第26話 秘密の地下室
作業着を着て車に乗ると、内藤さんは黙って車を発進させる。
「帽子、もう少し深く被れ」
「はい」
「端末持ってるか? 」
「はい」
渡すと何か操作をしてから私に返した。
「水野さんにも言わないでほしい」
「わかってます」
思った通り車は修理センターの前で停まる。
「黙って付いてきてくれ。お前を入れた事がバレたら二人とも終わりだ」
二人とも終わり……どうなるか分からない恐怖がこみ上げてきて、手にぐっと力が入る。
「大丈夫だ、あそこにいる間は俺が……」
内藤さんは私を見ていた目をそらす。
「俺がなんとかするから」
車を降りて、内藤さんの後ろを静かに付いていく。入ってはいけない修理センター側の通路に入ると、一層緊張が増す。水野さんが言う“後戻り出来ない所”に、私は足を踏み入れてしまった。
どうか誰にも会いませんように……。
俯きがちに歩いていって着いた場所は男子トイレ。驚きのあまり思わず声が出そうになる。なんにも言わないまま男子トイレに入っていく内藤さんは、一番奥の個室のドアを開ける。
え……!!
掃除道具入れらしい、その個室に内藤さんが入って奥の壁を外す。
ゴホッゴホッ!!
ほこり臭くて思わずむせてしまう。
ついてこい……そう手招きする内藤さんの後ろについて階段を降りていく。
長く、長く暗い道……。
先を歩いていた内藤さんが立ち止まり、扉を開ける。もしかして……この先に海斗が。
胸が激しく音を立てる。
扉の先に入ると、後から内藤さんが入って扉を閉めた。
「もういいぞ、声出しても」
「ここ……!? 」
デスクやPCが並ぶ広いオフィスのような空間……青みを帯びたライトが不気味で、お化けでも出てきそう。
「見れば分かるだろ? 昔、ここでお前達を捜査してた……本物の組織の基地だ。ちなみに上の小屋はダミーだ。空気が悪いからこれを付けろ」
投げられたマスクを付けると、やっとまともに息が吸えた気がした。
「一年ぶりだからかホコリ臭いな」
ひとり言を言いながらマスクを付けた内藤さんは、薄暗い部屋の奥へと歩いていく。
「こっちだ」
怖がる心臓を必死で抑えながらついていくと目の前に深海の様な光を放つ大きなカプセルが、現れた。
「海斗!! 」
思わず駆け寄ると、中には目を閉じて眠っている海斗。
「海斗……海斗聴こえる? 」
何度呼び掛けても……返事はない。
「返事してよ……ねぇ、海斗……」
カプセルにどれだけしがみついても触れられない。ついこの間まで隣にいて……簡単に触れ合えていたはずなのに……どうしてこんな事に。
「海斗に……触れられませんか? 」
「悪いが無理だ。これは一応、生命維持装置になってる。特殊な光線で皮膚が腐敗しないようにしているんだ」
返事ができなかった。せっかく会えたのに、触れる事も出来ないなんて。黙って海斗を眺める事しか出来ない私に、内藤さんは話し続ける。
「通常、修理センターにいるロイドが故障すると1ヶ月は修理期間が与えられるが、それでも直らない時はリサイクルセンターで分解されてしまう。海斗はもう20日……このままセンターに置いておくわけにいかず、ここに移した」
内藤さんの言葉に反応出来ないまま、海斗を見つめる。どうして……なんで海斗、目覚めないんだろう……。
「これからは、見張りも兼ねてここで海斗を直す方法を調べようと思ってる。だから……どうにも会いたくなったら、それを着て様子を見に来てもいい」
「海斗を直す方法……見つかってないんですか? 」
「あぁ……不用意に切り開く訳にもいかないし、正直、手掛かりが少ない。脳のシステムも異常がないとは言ったが、点検口がないから人間でいう脳波検査のような手段で見ているだけで……気づけていない細部の異常があるかもしれない。とにかく、それについては考えるから」
「この間の……私の仮説はどうですか? 」
「分かってるとは思うが、生体反応はない。それを考えると可能性は低い。だが……無いとは言えない。今の段階で海斗の身体は開けられないからな、せめて……作った人間か設計図面でもあれば……」
作った人間……海斗を作ったあの人は、設計図を病院ごと燃やして事実を隠した。
そして……海斗まで消そうとした。
もし万が一、生きていたとしても協力する訳がない。
「私にも、やらせてください」
「それは……」
「ここまで来たら私も全てを賭けます」
沈黙の長さに、内藤さんの迷いを感じる。私も怖いし、内藤さんも困らせるかもしれない、でも……。
「わがまま言ってるのはわかっています、でも諦めたくないんです……お願いします」
「わかった……誰にも言わないと、もう一度約束してくれるか」
「はい。もちろん、水野さんにも言いません」
「あの人は手強いぞ。気をつけろよ」
初めて内藤さんが笑った。この人……笑うんだ。
「俺もお前も危険を冒す事になる。ここまでするからには必ず海斗を直すぞ」
「はい」
眠っている海斗の横顔……今……どんな夢を見ているんだろう。どんどん……誰にも言えない秘密が増えていく。
この道で合っているのか分からないけれど、今は進む事しか、考えられない。
「とりあえず今日は、海斗の側にいてやれ。久しぶりだろう……俺はあっちで調べ物してる」
内藤さんはいなくなり、私は近くの椅子に腰掛けて海斗を見つめる。
海斗……聴こえてないのかな……?
