第29話 秘密の作戦会議
「まずは海斗を……ここから移動させます」
音が漏れないはずのこの地下室で、なぜか水野さんはひそひそ声。
「どこに移動させるんですか? 」
「郊外のとある廃病院に準備を済ませてあります。私と内藤で運びますからあなたは通常通り、店で業務についていてください」
「え? 」
「仕事が終わったらその日は寄り道せず真っ直ぐ帰宅するように」
役割も与えられず、水野さんは私に小さな箱のような物だけを差し出す。
「市販されている最新型のスマートフォンです。これなら盗聴される恐れはありません。終わったら知らせます」
私にできることは無い……そう言われた気がする。
「今回だけでなく、これから私や内藤と連絡を取る際は、これを使ってください」
「わかりました」
「それからあのカプセル、本当に必要ですか? 」
水野さんは、海斗の方を
「海斗の構造を解明するまでは不要だと言えません。使っていても害はありませんが、使わず皮膚に影響が出ると困ります」
「皮膚……ですか」
「ええ。皮膚の成分がわからないので修理用の皮膚も用意できていないのです。今の所、人間と同じように縫合するしかありません。構造については笹山さんに調査をお願いしています」
「大丈夫なのですか? 」
「大丈夫です! 一般的なロイドの知識は少なくても海斗とずっと暮らしてきましたし、勉強だってたくさんしてるんです! 」
疑わしいという目つきについ反論すると、内藤さんまで小さく笑う。
「少し突飛な事を言いますが、探究心が旺盛で研究者向きですし、誰より海斗の事を良く知っています。現に海斗の体内装置が果たす役割の仮説を立てたのは彼女ですし、俺は適任だと思っています」
一瞬の沈黙。
どう……思っているんだろう。
「そうですか……分かりました。海斗の移動を終えたらもう一度、集まりましょう。各自、調査結果をまとめておくように」
『はい』
私と内藤さんが頷くと水野さんはそれぞれと視線を合わせる。仕事の時より注意深く……念を押されているような気がする。
「では、移動日の行動を最終確認します。当日は」
「あの、やっぱり私にも手伝わせてください」
「はい? 」
「わがまま言ってすみません……でも3人いたほうが早く終わると思うんです」
「あなたに出勤してもらうのは、周囲の目を欺く為です。ただでさえ関係を邪推する人間がいるというのに」
「ですが、人手がほしいのは間違いありません」
「内藤まで乗るのですか」
「それともう一つ」
「まだ何か? 」
「確かに、15時という時間は出入りが激しいので目立たず海斗を連れ出す事は出来ますが、運んでいる人間が誰かというのも目立ちやすい。あなたと俺が海斗を運び出した事がバレたら……計画は失敗です」
「では、何時ならいいと? 」
「早朝5時です。この時間は修理センター側も一番出入りが少なく、街もまだ交通量が少なく速やかに運搬出来ます。当然ショップはまだ稼働前ですし、上層部は眠っている頃。その時間に3人で動く事ができれば移動の成功率は高まる。
それに……移動後にミーティングも済ませてしまえば、仮眠を取って昼過ぎから海斗の治療も始められるので一石二鳥でしょう」
「わかっています、しかし……」
水野さんは何かを考えるようにしている。
「5時なら私も行けますし、全て済ませたらちゃんと出勤します! 」
「仕方ない……ですね。何とかしましょう」
水野さんの口振りが何だか気になった。
