第24話 懐かしい朝


「はるちゃん! はるちゃん、朝だよ! 」


 タマの声が頭に響いて目が覚めた。懐かしい朝……なんて言っている場合ではなさそう。


「遅刻しちゃう!! 」


 昨夜タマと話し込んでいたからか、いてくれる甘えか、大丈夫と思っていたのに寝坊してしまった。


「雨用のお洋服着てってね! 荷物は? 忘れ物ない? 」

「うん、大丈夫! 行ってきます! 」

「気をつけてね、いってらっしゃい! 」


 あ……! 


 また、同じ。


「タマ、ありがとね! 行ってきます! 」

「はるちゃん……帰り待ってるね! 」


 一緒にいた頃、タマとの朝が当たり前でありがとうなんて言った事もなかった。タマがいなくなって後悔したことの一つ。


 後は、急いで店までダッシュする。


 海斗……おはよう。


 通用口に着いた時、反対側にいるはずの海斗に話し掛ける。


 “ロイドだから直る”


 “きっとそのうち帰ってくる”


 夢瑠の言葉やタマに支えられて私はなんとか、海斗がいない今日を過ごす事が出来ていた。



「おはようございます」

「おはようございます」


 でも……水野さんとだけは別。


 あの時、海斗が倒れた時に取り乱したせいか……前より更に素っ気なくなった気がする、それに私も気まずくて話し掛けづらい。


「いらっしゃいませ」


 それでも今日もお客様はロイドショップにやって来る……パートナーを求めて。


「石原様、ご来店頂きありがとうございます」

「いえいえ、今日はひどい雨ですね……濡れないようにロイドを連れ帰れるか心配しています」

「ご安心ください。当社のロイドは溺れさえしなければ濡れても問題ありません。タオルを渡して頂ければ、自分で拭く事も出来ますから」

「そうなんですか。最近のロイドはすごいんですね」


 何故か一瞬……お客様の表情が寂しそうに見えた。


 どうしたんだろう……?


「では笹山さん、席にご案内を」

「は、はい。すみません、石原様。こちらへどうぞ」


 お客様を席にご案内して、前回の感想や雑談に花を咲かせる。この時間も話を盛り上げながらお客様の様子を注意深く観察しなければならない……水野さんが言うには、ちょっとした所にお客様の本心が隠れているから、だそう。


「前に話した彼女ともう少し過ごしてみたいと思ったんですが、レンタルはできるんでしょうか? 」


 意外と早くお客様から提案してもらい、思った以上にスムーズに話がまとまっていく。前に庭園で話したレイカというロイドをレンタルして、石原様は帰っていかれた。


「ありがとうございました」


 ほとんど話すことのなかった水野さんに、一応お礼を言う。


「丁寧なのはいいですが、慎重になり過ぎです。途中で2回、お客様が時計を見ていました」

「すみません……気づきませんでした」


 ため息をつく水野さんに……そんなにだめだったかと不安が生まれる。お客様はどう思われたんだろう。


「話があります」


 そう言って唐突に歩き出す水野さん。


 さっきのカウンセリングがそんなに駄目だったのか、それとも何か怒らせたのか、今日は特に機嫌が悪い。


 連れてこられたのは例のスタッフルーム。


「座ってください」

「はい……」


 大人しく水野さんの正面に座って待つけれど、黙って端末を眺める水野さんが、何か話し始める様子はない。


「あの……? 」

「5件にしましょう」

「はい? 」

「石原様を含めてあと4件、受け持って頂きます」

「え!? 4件もですか? 」

「はい、大した事ではありません。もっと経験を積まなくては」

「はい……」

「石原様に加えて明日10時、明後日14時と16時に一件ずつ新規のお客様を担当、それと佐原様もあなたが担当してください」

「樹……佐原様もですか? 」


 樹梨亜はもう5年前から水野さんが担当しているはず。


「お客様との関係はずっと続いていくのですから、オーダー後の保全カウンセリングも覚えなければなりません。佐原様ならあなたの良い教材になってくれるでしょう。佐原様には既にお話しましたが、不慣れなのを承知の上で引き受けてくださいました。技術的な事は内藤がサポートするので聞きながら勉強しなさい」

「はい……分かりました」


 一件担当するごとにどれだけ準備や勉強がいると思っているんだろう、ただでさえ資料を持ち帰れなくて時間が足りないのに。


「あの……」

「何か? 」

「準備や勉強にもっと時間が欲しいのですが資料はどうしても持ち帰れませんか? 」

「はい、持ち帰れません。規定違反です」


 本当に人間かと思うほどの機械的な返答。


「残れる場所もありませんか? 」

「はい。ショップだけでなく、バックルームも全て施錠されるので」

「そうなんですか……」

「あなたは合理的に効率良く行う事が苦手だから、時間が足りないのです。一体どんな資料を持ち帰って何の勉強をしたいのですか? 」


 何だか馬鹿にされているような気がする。


「カウンセリングの練習と各種ロイドの構造や特徴の勉強です。まだ説明出来るようになっていなくて……それに、新規のお客様を受け持つのであればそれぞれのお客様にどんなご案内をすべきか検討する時間も必要です」

「プランの検討は自由時間に出来るでしょう。カウンセリングの予定がない時間もあるはずです。スタッフシステムからカタログも見られますし。カウンセリングの練習は、お風呂の中ででもしなさい」

