あのっ、もし、あなたに乗らなかったら、私はどうなってました?」
『恩着せがましいようですが、ただでは済まなかったでしょう』
実のところ、これはだいぶオブラートに包んだ表現ではある。死んだと直言しなかったが、当時の海の荒れ具合から考えれば、命はなかったと考えるのが妥当だろう。ふすまに映し出されている暗い海を見て、香織はまたも身震いした。
それから、"乗せられた″ことについて、理解を超えた状況に戸惑いつつも、彼女は頭を下げて礼を述べた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
『いえ……』
そんなやり取りを見つめる圭一郎はと言うと、かなり渋い表情をしている。
「あなたがいなければ、孫も同様の目に?」
『おそらくは……一人であれば切り抜けられたかもしれませんが』
その言葉に、圭一郎は女性二人を交互に見回してから、珠に向かって頭を下げた。
「ありがとうございました」
『いえ、私も助けられました」
すると、少しだけ間を開けてから、圭一郎は少し硬い口調で問いかけた。
「操縦者としての孫に、ですか?」
『はい』
「今後も、世話になる可能性が?」
責める感じこそ無いが真剣なこの問いに、珠は押し黙った後、ふすまに映し出す画面を切り替えた。地球を中心とする宇宙のようであり……地球からかなり離れた位置に、何か薄い雲のようなものが映し出されている。
こうした距離感を直感的に捉えられる現生人類は、おそらくは存在しないだろう。この場の三人にとっては、途方もない何かが映し出されている。すっかり静まり返る中、珠は告げた。
『これらが、この星を狙う侵略者です』
「バ、バカな……」
『私がこれに対処していきますが、真希さんと香織さんに頼るかどうかは、タイミング次第です』
「タイミング?」
身を乗り出して問いかける真希。彼女の問いに珠が答える。
『一度定めた操縦者は、即座に変更することができません』
「……その理由は?」
『容易に取り替え得る者であれば、そうだと知れた時に、操縦者の身に危険が及びかねませんから』
「つまり……この星を守りに来たというあなたを巡り、別の争いの火種が生じかねないと?」
『そういった懸念があります』
その言葉に、圭一郎は渋面で唸りつつも口を閉ざした。
彼は、珠の言い分を真っ当なものだと考えた。星を守りに来たというこの助っ人も、適切な者の手に渡ってこそ、この星の役に立てることだろう。悪意ある者の手に渡ればもちろんのこと、確信犯的な者、あるいは何かしら志を抱く者であれ、手にした力が世を歪ませるということは考えられる。
今や操縦者として認められてしまった二人を守るため、彼は考え込み……やがて口を開いた。
「まずは、然るべき相手に、あなたの存在を知らせるべきだとは思う。差し当たっては、政府か……」
『少々よろしいでしょうか。この星にも、宇宙に目を向ける集団がいるのではないですか? そちらの方が、話は早いかと思われるのですが』
なるほど、そういった集団であれば、地球の外の侵略者を認識している可能性はある。一国に留まるスケールの問題ではないと考えると、そちらの方が有望な相談相手でさえあるかも知れない。そう考え、圭一朗は黙ってうなずいた。
この珠の指摘に続き、今度は香織が口を開く。
「宇宙関係の機関というと……
『そういった機関が、地球を取り巻く現状を察知しているのなら……今朝の動きも認識しているのでは?』
「なるほど。今回の一件について、何らかの調査に来ている集団があれば……」
『様子見は必要でしょうが、アプローチをかけてみる価値はあるかと』
もちろん、そういった機関が相手であっても、侵略者とそれを追う助っ人の存在を受け入れるかどうか、確証はない。が、他の諸機関よりは、相談相手に好適ではあるだろう。宇宙に目を向ける者であれば、こうした助っ人の力を、他よりは正しく扱えるでのはないか。国という枠組みを超えて動けるのなら……
腕を組んで考え込んだ後、圭一郎は香織に声をかけた。
「町田さんは、今後どうしますか?」
「わ、私ですか?」
「とりあえず、こちらとしては、住人が一人増えても構いはしませんが……家に戻られるのなら、せめて連絡先は必要でしょう」
「そ、そうですね……スマホの修理ができれば、まずそちらを」
すると、話を切り出した圭一郎は、申し訳ないことを聞いたとばかりに顔をしかめた。そんな彼の腰を真希が小突き、香織に微笑んで声をかける。
「スマホどうにかするまでは、ウチに泊まりません? っていうか、今晩だけかもですけど」
「い、いいんですか?」
「困ったときはお互い様ですって~」
軽い調子で言う真希の笑顔にほだされ、香織も表情をやや崩した。
しかし、和やかな雰囲気になった二人とは違い、圭一郎の表情は未だに硬い。しかめっ面で考え込んだ彼は、静かに口を開いた。
「いつまでも適切な相手を待っていては、埒が明かないということもあるでしょう。敵の後続が来る目安などは?」
