第4話 初陣③

 短い精神統一の後、真希は貫手ぬきてを放った。揃えられた白く滑らかな指先が、敵の後背に迫ってその表面に触れ――深々と突き刺さる。

 その時、真希は……なんとなくではあるが、(これで倒せるんじゃないかな)と思っていた。急所らしきところに必殺技を放てば、怪獣やら怪物やらが倒れ、爆発したり消滅したりするものだと。

 しかし、現実は違っていた。相当に効いてはいるのだろう。突き刺さった手から、激しく身を捩る敵の動きが伝わってくる。

 だが、死んではいない。この後の動きのため、まずは手を抜こうとする真希であったが、貫手の威力は想像を超えていたようで、深く食い込んで中々抜けない。


「ちょっと、このぉ~!」

『むしろ、このまま両手を突き刺し、口の方までこじ開けていきませんか?』


 生身に置き換えてイメージすれば、それだけで悶絶しかねない猟奇的な提案ではあったが……血の気が引いた顔をしつつも、真希は実現可能性を認めた。触手との力比べ、貫手の貫通力を思えば、強度とパワーにおいては分がある。

 それに、ある程度の魚であれば、人間でも素手でさばくことはできる。この敵は魚とは比べ物にならない図体の化け物だが、それでも強度面では生物の域を大きく脱してはいない。ならば、人の力を遥かに超えるこの機体の力で、解体できないことがあろうか?

 真希は腹を括ってそれに取り掛かった。貫手で生じた穴に、左手も突き入れ、左右に割くように力を込める。海が揺れ動くほどの、敵の悲痛を感じてもお構いなしだ。

 しかし……やっていることがどうにも力任せで、野蛮かつ野卑な感じに、真希は顔をしかめた。


「じいちゃん、なんて言うかな……」

『魚屋さんですか?』

「……なんだろ、武道家?」


 まかり間違っても武道的とはいえないこの手は、しかし、一方で合理的でもあった。機体にみなぎる力は、余すこと無く敵の体を攻め立て、逃げ場のない破壊力が傷口を大きくこじ開けていく。

 そうして広がった傷口に、真希は機体を滑り込ませるように動かして足がかりとし、下肢の安定を得た。そこでさらに、腕に力を込めて押し裂いていく。

 なんだかんだと口にはしつつも、きちんとヤル子ではあった。


 そして……力任せに肉体を割いていき、最後の時がやってきた。暗い灰色の肉の向こうに、かすかな青い光が輝いている。

 その光が、敵に相対していた時見えていた物だと気づいた時、機体は前方からの水流に押し出された。


『貫通しましたね』

「……えっと、倒したのかな?」

『おそらく。体は留められないでしょう』


 実際、声が告げた通りになった。前方からの水流は、それまで生じていたものの残り物といったところで、次第に勢いが弱まっていく。

 また、力づくで貫通させられた敵の体は、筒になった後に消滅した。暗い灰色の肉体が海の沈殿物のような粒子になり、それが一点へと飲まれていく。深い青色の光点へと。


『あれを回収していただけませんか?』

「あの青いのね。回収って、どうやるの?」

『手で触れていただければ』


 言われるがまま、真希は静かな海の中で機体を動かした。スッと伸びた機体の手のひらの上に、青い発光体が触れる。

 すると、それはあっという間に消えてなくなった。これで回収されたのだと、真希は考えた。


 こうして、いつもの海が戻ってきた――わけでもない。浜辺と海が荒らされてしまっている。真希がジョギングした範囲には、この場の二人以外見受けられなかった。しかし、海側ではどうだろう。巻き込まれた漁師がいやしないだろうかと、彼女は心配した。そこで、機体の声が落ち着いた声で告げた。


『大丈夫ですよ』

「ほ、本当?」

『周囲にはあなた方しか感知できませんでしたから』

「そ、そっか……良かった」


 とは言ったものの、困るのはこれからだ。後部座席の女性のことはどうしようか。そして、この機体のことも。


「あなたとは、これっきり?」

『いえ、そういうわけにもいかないでしょう』

「……つまり、また今日みたいに戦えって?」

『そうならないための方策を考えますが、当面はそうなる可能性が高いです』


 敵を倒した達成感を味わう間もなく、これからのことを思い浮かべ、真希は途方に暮れる気持ちになった。わからないことばかりであるが、詳細について、声は答えない。


『とりあえず、私は人類の味方です。ですが……私の存在を明るみにできる状況でもないでしょう。そうすれば、あなた方も面倒なことになるかと思われますので』

「それは、そうかもだけど……」

『まずは、海の外に出ましょうか』


 すると、真希の意志とは無関係に、機体が動き出した。


「えっ、ちょっと?」

『戦闘中ではないので、私自身の意志で動かせます』

「ああ、いや、見られちゃまずいんじゃ……」

『ご心配なく。陸側の生体反応が少ない方を選んでます』


 その言の証明とするように、モニターとなっている球面上へと、レーダーらしきものが投影された。この辺りの地形がワイヤーフレームのように表現され、機体は確かに、生命体を表すらしき光点を避けて動いている。

