第28話 逢いたい気持ち


 やっと、海斗に会える。


 一生懸命我慢した連休が終わって、あと少し頑張ったら……なんでこんなになるのかわからないぐらい、心が騒ぐ。


 あと30分……。


「笹山さん、ちょっと早いけどもう上がっていいですよ」

「えっ、いいんですか? 」

「今日は暇なんでお店閉める事にしたんです。水野さんもいないし、こういう日ぐらいね」


 笑顔で教えてくれた鈴木さんにお礼を言って、急いで帰り支度を始める。今日は水野さんが店にいないからか、みんなさっさと帰っていく。


 今日なら誰かと鉢合わせる心配もないし、早く行ってゆっくり海斗と過ごせそう。足早に帰宅してシャワーを浴びると、作業服に着替えて目深に帽子を被り、修理センターへと向かった。


 案の定、通用口にも店の周りにももう人気ひとけはない。


 最後まで見つからないように男子トイレから長い暗闇を抜けて、地下室にたどり着く事が出来た。


 真っ先に、海斗の元に向かう。


「海斗……ごめんね、2日も来られなくて」


 カプセルは、今日も深い海のように海斗を包む。目を閉じたまま全く動かない海斗に、もう何度こうして話しかけただろう。


「海斗……痛いとか苦しいとかない? 」


 こうして見ている間に目覚めてくれたらどんなに嬉しいだろう。昔から変わらない、あのくりっとした瞳が……そろそろ恋しい。



「休みの間にね、樹梨亜の家にご飯食べに行ったんだよ。ずっとここにいたから、みんなに心配かけちゃった。樹梨亜がね、あの島に行ってみたいんだって、梨理ちゃんに本物の海や森を見せてあげたいって。知ってる? あの島ね、掘削が中止になったんだよ。新種の動物が何種類も見つかったからって……嬉しいね。海斗と、一緒に喜びたかったな。


また……絶対また行こうね。


私達が自由になったらみんなで行ってあの家に泊まるの……ちょっと狭いかもしれないけど片付けたりテント持っていけば出来るよね、海斗……」


 海斗が眠り始めてもう一ヶ月。伝えたいことばかりが、どんどん増えていく。


「あとね……タマのこと覚えてくれてる? 島に行くまえに壊れちゃったロボなんだけど……私の大切な友達。


内藤さんがね、直してくれて再会できたんだよ。一週間だけどね、楽しかった。今度は……海斗にもタマを紹介するね。そういえば海斗の言う通り、内藤さんって案外良い人なのかもね。タマも直してくれたし、海斗にも会わせてく」


 ブーッブーッブーッ!!


「何!? 」


 室内に異様な音が鳴り響く。


 モニターには“侵入者”の赤い点滅。


 どうしよう、どうしたら……慌ててカプセルの裏に潜り込む。


 ここに来るまで誰にも会わなかったはず、なのに誰が……。


 鳴り響いていたアラーム音が止んだ。


 カッ…カッ…。


 近づいてくる……ヒールの足音。


「本当に……最後まで困らせるのですね。あなたという人は」


 水野さん!


 最後って……どういう事?


 まさかこの人、海斗に何かするつもりじゃ……もしもカプセルが開いたりしたら。


 恐怖で鼓動が大きく揺れる。



「ここで何を? 」


 次に聞こえたのは内藤さんの声。


「やはり、あなただったのですね……組織の再興を企んでいたのは」


 組織を……再興? 


 内藤さんが……海斗の為じゃなかったの?