『申し訳ありません。今朝の分以外は感知しきれず……そう遠くない間に、また襲来する可能性は高いと思われますが……』
すがりつく情報にしてはあまりに曖昧だが、贅沢を言えるものでもない。少なくとも、今朝の初動において、人類は何も手出しできなかったといっていいのだから。重苦しい顔で腕を組んだ圭一郎は、その場の面々を見回した後、珠に向かって声をかけた。
「それらしき機関の動きが見られないようであれば、こちらから政府に掛け合います。目安は……1週間でいいでしょうか。二人の気持ちを落ち着ける時間としても、その程度は必要と思いますが」
彼の言葉に、香織は少しうなだれて目をつむり、やや時間を開けてから顔を上げた。
「お気遣いありがとうございます」
「いえ、あなたに何かあると、孫も気にしますから」
一方、話の矛先が向いた真希は、ちゃぶ台にもたれかかって何かを考えていた。やがて、彼女は珠を指で軽くつつきながら問いかけた。
「ヘイ、ちょっといい?」
『何でしょう?』
「あなたの名前、本当にないの?」
『はい。操縦者に名付けていただくようにと』
すると、真希は困ったように微笑み、香織に投げかけた。
「『名前はまだない』んですって~」
「じゃあ……坊ちゃんとか?」
「そー来たか」
そう言って笑い合う二人であったが、香織は用心深く、珠の方を見つめてもいた。しかし、珠の方には何も伝わっていない様子である。珠は二人に問いかけた。
『何かの符丁ですか?』
「文学作品のね。じゃ、もう少し真面目に決めよっか」
そう言うと、真希は立ち上がり、部屋の外に出て行った。それから程なくして戻ってきた彼女は、小脇にノートパソコンを抱えている。
「町田先生~、適当に検索して名付けましょうよ」
「せ、先生って」
「他校でも先生は先生ですし」
「でも、今は休職中だし……」
「いいからいいから~」
笑顔でそう言う真希の様子に、香織は少し尻込みしつつも、あまり満更という感じではない。ノートパソコンを置いたちゃぶ台に二人で座り、その少し後ろに圭一郎が一人、少し頬を緩めながら二人を見守る。
そして例の珠をちゃぶ台に置くと、まず香織が珠に問いかけた。
「あなたの人格、もしくはそれに相当するものって、性別はありますか?」
『特に設定されたものはありませんが……』
「声の響きは女性っぽいけどね」
「では、女性っぽいイメージの単語を探しましょう」
そこで、位置関係的に香織が端末を操ることに。ブラウザーを立ち上げながら、彼女は言った。
「まずは……元ネタのジャンルを先に決めましょう」
「うーん……女神様とか? ご利益ありそうだし」
「そうですね。すでに守ってもらってることだし……」
「名前がカッコいい響きだと、それっぽくないかな?」
「まぁ、ゲームとかだとそうかも……」
「先生、ゲームとかするんだ」
「少しだけですけど」
こうして二人で和気あいあいと言葉を交わしていく中、香織は珠に問いかけた。
「あなたは、宇宙からやってきたという認識で構いませんか?」
『はい』
「では……天文系に関わる女神様を探しましょう。星とか、宇宙とか……」
「都合よくいらっしゃるかな~?」
「多神教なら、ものすごくいらっしゃるし……むしろ条件つけた方が、イイ感じに絞り込めると思います」
だが、彼女らが探しているのは、カッコイイ感じの響きがある名前で、天文に関連する分野の女神様である。そんな都合のいいお方が――
割とすぐに、
「アストライアー、星の女神様……だそうです」
「いいんじゃないかな? うん、カッコいいと思います。どう?」
真希に問われると、珠は『はい、格好いいですね』と端的に答えた。声の調子から、気にいっているようには聞こえる。
そうして、名づけの儀が終わ――
「でも、ちょっと呼びづらいかも。長いっていうか」
「そうですね」
“正式名称”はこれで良しとした二人ではあったが、呼びやすい愛称があった方が良いということに、すぐに合意した。アストライアーという名前自体は、ソレっぽい響きがあってカッコいいということで、これを軸に愛称を考えることに。
早速、真希は名前のどこで区切ろうか、手当たりしだいに口にしていった。そこへ、香織が一つ提案を入れる。
「ステラは、どうです?」
「……あ~、なるほど。アストラのストラから、ステラ?」
「ええ。確か、ラテン語で星って意味もあるから、ちょうどいいかなって」
「へぇ~、なるほど!」
名前の響きと意味に共通点があり、その点ではピッタリの愛称である。
また、香織のちょっとした雑学知識に、真希は感嘆したようだ。屈託のない笑みと視線を向けられ、香織は照れくさそうにはにかみ、名付け対象に声をかけた。
「あなたも、ステラで構いませんか?」
すると、名付けられた珠はいくらか間を置き、静かだが情感のこもった声で言った。
『はい。素敵な響きですね』
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