「え? お風呂の中……ですか? 」

「イメトレが有効です。まさか、原稿なんて作ってませんよね? 」

「作ってます……」

「どうりで……そんな事だからお客様の想定外の発言に対応できないのです。そのままでは何件も受け持つなんてできませんよ」

「はい……」

「そこまで教えなかった私にも責任があります。仕方ありません、この先あなたに一人前になってもらわないと困るのです。もう少し特訓します」

「え!? 」

「ロイドの構造や特徴を学び切るのは難しいことですから自分で学べるようにデータベースの繋ぎ方を教えます。あと、カウンセリング準備に関しては……私が独自にやっているシートがあるのでそれを使ってください」

「え……いいんですか? 」

「そこまでするからには1ヶ月後には完璧に独り立ちしてもらいます。そのつもりでいてください」


 水野さんの強烈な視線の通り、その後は今まで以上のスパルタ特訓になってしまった。準備の悩みがなくなったのはいい事だけど……終わった頃にはどっと疲れていた。


 この間、研修が終わったばかりだったのに、またスパルタ特訓……それが終わったら担当をたくさん持ってカウンセリングの毎日。


 向いてないのは分かる……このまま、続けていけるのかな。とぼとぼと一人歩く帰り道、疲れからか先の不安まで頭をもたげる。


 海斗と生きていく……その為に決めたはずなのに。


 海斗に……海斗に会いたい……。







「ただいまー」

「おかえり、はるちゃん」

「タマ……」

「はるちゃん? どうしたの? 」

「ううん、なんでもない。ただいま」


 タマが居てくれなかったら私……どうなっていたんだろう……本当は、頭がぐちゃぐちゃで、動けなくなりそう。


 海斗……。


 頭の中でずっと海斗って呼んでる私がいる。


「はるちゃん? 」

「んー? 」

「大丈夫? 」

「うん、ちょっと疲れちゃっただけ」

「今のお仕事大変なの? 」

「まだ始めたばっかりなんだ、だから覚える事たくさんでね……」


 そういえば昔も、こんな風にタマに話を聞いてもらってたな。結局……私は何にも変わってない。


「ハールちゃん! 」


 もうひとり、私をハルちゃんと呼ぶその声が聴こえた。


「あれ? 夢瑠だ」

「夢瑠ちゃんの声だぁ、わーひさしぶり」


 タマが嬉しそうにしているのを聞きながら玄関へと出て行く。


「ハルちゃん、こんばんは」

「あれ? 夢瑠一人なの? 」

「うん、今日ね、お兄ちゃん帰り遅いんだって。一人じゃつまんないから晩ごはん一緒に食べよう? 」

「うん、いいよ、上がって。何か作ろっか? 」

「たまにはデリバリーしない? いっぱい頼んでパーティーしようよ! 」

「夢瑠ちゃん、ひさしぶりだねぇ~」


 夢瑠がリビングのソファに座った時、ちょうどたまが話しかける……夢瑠はびっくりしたのか、一瞬固まった。


「タマ、夢瑠びっくりしてるよ」

「た、タマって……あの、タマ? 本当にタマなの? 」

「そうだよ、夢瑠ちゃん。お兄ちゃんと結婚したんだってねぇ~」

「えっ! 本当にタマだぁ! やだぁ~ひさしぶり~! 」

「夢瑠ちゃん、ひさしぶり~。キレイになったねぇ~。びっくりしちゃったよぉ」


 夢瑠がタマと話すのを微笑ましく見ていると、その夢瑠が疑問の目を私に向ける。


「タマって、壊れたんだよね? この子、新しいタマなの? 」

「ううん、直してもらったの。まだお試しの段階なんだけどね」

「直ったの!? 昔の事とかも覚えてるの? 」

「もっちろん覚えてるよ! 夢瑠ちゃんが苺食べれないのも知ってるし~、国語は大得意なのに社会が苦手で、墾田永年私財法を寒天永遠不滅の法とか言ってたのもね! 」

「やだぁ~、そんなの忘れてよ~」

「すごいよ、タマ。そんな事まで覚えてんの!? 」


 まさかそこまで昔のデータが残っているなんて、思わなかった。


「さぁ! そんな事よりパーティーするんでしょ? デリバリー何頼むの? 」

「そうそう、夢瑠は何食べたい? 」

「えっとねぇ~」


 場所は違っても、タマと夢瑠と過ごす時間はやっぱりどこか懐かしくて、癒やされる。


「兄貴、迎えに来ないの? 」

「う~ん……まだもう少しかかるみたい」

「じゃあ……泊まってく? 」

「え!? いいの? 」

「もちろん! 」


 3人の夜はまだ続く。


 ここに海斗がいないのがたまらなく寂しい。どうしても考えてしまう……会いたくて……会えなくて……こんな日々が、いつまで続くんだろう。


 夢瑠が眠るその隣で、考えるのは……海斗の事。


 タマと夢瑠の再会を見て……ふと思う。そういえば海斗とタマは、まだ話した事がない。



 もし……海斗とタマが話したら、どんな風になるんだろう。仲良くなれるのかな。


 タマとも海斗とも、ずっと一緒にいられたら……幸せだろうな。更けていく夜、海斗とタマと過ごす日を夢見て瞼を閉じた。


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