 ただ、そうやってこっそり近づくにも、限度はある。機体の声は告げた。


『この辺りが限度ですね。申し訳ありませんが、ここで降りていただけませんか?』

「まぁ、遠浅っぽいし……二人いるけど、たぶん大丈夫かな?」

『失礼しました、言葉足らずでしたね。泳がせはしませんので』


 すると、座席二つからシートベルトが開放された。フッと体が楽になる感覚を得た真希に、相変わらずうめいている例の女性。

 それから、彼女らがいる球体空間が、少しずつ傾いていった。


『うまく支えて、キャッチしてください』

「うん、おっけー、大丈夫」


 相変わらず搭乗者のことを気遣っているらしき動きは大変緩やかな物で、真希は容易に例の女性を担ぐことができた。

 そして、この動きは、彼女らを座席から立たせるだけのものではなかった。機体全体が海底に寝そべるようになっている。前方に伸びた手は浜辺の方へ。


『おそらく、ギリギリ立てる深さでしょう。今からあの手のところへ、あなた方を出します』

「わかった……気を遣ってくれてありがとね」

『いえ。操縦者があなたで助かりました』


 そう言われて、真希はふと思い出した。

(敵が落ちてきて、この機体はそれを追ってきたって話だったけど……まずは救われているんだった。敵の吸い込みに巻き込まれた私たちを)


「こっちこそ、助けてくれてありがと」

『いえ……面倒に巻き込んでしまい、申し訳なく思います』


 それだけ言葉を交わし合うと、真希たち二人の体が光に包み込まれた。この中に入ってきた時同様の感覚があり……気がつけば、彼女は腰から下が海に浸かっていた。

 そして、彼女は海底へと目を向けるが……先程まで乗っていた機体が見当たらない。日が昇り始めた辺りの時間だけに、まだまだ周囲は薄暗いが、それでも目につかないわけがない。では、機体はどこへ?

 と、その時、彼女の内に例の声が響いてきた。


『その場で、しゃがんでみていただけますか?』

「えっ!? ちょっ、いるの?」

『はい。足元で、何か光るものが見つかるはずです』


 そこで、真希は例の女性をおぶりつつも、その場で慎重に腰を落とした。すると、浅い海の底で、白く光る何かを認めた。そこへゆっくりと、真希は手を伸ばしていく。

 そうして彼女が手に掴んだのは、白い宝石をあしらったアクセサリーのような物だった。真ん中には透き通った白の中に、かすかな灰の陰影が浮かぶ丸い宝石。それを取り囲む金線の細工。


『これが私です』

「えっ? さっきの大きいのは?」

『あれも私ですが……こちらが、核と言いましょうか。あのままでは、隠れ場所にも困りますので』

「……つまり、これからもよろしく、みたいな?」

『別れていては困ることもあるでしょうし』


(一緒にいて困ることもありそうだけど……)とは思ったものの、真希は口にしないでおいた。自分が、今おぶっている女性を助けたように、自分自身も助けられている。その後に怪物退治を手伝いもしたが……

 ともあれ、助けられたことへの感謝があって、この声に協力しようという気にはなった。ここまでのやり取りにおいても、人智を超えた力を持っているのだろうが、邪悪な感じはない。人類の味方と口にするのなら、少しぐらいは手伝おうとも。

 ただ、それでも一つ、言わなければならないことがあった。


「本当に、名前ないの?」

『あなた方で決めていただければと』

「ポチでもタマでもいいの?」

『あなたがそれを許すなら』


 この切り返しに、真希は妙な感じを覚えた。先端技術に明るいわけではないが、ロボットの中身に似つかわしい感じはない。ここまでのやり取りでは、人間相手に話しているような感覚である。

 ともあれ、ポチやタマ呼びを肯定する真希ではない。名付けに関しては(さっそく面倒がやってきたかも)と思う彼女だった。


 しかしすぐに、そういった面倒事は、頭の中から軽く吹き飛んだ。背負った女性の重量も気にならなくなる衝撃が、彼女を襲う。

 浜沿いの道路から駆けてくるのは、彼女の祖父であった。豊かで整えられた頭髪は白く、顔にはシワが刻まれている。だが、その長身を伸ばして駆け寄る様は、老いをあまり感じさせない。壮健そのものといったその老人は、真剣な顔で真希たちの元へと駆け寄った。


「じいちゃん」

「……大丈夫だったか?」

「えっ……何の話?」

「急に妙な風が吹いて……心配でな。海の様子を見に来たんだが」


 ああ、つまり……そういうことだ。このときばかりは、祖父の勘の良さを、真希は……呪わしくも疎ましくも思わなかったが、(ちょっとなぁ……)とは思った。

 真希の胸中で、色々な思考が巡りに巡る。嘘をつきたくはないし、それが通用するとも思えないが、心配かけたくもない。目を合わせられなくなった彼女の頭に、聞き慣れた祖父の声が降りてくる。


「言えない話か?」

「……ちょっと、ね。今は難しいかなって」

「その人は?」

「ジョギング中に見つけて……知らない人だけど、危なかったから助けにいって」

「そうか。よくやった」

「……うん」


 祖父の言葉は淡々としたものではあったが、暖かな響きがあり、真希の胸には染み入るものがあった。


「体の具合は? なんともなければ、学校に行くか?」

「うん、大丈夫」

「わかった。学校で遊んできなさい。その人は……目が覚めるまでは、家で面倒を見るか」

「そうして」

「……気持ちが落ち着いたら、今朝何が起きたのか、お前の口から話しなさい」


「うん」

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