第7話 株式会社異世界。業務内容告知 episode4 パンディーア・フルベアート・ラ・ルクセント第三王女降臨

彷徨さまよう心の軌跡。

五歳のころの俺は泣き虫でおとなしい控えめな男の子だった。


父親のいない家庭。そう言う家庭状況が俺の性格を押し込んでいたのかもしれない。

本当は、好奇心旺盛でいろんなことに興味を持つ果敢な性格であるのに、その気を押し込んでいた。

まだ五歳だというのに大人の顔色を伺いながら、いい子であるべきだと振舞っていたのがこの俺だ。


だが、ある女の子の前ではこの重くのしかかる気を、唯一脱ぎ捨てることができた。

銀色の艶やかな長い髪をし、クリっと見開く瞳は吸い込まれそうなほどきれいな緑色をしていて、その瞳はまるで宝石のような輝きを放していた。

この子は僕らと同じ国の子ではない。異国という言葉をまだ知らない俺は、あの子がどこか遠くから来た子だという認識しかもっていなかったのだ。


あの子と初めて出会ったのは夕暮れの公園で、一人ブランコに座っていた時だった。

陽が落ち、次第にあたりが暗くなり始めた公園。もうそこには誰もいない。

それでも、一人で家の部屋でいつも帰りの遅い母親を待つのは寂しすぎた。

まだ誰もいなくとも外にいる方が、幾分気持ちが安らいでいたのかもしれない。


「どうしたのじゃ、おぬし一人なのか?」


そんな俺に話しかけてきたのがあの子だった。

その声に顔を上げると、ニカッと笑うあの子の顔が飛び込んできた。


「なんじゃおぬし、泣いておるのか?」

「な、なんだよ! 泣いてなんかいねぇよ!」

普段はそんなぶっきらぼうな言葉など使わない。だがなぜかあの子の前だと自然とこんな言葉使いになっていた。


「なら良いのじゃが。もう暗くなってきておるのに、まだ帰らなくともよいのか? 帰りを待つ人がおるのじゃろ。心配をかけさせるではない」

「いないよ。母さんはお仕事で帰りが遅いんだ」


「いつもなのか?」

「いつもだよ」


「そうかそれは大義じゃの。わらわも一人っきりでいる時はとても寂しい。だからおぬしの気持ちも分からんわけではない」

そう言い、俺を正面から抱きしめた。


優しく甘い香りがした。


不思議だった。こうして抱かれるとまるで母さんに抱かれているような感じがした。

毎日遅くまでくたくたになりながら仕事をしている母さん。それでも俺の前ではいつも笑っていた。

苦しそうな顔などは見せなかった。

されど、俺と触れ合う。あの幼き俺を抱きしめてくれることは、ほとんどなくなっていた。

思わず「母さん」と声にした。


どうしてあの子に母さんの事を追い求めたのか……多分、俺の顔に当たっていた部分がとてもやわらかい部分だったからだ。

見た目はそんなに年が離れているような感じには見えなかった。

それでもその部分は大きく柔らかだった。その時は何ら不思議にも感じることもなかったが、今思えばあの幼児体形で豊満なバストとは異常としか言えないことであるのは間違いがない。


