第25話 夢か現か
「はるちゃん、朝だよー! 」
「……ん? おはよータマ……昨日までじゃなかったの? 」
「はるちゃん、何言ってるの? もう海斗とっくに起きてるよ」
「そうなの……? 」
ん……? 海斗……!?
慌てて飛び起きてリビングに走ると、見慣れた背中が……そこにいる。久しぶりに見るその後ろ姿に思わず涙がこみ上げる。
「海斗……本当に海斗なの……? 」
「おはよう遥、もうご飯できるよ」
「はるちゃん、今日は樹梨ちゃん家に行くんでしょ? 早く食べて支度しないと」
「うん……」
樹梨亜の家に……そんな約束してたか、思い出せない。
「どうかした? 」
もしかして……夢?
どうしていいかわからないでいると、海斗が目の前に来て、次の瞬間……抱きしめられる。
温かい……確かに感じる海斗の温もりと腕の感覚。
夢じゃ……ないの?
「なんか怖い夢でも見た? 」
怖い夢……確かに怖かった。
海斗が倒れて、一人ぼっちになって……タマと会えたけど、それも少しの間だけで……。
あっちが、夢だったの……?
優しく髪を撫でられた私は、コクリと頷く。
海斗だ……優しくて、あったかくて……いつも私に幸せをくれる……本当に海斗だ。
海斗の背中に腕を回す。
久しぶりだなぁ……。
こんな風にゆっくり、海斗といるの。
「はるちゃん、海斗、時間ないよ? 」
海斗を満喫しているところで、タマがぼそっと呟く。
「そうだった。また遅いって怒られちゃうね」
笑いながら腕を解く海斗。
本当に、何も無かったかのような穏やかな朝。朝食を済ませて身支度を整える。部屋も洋服も、おかしな事はなにもない。やっぱりこれは……夢じゃなくて現実、なのかもしれない。
長い夢だったな……。
「じゃあ、行こっか」
「うん。タマ、行ってくるね」
「は~い、二人とも気をつけてね~」
海斗と二人で家を出て、エッグに乗り込む。
「ちょっと遅れてるから、急ごっか」
「急ぐって? 」
海斗が何かボタンを押すと、エッグは浮き上がる。
「ん……? 」
地下をすごいスピードで駆け抜け、地上に出たエッグは、空高くぐんぐんと昇っていく。
「何これ!? 空飛んでるの? 」
「うん。急いでる時は空のが速いんだって」
ニコッと嬉しそうな笑顔。
ある程度の高さまで来たのか、エッグは上昇を止めて前進を始めた。
「すごーい! 」
街を見下ろすと、人も建物もちっちゃく見える。
本当に、今、空飛んでるんだ……!
「もうすぐ着くよ。間に合いそうだね」
「よかったぁ」
微笑んでくれる海斗に私も笑顔を返す。海斗と一緒にいられる毎日、戻ってきたんだ……。
ガタッ!!
「何、今の!? 」
大きな音を立ててエッグがぐらつくと、視界が大きく歪む。
落ちる……!!
「わっ!? 」
ベッドの上……!? なんで?
しんと静まり返った部屋。
「タマ……? 」
返事はない。
「海斗……? 」
空を飛んでいたはずなのに……なんでベッドの上にいるんだろう。
暑いな……。
外を見ると、カーテンの隙間から強い陽射しが漏れている。
時刻は11時、日付は……タマが来てから6日目。
夢……だったんだ。
昨晩、タマと最後の夜を過ごして……ちゃんと“またね”ってお別れしたのに、あんな夢見たら余計に寂しくなる。
「起きなきゃ……ね」
少し痛む頭をおさえてリビングのソファに座ると、今度は月明かりのライトが目に入る。
海斗も……あんなにリアルだなんて。
はぁ……。
溜め息が部屋中に響く。
部屋の空気も重いし……頭も痛いし……ずっと夢の世界にいたい。ソファにぐったりもたれると何かが髪に触れた。手に取ると、昨日脱ぎっぱなしにしたシャツ……。
「もう……! 」
仕方なくシャツを掴んで立ち上がり、片付け始める。部屋を換気モードにして、重い空気を入れ替えたら、出しっぱなしの衣類をまとめて洗濯をする。
“この部屋は最先端のテクノロジーが集められています”
水野さんが説明していた通り。
洗濯もひとまとめに洗濯機に入れれば、仕分け、洗濯、乾燥、畳みまで全部やってくれるし、ベッドだって全自動で日乾しできる。あっという間に部屋は片付き、機械の力できれいになっていく。
“機械に依存する暮らしは嫌いだ”
伯父さんの言葉が、浮かんでくる。
機械だって、タマみたいに癒やしてくれる存在もあるからそこまでは思わないけど……なんだか頑張った達成感がない気もするのは事実。
「もう少し……時間がかかると思ったんだけどなぁ」
静かな部屋にいると、どうしてもひとり言が増える。
シャワーを浴びて着替えを済ませ、汗ばんだ身体をスッキリさせると、クローゼットからシーツを取り出して交換する。
「よし! 」
私は料理より、洗濯や掃除の方が好きで島にいる頃はなんとなく掃除、洗濯担当という感じだった。
楽しかったな、あの頃。いつも二人で一緒にいて、ほとんどの事は二人でやっていて……この街にいたら過ごせなかった時間を過ごしていた。
あの時の分、今ちょっと離れているだけ……海斗がちゃんと戻って来てくれたらきっとそう思える。
真新しいシーツに包まれたマットレスは、気持ちよさそうだけど真っ白で、ちょっと寂しい。