 注意深く耳をそばだてると、内藤さんの足音も近づいてくるのが聞こえる。


「再興……何の事ですか? 俺はただここで海斗を匿っているだけです。明日で一ヶ月……その前に修理センターから運び出さないと海斗は分解されてしまいますから」

「海斗を……それで昔の調査資料を漁っていたんですね。でも何故です、再起不能で処分される方が都合が良いはずでしょう? 」

「理由なんてありません」

「彼女に……海斗を会わせたのもあなたですね」

「もう聞いたんですか、あれ程言うなと言ったのに」

「聞いてませんよ……ですがまさか、よりによってあなた達に裏切られるとは思っていませんでした」


 裏切り……言葉が深く胸に刺さる。


「彼女の気持ちはわかります、海斗に会う為なら何だってするはず……ですが内藤、あなたは分かっているでしょう、これがどんなに危険な事か」

「言ったところで水野さんにはわかりません」

「ごまかすのはやめて答えなさい! 」


 突然、水野さんが声を荒らげた。


「じゃあ、言わせてもらいます。彼女が一番苦しい時に、鬼のように仕事を詰め込んだあなたに何がわかるんですか? 休ませるよう散々言ったのにあなたは耳を傾けようともしなかったじゃないですか!


海斗との事だって、修理センターでさえなければ会わせてやれるはずです。海斗に会えない間、あいつがどれだけ寂しかったか、辛かったか……毎日隣で見ていてよく耐えられましたね、俺には無理です。あいつが壊れる前に……何をしてでも海斗に会わせたい、そう思うのが普通なはずです」

「まさかあなた……」

「彼女は俺が守ります! もちろん海斗も……危険は承知の上、今さら仕事も命も惜しくはありません! 」


 あまりの勢いに私がびっくりしてしまった。どうして……内藤さんは危険を冒してまで私達の事を。


「残念ですが……彼女をここに連れてきた事は賢明ではありません。上層部に発覚した時、あなたと私だけではなく、彼女まで罰せられます。同じ立場の私達に彼女を守る事は出来ません。


彼女がいなければ海斗も存在出来ない……それは知っていますね。海斗がロイドである以上、管理責任者が必要です。彼女しかいません。


彼女にも厳しい道を強いるかもしれませんが……それでも、彼女を必ず守らなければならないのです」

「彼女はここには来ていない、関係ないと言えばいいだけです」

「そんな……そんな生ぬるい事が通用する組織でないのは、あなたが一番知っているでしょう。罰する前に私達の声なんて聞きませんよ。とにかく……このままではいけません。


私も海斗の移動場所についてはあたっています、一週間あれば移せるでしょう。それから……」



 水野さんが途中で言葉を止めた、内藤さんも話そうとしない。



「海斗は直るのですか? 原因は? 」

「恐らく脳のシステム損傷だと思います。システムを入れ替えれば直るはずですが……海斗の脳構造に、まだ確信が持てません」

「そうですか……ロイドといえどこの時間が長くなれば状況が悪くなるかもしれません」

「分かっています」

「私の方でも調べてみますから、もう二度と勝手な行動をしないように」


 またカツカツと音が聞こえて、水野さんは部屋を出て行った。


 はぁ~っ……。


 ほっとした。


 どうなる事かと思ったけど知らない人じゃなくて良かった。


 水野さん……もう居ないよね。


 ちょっとだけ頭を上げてカプセル越しに覗いてみる。内藤さんもいないのか……見当たらない。



「お疲れさまです」

「わっ!! お前……なんでいるんだ、いつからそこに? 」

「いつからって……ずっとです。水野さんが入ってきた時から」

「そんな前から!? まさか……全部聞いてたのか」

「はい。水野さんにバラしたの私じゃないですからね」

「わかってるよ……」

「それより内藤さん大丈夫なんですか? 」

「さあな、どうでもいい」

「どうでもいいって、なんでそんな事言うんですか? 」

「俺の心配なんかしてる暇ないだろ。休んでる間は? 何か閃いたか? 」

「それは……何も。でも頭はすっきりしてます」

「そうか。ならいい、これからが本番だからな」

「本番? 」

「いつまでも画面とにらめっこしててもしょうがないだろ、本格的に修理計画を立てないと」


 いよいよ海斗を……カプセルを見つめる。


 海斗、聞いてる? 


 早く海斗に会いたいから……内藤さんを信じても……いいよね?