それから幾日か、あの公園で同じ時間に俺とその子は出会うようになった。

その子は自分が生まれ育った国の事を俺に話してくれた。

広大な緑の大地に、色あでやかに咲き誇る高原の花たち。自分はそんな国の宮殿に住んでいるということを。

そこは平穏で、穏やかな自然あふれるところだというのを想像出来た。


そして、一変するように、狂暴な野獣も生息していることを聞くと、その野獣に大いに興味をかきだされたことを思えている。

こんな都会にもし、そんな野獣が出たらどうなるんだろうと幼いながらも想像の扉は開かれていった。


「そうか野獣にそんなに興味が出ておるのか? しかしのぉ、奴らはわらわたちを餌としか認知しておらぬぞ。対抗せねば食われてしまうんだぞ」


「だったら俺が、その野獣をやっつけて食ってやる!」


「頼もしいのぉ。ならばおぬしはわらわの国に来て修業を積まねばならぬな」

「修行?」

「ああそうだ、修行じゃ。ハンターとして国の治安を維持するため己を高めねばならぬのじゃ」

「うん、行くよ。俺」

「そうか……、では一緒に参るか。我が祖国フリード・リヒアトニ王国へ」

軽々しく返事をしたものの、俺はあの時躊躇した。


「あっ!」

「どうしたのじゃ?」


「俺が居なくなっちゃうと母さん一人っきりになっちゃう。そんなことできないよ」

「そうじゃの。母君を一人置き去りにするのも悲しいものじゃ。ならば少し時間と言うものを置こう。母君が寂しがらなくなったら。わらわの元に来るのじゃ。よいな!」


「うん。でもどうやって?」

「おぬしはわらわの影になるがよい。わらわの守護精の加護を授けよう、さすればそなたはわらわの影となり、陽の当たる時わらわとそなたは一つになるのじゃ」


そう言うと一言「エルメッタ」とその子は言う。

あの時突如現れた虫? はねの生えた小さな人? あの時は何も疑いはしなかった。


エルメッタと呼ばれる妖精は、俺にペコリと頭を下げ、次の瞬間首筋にかぶりついた。

チクリとした痛みを感じただけ。まるで蚊にでも刺されたかのような感じだった。

「政孝よ。これでわれとうぬとは一心同体じゃ。死ぬでないぞ……よいな」

ただそれだけのことが俺とその子にとって、どれだけの重きことであるのかを、その時の俺には理解することは出来ない。


しかしそれを最後に俺はあの子と会うことは無かった。

母さんが倒れた。そして、あっけなくこの世を去った。それから俺は、祖父母に引き取られ、あの公園に行くことはなくなったのだ。


おぼろげながら、過去の記憶がよみがえる。

「そうか……あの時の。て、なんで変わってねぇんだ? もう二十六年もたってるちゅぅのに!!」

「なんじゃ、ようやく思い出したのか? おぬしとわらわのあの愛の日々を」


隣で葵がピクリと眉を動かす。

「あ、愛の日々ねぇ。あ、ははははは。この変態」

変態って。あの頃は純情な子だったんだぞ! と言ったところで、ただ自分が空しくなるような気がした。


「でもほんと変わってねぇ気がするんだけど。なんだ? それって病気か何かか?」


「病気? そうじゃの、そう言うものに近いかもしれぬの。われらの世界、おぬしから見ての世界じゃが、人間はこの世界と同様普通に年を取り、そしてその生に終わりを告げるものじゃ。しかし、われは今はもう滅しておる種族『イモータリティ』の血がどういう訳か隔世遺伝したようじゃ。おかげでこの通り、年を取る時間がはるかに遅い。元来イモータリティ種族は不死であったがわれはすべてを受け継いだわけではないようじゃ。その証拠に年はゆっくりとじゃが取っているようじゃの。おかげで、王女と呼ばれるより魔女と呼ばれる方が名が通っておるのではないか? なぁ、うぬも初めてわらわとえっするのじゃからのぉ葵」


「時の魔女」葵はつぶやくように言った。


「そうとも呼ばれておるようじゃ。しかしわらわの本当の名は『パンディーア・フルベアート・ラ・ルクセント』そして。フリード・リヒアトニ王国の第三王女である」


だが葵はそれを受け付けようとはしなかった。

「しかし、時の魔女は野獣を陰で操り、人を食うと聞いている。それは真なのか?」

その口調は今にでもナイフを王女に向けて抜き出しそうな勢いだ。それがどんな意味を持つというのかを葵自身も自覚はしているようだ。


「あははは。なるほどわらわはそのようなことを言われておったのか。あながち間違いではないがそれは大きな誤解と言うものだ。この三百年の間確かにわらわは人を食らった。しかしそれはわらわの影となりし者の生命じゃ。守護精エルメッタを介し加護を受けし者はわらわの影となり、わらわとその生を共にする。じゃが、影の寿命が尽きし時、その生はわらわの中にすべて吸収される。つまりは食らうことと同じとも言えよう……だがそれは愛しき者がゆえに、われの中で永久とわの契りとなるのじゃ」



えっと――――ていうことはなんだ。


俺は死んだら。この魔女? いや王女に食われるんだ!!

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