「あれ……出そっかな」
クローゼットからお気に入りのガーゼケットを取り出すと懐かしい模様に心が落ち着いた。カラフルで、このシンプルすぎる部屋には合わないかな。
ベッドに掛けてみると意外と部屋に調和して、ちょっと嬉しくなった。
“遥、それ好きだね”
海斗の声が聴こえた気がした。
少しだけ明るくなった部屋で一人、食事を済ませて勉強を始める。水野さんに教えてもらったデータベースに入る。
昔、よく行っていた図書館はもうないらしく、書籍や様々な研究資料は全てこのデータベースに入っているそうだ。効率的かもしれないけど……味気なく感じながら検索していく。
「わっ……! 何これ? 」
検索ワードを入れた次の瞬間、気づいたら巨大な図書館の中にいた。壁一面に広がる重厚な本棚には、本がびっしりと詰まっている。
目の前の本を試しに一冊、手にとってみると読めるし……本のざらっとした手触りも重みもこの手に伝わってくる。文章を辿っていくと、ロイドが生まれる事になった経緯について書かれている事がちゃんとわかる。
辺りを見回すと他にも人がいて、本物の図書館に来たみたい。とりあえず、ロイド関連の物と人体について書かれた書籍とを数冊借りてデータベースから離れた。
また、見慣れたいつもの部屋。今朝の夢と言い、今の図書館と言い……何が本物で何が偽物なのか分からなくなりそう。
そういえば、この間の遊園地も仮想空間だったし、これからは仮想空間で何でも出来る時代に……なっていくのかな。
“これからもっと変わります”
水野さんの言葉通りかもしれない。日本に……この街に帰ってきたからには、その流れに付いていかなきゃいけないのかな。
海斗に付いていく。
海斗といればどんな事だって乗り越えられる……そう思っていたのに。
その海斗といられなくなるなんて……。
私、これからどうしたらいいんだろう。どうしたら……海斗の目が覚めて、今まで通り暮らしていけるんだろう。
その為なら何でもする。
それなのに……何をしたらいいかすら分からないなんて……データとして保存されている、さっき借りてきた本を眺める。
読んだら……何か分かるのかな。
また、溜め息が部屋に響く。
やるしかない、今は……何が役に立つのか分からなくても。
仕事で勉強したロイドの構造は、あくまであの会社の物。他の会社のロイドや……個人が作ったロイドの構造はまた違うかもしれない。
私が、知らなきゃいけないのは……草野英嗣の作った……海斗の構造。
胸がぐっとえぐられるような感じがする。
海斗の……構造……調べれば、あのレントゲンに近い物が見つかるかもしれない。
画面に張り付いた私は、全部で何十万字になるか分からない膨大なデータを、一字も見逃さないように調べ始める事にした。
「おい! 俺だよ、早く開けろ! 」
あれからどのくらい経ったのか、部屋中に響くうるさい声で気がついた。
「どれだけ叫ばせんだよ」
大人しく玄関を開けると、相変わらず不服そうな内藤さんが入って来た。何も言わない私に目もくれず、洗面所に入っていく。
「タマの事、ありがとうございました」
どんな態度を取られても今回はちゃんとお礼を言うと決めていた。
「一週間、ちゃんと話せたか? 」
「はい……昔と同じように話せました」
「よかった……帰って確認してみるが、成功なら完成体にして渡せるかもしれない」
「完成体……」
「まぁ、あまり期待せずに待っていてくれ」
「はい……」
「後は、あいつだな」
内藤さんはそう言うと、何か考えるように私を見る。
「何ですか……? 」
「調べてるのか、あいつの事」
テーブルの上のメモや画面を見られたらごまかしようがない。
「はい」
「俺を信じられないか? 」
「そういう事じゃありません。何もせずにただ待っているなんて……私にはできないだけです」
切れ長の瞳は……私を凝視していたと思ったらふと視線を外して鞄から何かを取り出した。
「少しでも信じる気があるなら……俺に付いてきてほしい」
「どういう……事ですか? 」
内藤さんが差し出したのは内藤さんと同じ作業着……もしかして……。
「俺は、お前の気持ちを信じる事にした。付いてくる気があるならこれに着替えて、男に見えるようにして来てくれ。10分だけ……下で待ってる」
内藤さんが出て行った後、作業着を見つめる。
“深入りしなければ、普通に暮らしていける”
付いていけば海斗に会えるかもしれない。
でも怖い……今度は命まで、狙われるかもしれない。
今朝の海斗の笑顔が浮かぶ。
怖いけど……変えたい、夢じゃなくて現実に。海斗と、ずっと一緒に生きていく、そう決めたから。
指輪を外してネックレスに通す。
男に見えるかは分からないけれど、慣れない作業着に身を包んで髪はまとめて帽子にしまった。
私じゃないみたい……鏡の中の自分を見つめる。
不安も恐怖も、もちろんある。
でもそれでも海斗に会いたい……その一心で内藤さんの元に向かった。
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