「修理が始まれば会えなくなるぞ……側にいてやれ」

「内藤さん! 」


 とぼとぼと、いつもの席に歩いていく内藤さん。私達のせい……振り向いたその顔は少し疲れて見える。


「ありがとう……ございます」


「それを言うのはまだ早い。海斗を直してから言ってくれ」

「はい」


 直るか分からない、脳内はまだ不安で埋め尽くされている。それなのに……少しだけ、笑顔になっていた。







 翌日、朝から水野さんのカウンセリングについていた私は、平静を装いながらも内心、怯えていた。


「オーダーも覚えたようですね」

「あ、いえまだ全部は……」

「アシストがスムーズでした。後は話ができれば一人でも大丈夫でしょう。次回の石原様はオーダーになるでしょうからやってみてください」

「え……? わかりました」


 いつも通り唐突な水野さんと、躊躇いながらも受け入れるしかない私。


「終業ですね」

「はい、お疲れさまでした」

「着替えたら一度店に戻ってください」

「は、はい」


 昨日の事だ、絶対叱られる……鼓動がどくどくと脈打つ。


 もうこうなったら腹を括るしかない。


 着替えを済ませると、大きく一つ深呼吸をして覚悟を決める。薄暗くなった店内に戻ると水野さんは既に待っていた。


「付いてきてください」


 それだけ言うと無言のまま歩き出す。


 どこに行くんだろう……あの綺麗な庭園が見える廊下を歩いた先の突き当りで、水野さんの足が止まった。


「水野さん……? 」


 こんな行き止まりで何を……注意深く見ていると、観葉植物の鉢を手前にずらして、昔のコンセントの差口のような物が見える。


 それを……触った瞬間。


「えっ……!? 」


 突き当りの壁が動いた。


 その先にエレベーターが現れる、この建物……仕掛けが多すぎて何処がどうなっているのか、未だにさっぱり分からない。


「やはり……」


 一瞬、眉をしかめた水野さんの後に付いて、とりあえずエレベーターに乗り込む。


「あの……水野さん、どこに行くんですか? 」


 私の言葉に水野さんは、振り返りもしない。


「あれだけ言ったのに……」

「……え? 」



 聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声が、ぼそっと聞こえた気がした。


「どうでした? 男子トイレに入った感想は」


 男子トイレ……あの地下室の事だ。


「す、すみません……水野さんに黙っていて」

「もう、何があっても知りませんよ」

「分かっています。自分で決めた事です」

「どうせ、海斗に会いたかっただけでしょう? それにしても内藤も気が利きませんね、変装してあんな危険な所から出入りしなくても……ここから地下室に入れます」

「そうなんですか? 」

「あなたが通っていたのは修理センター側の通路、こちらがショップ側からの通路です。立ち入るだけで懲戒にかけられるのに……」


 エレベーターが停まった。


 開いた扉の先には……また扉。



「道は覚えましたね」


 私を見ることもなくそう言うと、水野さんは扉を開ける。目の前にはいつもの地下室……反対方向から入ったのか、すぐ近くに海斗のカプセルがある。


 ここが隠し扉になっていたんだ……ただの壁だと思っていた場所。軽く触れてみてもびくともしない。


 なんだか……忍者みたい。


「お疲れさまです」

「もう来ていたのですね」

「仕事が早く済んだので」

「あの……」


 水野さんが、内藤さんをここに……?


「今から作戦会議をします」

「作戦……会議? 」

「海斗の修理を秘密裏に行う為です。あなた達がコソコソしている間に私も動いてはいたので、ここでそのミッションを合体させましょう」


 ミッションを合体……何かすごい事が始まる、後戻りできない予感。


「あなたも何か調べているんでしょう? 早く座ってください」


 ためらう間に二人とも座っている。まさか自分が組織の真似事をするなんて思っていなかった。


 でもこれは悪い事じゃない、今はこの二人を信じないと……海斗を直せない。


「よろしくお願いします」


 私と水野さんと内藤さん。


 狙う者と狙われていた者の、不思議な組み合わせの作戦会議が始まった。

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