ごめんね。
あの日、もう少し早く帰っていたら側にいられたのに……身体のことももっと気を遣って調べておけばよかった……いつも私の事ばかりで……海斗はこんな私といて、幸せだったのかな。
“強くなりなさい”
あの日から、その言葉にコントロールされている。このまま、海斗の隣にいて……目覚めるのかな。優秀だと言われるあの人でも、どうしていいかわかっていないのに。
深呼吸をして立ち上がる。
海斗、見ててね……いつかあなたが助けてくれたように、今度は私が必ず助ける。
立ち上がる。
「内藤さん、何からやればいいですか?」
入口付近のデスクで調べ物をする内藤さんに近づくと、驚いたような瞳が私を見つめる。
「もういいのか? 」
「隣で座ってても戻ってきませんから」
今は、1分でも時間が惜しい。
「分かった、ここに座れ、今までまとめた資料がある」
「はい」
私は、内藤さんと一緒に山積みにされた資料に片っ端から目を通し始めた。海斗の暮らしぶりや色んな事から考えて、一つずつ可能性を潰していく。
「もうこんな時間か……送るよ。俺もこの後、夜勤なんだ。ここを閉めないと」
「夜勤してるんですか? 」
「ロイドこき使って自分だけ休む訳にいかないだろ」
「それなら私、一人で帰ります」
「バカだな、その格好でか? 」
「あ……」
「あくまで修理センターの業務として出掛けないとまずいから送るって言ってるんだ」
「お願いします……」
もと来た道をまたひっそりと歩いて、何とか誰にも会わずに車に乗り込めた。
「基本、修理センターで他の人間に出くわすことは無い。トイレを使っていたのも俺と……海斗だけだった」
マンションへと向かう車内で内藤さんが話し出す。
「ただ、たまに上層部が出入りする事があるから、そういう日は事前に連絡する」
「はい」
「終業時刻までに連絡がない日はあの道を辿って来い。来れる時だけでいい」
「分かりました」
「必ず、一度帰宅してから出直してこいよ」
地下に車が入る。
「ありがとうございます、お疲れ様でした」
「おつかれ」
自動で車のドアが開く。
「最後まで気を抜くなよ」
「はい、見つからないように帰ります」
私の言葉に頷くと、それきりもう何も言わなかった。車を降りて見つからないように駐車場を抜ける。
何とか部屋に戻って大きな緊張から解き放たれたその時、端末の大きな音にビクッと跳ね上がった。
まさか、水野さんにバレたとか……。
“無事か? ”
メッセージの相手は内藤さん。私が部屋に入るまで、誰かに見つからなかったか気にしてるんだ。
“無事です。部屋に入りました”
私もメッセージを送る。
“了解”
用心深い人なのか……それだけ危ない事をしているのか、無事の二文字がまた私を緊張させる。
もし……この事がばれて私に何かあったら、海斗はどうなるんだろう。家族や友達は……懐かしい恐怖。
思わず、身震いする。
今度こそ、本当に一人ぼっちの部屋……海斗も、タマもいない。思い返すと私の側には、いつも誰かがいてくれた。ひとりぼっちで不安になる事なんてなかった。
降り出した雨の、ゴウゴウ窓を叩きつける音に飲み込まれそうなくらいに……私は怯えていた。
翌日、何でもないような顔をしてショップで働く私がいた。いつの間にこんなに嘘つきになったんだろう……悪い事をしている気がする。
外を眺めると、窓に私が写っている。
ロイドショップの制服を着た誰か……見たことのない私。
「何をしているのですか? 」
背後からの声に振り向くと水野さんが立っている。
「昼休憩くらい、外の空気でも吸ってきたらどうですか? カタログなんか開いて……」
「少し、考え事をしていたんです」
「考え事ですか? 」
「あのお客様の事です」
「あぁ……石原様ですか」
「はい。どれだけお客様の事を考えても、私に出来るのはこの中から心の癒しになる物を探して、お勧めする事しか出来ません」
「答えは出ているじゃありませんか」
「え……?」
「心の癒しです。あなたはそれがパートナーロイドだけでない事を知っているはずです」
「どういう……事ですか? 」
「内藤から聞きましたよ」
その名にビクッと鼓動が跳ねる。
「タマさんと、話せたんでしょう? 」
その事……ホッと胸をなでおろす。
「はい、ずっと水野さんが持っていてくれたんですね」
「内藤なら直せるかもしれないと考えたのです。彼は
ものすごく久しぶりに見た、あの頃の……まだ私がお客様だった頃の微笑み。
本当に、喜んでくれているんだ。
胸がチクリと傷む。
「水野さんと内藤さんのおかげです。本当にありがとうございます」
「その気持ちはお客様にお返ししてください。あなたなら本質がわかる、そう思ったからここに来てもらったのです」
「分かりました」
周りに人がいるから言っているのか……それとも本心か、私にはわからない。あんなに嫌だったのに……いつの間にか仕事に打ち込む事で紛らわしている私がいる。
罪悪感や不安や恐怖さえも……。
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