第3話 再就職 episode2

「社長! うちの会社のどこにそんな余裕があるんですか? 今にでも倒産しようとしているのに」

「そうねぇ。余裕は全くないわよねぇ。でもこの人特別なのよねぇ」


「特別って?」


Fairy shadow妖精の影


「つまりは妖精の加護を受けし者ということなの?」

「そう、この人はうちの会社の株主。パンディーア第三王女の守護精エルメッタの影。王女の側近ていうことになるのかしらね」


「じゃじゃァ、此奴って、監査役ていうことにもなるんじゃない?」

「あら、そう言う見方もあるわねぇ」


おいおい、今度は何の話なんだ!!

俺がこの人の会社に入社する? ……それって職にありつけるということなのか?


ま、今までみたいに世間一般のサラリーマンよりちょい良い待遇という訳にはいかねぇみたいだけど、一定の給料が入ってくるというのは本当に助かる。

もうあの橋の下生活に戻らなくてもいいていうことなら、何でもやるぜ!

どうせ、もう俺の噂は業界じゃ蔓延してるし、再就職なんて無理だろうしな。


「あのぉ……」

「はい何でしょうか?」

「俺、職にありつけるということですか?」


「食? ああ、ごめんなさい。おあずけしてたわね。どうぞ召し上がれ」


「あ、いや。確かにマックス腹は減っているけど。職に……入社させてくれるんだったら俺なんでもやります。どうか入社させてください」

「まぁまぁ、もう初心表明なさってくれちゃってるんですね。えらいですわ、何でもやっていただけるなんて……うふふ」

なんか不気味な笑いに聞こえたんだが。ここはさらりと流しておこう。


そして俺は目の前のカレーに向き合い、口へと運んだ。

う、旨い。腹が減っているから旨く感じるのではなく本当に旨いのだ。


しかもゴロゴロと大振りにカットされた肉。牛肉でも豚肉でもチキンでもない。されどこのうまみは最高級の肉質だ。噛まずともほろほろと崩れゆく。

さながらコンビーフを固めた感じのような肉だ。


「う、旨いっすね。本当に……特にこの肉最高すっ! なんですかこの肉は?」

「あら、気に入ってくれたのね。よかったわね葵」


「そ、そうね。しっぽの部分だから、煮込めばほろほろ感があって美味しいはずだから」


んっ? しっぽ? て……。


「なんだか私もおなかすいちゃった。沢山あるのよね」

「もちろん。だってあんな大型のなんだもん。肉も新鮮なうちが一番おいしいしさ。寸胴いっぱいに作ってあるわよ」


「じゃぁ三食三日は行けるわね」

「もち!」

三食三日カレー? さすがに飽きねぇか?


それよりなんだ。しっぽに大型って何? いったいどんな肉なんだ。もしかしてジビエなのか?

でもなんでもいいやマジうめぇから。葵って言うこの子の料理の腕は大したもんだ。と、カレーだけで決めつけるのもなんだけど。


「あのぉお代わり頼んでもいい?」

「あ、いいわよ。たくさんあるから」にっこりとほほ笑む顔はなんかめちゃ可愛いな。


「それじゃぁみんなの分用意するから、少し待っててね」

「えらく気に入ってくれたみたいだね。これだけ食べれるんだったら一生懸命狩りしてもらわないといけないわね」

「狩りって、仕事って何するんですか? ジビエ肉の販売ですか?」


「ジビエ? ああ、野生のことね。そうねぇ、それもいいかもしれないわね。でも、一般には出回れないから、無理かもね」

「いやいや、俺この業界て、どんな業界なのかもわかんねぇんだけど。とにかく仕事は頑張りますんで」

「そう頼もしいわぁ。それじゃぁ、お肉にはもう困らないわね」


そうしている間にみんなのカレーを、葵ちゃんと茉奈ちゃんが用意してきた。

みんなと言っても自分たちの分を含んでのことだ。

もちろん俺の分もある。


「んっ! 美味しい!」


「ほんと自分で作ったんだけど、お肉新鮮だと美味しいね」

「うんうん、やっぱり葵ちゃんはお料理の天才だよ。あんなグロいのからこんなにおいしいカレーを作っちゃうんだから」


――――あんなにグロいのって?