こういう時に自分の予定を優先させる人じゃない……それに、いつも隙のない水野さんがなぜ、移動を15時に設定しようとしたんだろう。
「何か? 」
「あ、いえ……」
見られた事が不快だったのか、睨まれる。
「5時に変えた場合どう集合しますか? 」
「そうですね……内藤は何処に」
「ここにいます」
「笹山さんを連れて4時30分にここに来ます。関節を曲げて簡易カプセルに入れて積み込むのに30分程見ておけば、5時には出発出来るでしょう」
「了解」
「では、決行は明後日とします。失敗は許されません、気を引き締めてあたるように」
『はい』
秘密の作戦会議は終わった。
「久しぶりに聞きました、最後の一言」
「そうですね……あの頃はよく言っていました」
片付けながら懐かしそうに笑う二人。
「それって……組織の頃の事ですか? 」
私が聞くと二人は顔を見合わせる。
「まさか、捜査対象をここに連れてくる事になるとは、思いませんでした」
「あなたが捜査対象を弟子にして仕事を教えるなんて、思ってもいなかったですよ」
捜査対象……って私か。
「監視するには手っ取り早い……そう思っただけです」
この間は言い合っていたけど……この二人、すごく気が合うのかもしれない。もしかして……水野さんと内藤さんはそういう関係……なのかな。
「では、私はこれで失礼します」
「もう帰っちゃうんですか? 」
素早く立ち上がり帰ろうとしている水野さんを、なぜか咄嗟に呼び止めてしまった。一緒に雑談するほど仲がいい訳じゃないのに。
「どうせ長居するのでしょう、邪魔するつもりはありません」
言い終わると同時に、ふいっと出口の方を向いてカツカツと出て行ってしまった。
あんなに急いで帰らなくても……。
「あの人は昔からああだ、気にするな」
「よく知ってるんですね、水野さんのこと」
「まぁ……ここに来た時からだからな、そんな事より側にいてやらなくていいのか、あいつの」
内藤さんが私をからかう、前は目も合わさなかったのに……少しは信じてくれるようになったのかな、私と海斗の事。
「じゃあ……ここでやります」
書類を持って海斗の顔が良く見える所に、移動する。
今日も眠ったまま……何も言ってくれない海斗。
「ははっ、ほんと好きだなお前」
「笑う事ないじゃないですか」
「まぁいいや、ちょっと出て来る」
「えっ? あ……わかりました。いってらっしゃい」
内藤さんも出て行って、海斗と二人きりの穏やかな時間が流れ始める。
海斗……待っててね、ちゃんと直すから。
早く、海斗に触れたい……手を繋いで……抱きしめあって……その瞳を見つめて。色んな事話して、今度こそ私達……幸せになろう、ね?
約束……したよね。
首元に掛かる指輪を握りしめ、目を閉じる。
「ほれ」
「ひゃっ! 冷たいじゃないですか!? 」
いきなり頬に冷たい感触。見ると飲み物を持った内藤さんが、お腹を抱えて笑っている。
「お前、変な声出すなよ。面白過ぎだろ」
「いきなりこんな事されたら驚くじゃないですか……もう! 」
「ごめんごめん、はい」
「あ、ありがとうございます」
まだ笑いながら渡してきたのはレモンティー、しかも……私が好きなお店の。
「お前、それ好きだろ」
「なんで知ってるんですか? 」
なぜか椅子を持ってきて隣に座る内藤さんに問い掛けると、当然といった表情をして海斗を見る。
「海斗から聞いた。倒れた日……一緒に外回り出た時に、あいつがこれ売ってる店を眺めてたから」
「え……? 」
なんで? なんで……今の海斗がそれを憶えてるの?