「ええっと……。すみませんがちょっと聞いてもいいですか?」なんかとてつもなく悪い予感がするんだけど。


「もしかしてこの肉って……」


「あら、分かっちゃたぁ! あなたをごっくんした野獣の肉よ。トカゲ族だから、しっぽの部分が美味しいのよ」

ああああああああ! 聞くべきじゃなかった。


俺が食われて。その食ったやつを俺が今食っている。


さすがにお代わりの進みは格段に落ちていった。て、いうより、もう食えねぇけど、無理して食った。

しかし三人ともペロリとにこやかに、平らげちまうところは食い慣れてる感満載だ。


「さておなかも満たされたし、自己紹介と会社の事からもろもろ、あなたにはお話ししないといけないわね」

俺も腹が満たされ、気持ちに余裕が少しできてきた。

それにあの野獣の肉を食ったことでなんだか腹が座ったような気がしている。

もうなんでもこい! という感じだ。


「さてと」と小さな声を漏らし、今まで腰かけていたスツールから離れ、俺の方をまじめな顔で見つめながら。


「それでは私から。この『株式会社異世界』の社長を務めさせていたいています。アンリ・エレノアと申します。ここでは社長職ですけど、王室では上級士官に属します。そしてこの子は雪下葵ゆきしたあおいこちらの世界での年齢は十七歳の設定です。ま、女子高生ですね。私の直属の部下です。本職は一小隊の隊長です。葵は凄腕のハンターなんですよ。料理の腕も凄腕ですけどね。それと此方が、間宮茉奈まみやまな。こう見えても中学三年なんです。決して小学生じゃないですよ」


「もう、社長。そんなこと言わないでよ。どうせ茉奈は幼く見えますよ!」

なんかちょっと怒った感じが幼さを強調しているようで、愛おしささえ感じてしまうのはなぜだろう? 癒し系要素もあるのか? この幼さで……。


「でもね、茉奈はれっきとした魔法術師。白と黒の両方の対なる魔法を操り、グレーゾーンの魔法術にも精通している。そして茉奈のご両親は王室の大賢者でもあるの。だから私もちょっと頭が上がらないところがあるんだけど。そこはここでは撤廃しているから大丈夫。葵と茉奈は大切な私の社員です」


「でも程よくこき使わされていますけどね」

葵ちゃんが皮肉っぽく言う。


「あらそうかしら?」


「そうだよ。いい加減自分の下着くらい自分で洗ってください」

「いいんじゃい。みんな一緒に洗っちゃえば。節約節約。うふふ」


「は、はぁそうなんですか」いまいちよく理解できない俺だが、この流れに沿って自己紹介。


八神政孝やがみまさたか三十一歳。独身。ついこの前まで大手システム会社に勤務していたサラリーマンでした。……社長の耳には入っているかどうかはわかりませんが訳ありで退職(実際は懲戒解雇)路頭に迷っている俺を導いてくれて感謝しています。どうかよろしくお願いします」


「やったぁこれで新入社員が入ったね」

「なんか部活のノリのようなんですけど大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫。それに八神さんには守護精エルメッタの加護が宿っているんですもの」

「でもなんでこんな俺にその妖精の加護が与えられたんですかね」


「さぁね。時期にわかるんじゃない。私たちの世界に行く機会もあるはずだから、その時にエルメッタに聞いてみたらいいんじゃないの?」

「はぁ―。そうですか」と、いまだに頭の中は疑問だらけだけど、何とかこの流れに食らいつこうと心に決めた。


株式会社異世界。


いったいこの会社の本来の仕事の目的は何なのか? いまだにその部分だけが引っかかっている。


しかしだ! もっと気になるのが……倒産寸前ということだ。


本当に大丈夫なのか?


俺、転職失敗したんじゃねぇ?

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