私があの店のレモンティーを好きだって言ったのは……まだ一緒に仕事している頃の事。あの後……2人で飲んだ事なんてなかったはず。
一生懸命、記憶を辿る。
「どうかしたのか? 」
懐かしい味のレモンティー……でもあの後、一緒に飲んだ記憶はどうしても思い出せない。
「あの店のレモンティーが好きだって言ってたんですか? 」
「あぁ、遥に買っていった事があるって」
あの日の夕焼け、レモンティーとチーズタルト。でもそれは……ワンコのような草野君だった頃の、今の海斗が憶えていないはずの記憶。
「店、間違えたか? 」
「憶えているはずないんです」
「は? どういう事だ」
「海斗が改造されて記憶を消されたのはその後だから……」
「改造? ちょっと待て、いつだ」
「怪我をした時です。その治療と同時に私や勤務先の記憶を全部消されて……」
「何年か分かるか? 」
「えっと……今が2054年で……たぶん2050年の秋です」
「2050……そんな記録ないぞ」
内藤さんが見せてくれたメモにはそんな記録、どこにもなかった。
「これって……水野さんも見たんですか? 」
「水野さんが作成した資料だ」
水野さんも知らない、あの記憶。
「2050年の9月末から10月頃……当時の職場で私といる時に倒れてきた撮影機材の下敷きになって、海斗は怪我をしたんです。背中の……破れた皮膚の下から金属が見えていて、そこに機材が刺さっていました」
私が話すまま内藤さんはメモに書き足していく。
「その時、海斗の様子は? どう対処した」
「私に人間じゃないと……そう告げて海斗は動かなくなりました。草野医院へ、どこかから海斗じゃない声に呼ばれて……連れて行きましたが……よく覚えていません」
震えて、声が出ない。
大事な事かもしれないのに。
「草野医院に海斗を置いてきたのか」
「着くと……海斗のお父さんがいました。すぐに海斗を連れて行ってしまって、それきり会えなくて」
「英嗣だな」
「はい」
「何か言っていたか」
「海斗は死んだから全て忘れろと……もし次に見かけたとしても、海斗に私の記憶は無く全て忘れていると……」
「他には? 記憶を消すと……はっきり言ったのか」
「確か……えっと……」
おぼろげな記憶を必死で思い出す。薄暗い病院……揺れる白衣の裾……思い出した、冷酷な瞳と……低く不気味な声。
“海斗は死ぬ”
違う、それは夢……他には……?
確かに診察室で話をしたはずなのに。
「わかった、無理しなくていい。5年前の事だからな」
「すみません……」
俯くと、グレーの作業服がエメラルドグリーンの光に照らされている。
思い出さなきゃ……役に立たない自分が嫌になる。
「以前、まとめた情報の中にも無かったな」
「海斗も憶えてないんです……まだ草野君と呼んでいた頃の事は誰にも言ってなくて。唯一、話していたタマも壊れてデータが消えてて……今となっては本当にあったことなのかもわからない、夢のような物だったと、思っていました……でも書かなかったのは水野さんが知っていると思ったからです。海斗の身体は改造を繰り返しているって……言っていたから」
それ以上、言葉を続けられなかった。
黙り込む内藤さんは私を、信じてくれないかもしれない。
「あの人の言う改造は恐らく、お前に出会うまでにした物だろう。当時、海斗の改造は海外で行われていると考えられていたからな……日本国内でロイドの改造をするなど、不可能かつ危険極まりない事だ。今でさえ機械治療なんて物ができて法律も変わったが……」
「機械治療……ですか? 」
「あぁ……今は人間がロイドになりたがるんだ、不老不死を求めてな。人間とロイドの境界が曖昧になるなんて、そんな時代が来るとは思わなかった」
人間が機械になりたがる時代……内藤さんの視線は、海斗を見つめている。
「海斗が聞いたら……どう思うだろうな」
「そうですね……」
機械の身体を持つ事で、海斗はずっと苦しんできた。その海斗がこの話を聞いたら、どう思うんだろう。
海斗に……聞こえているのかな。
どんな夢を……見ているんだろう。
眠る海斗の顔は、心地よさそうにも見えてくる。まさか……ずっと眠ったままなんて……そんな事ないよね、海斗。
急に、大きな不安が頭をもたげる。
「気持ちよさそうに寝るよな……」
「はい……」
「ほんっとに……周りがこれだけ必死になってるのに、これで原因が寝不足とかだったら怒るからな」
敢えておどけてくれる内藤さんの優しさが、今は嬉しかった。
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