第17話 星空と約束


 それから二週間、変わらない現状に焦りながら、自分なりに考えて海斗が楽になるよう頑張ってきた。でも二人とも激務が続いて疲れが溜まって、二人で過ごす時間も会話さえも……減っている気がする。


 そして今夜も。


 やっぱり……帰ってない。


 仕事から帰ってきて、明かりのついてない部屋を見上げる。ため息をつきながらエレベーターに乗り、部屋を目指した。


「おかえり!! 」

「わっっ!! 誰? 」

「海斗? 電気は? 」


 真っ暗な中で声の主を探す。


「俺だよ、ちょっと暗すぎたかな」


 少しだけ暗闇が薄くなる。


「海斗!? 帰ってたの? 」

「うん。驚いた? 」

「驚いたよ! なんで帰ってるのに電気つかないの? 故障? 」

「いいからちょっとこっち来て」


 いつもより少し弾む声、海斗は私の手を掴むとゆっくり歩き出す。


「どうしたの? 何かあった? 」

「いいからいいから」


 爆音の次に暗闇が苦手な私は不安で、歩く間も話し掛けるけど海斗はずっと笑うだけ。


「開けるよ」


 海斗の手が離れて暗闇が切れる。


「うわぁ……すごい……」


 ドアが開いて、目の前に現れたのは見渡す限り一面の夜空。


「きれい……」


 煌めく星の粒達は触れられそうなほど近くて、まるで夜空に浮かんでいるみたいで。


「星が、集まってる」

「天の川なんだ、七夕にはまだ少し早いけど綺麗だよね」

「うん……」

「それから、月もちゃんとあるんだ」


 海斗の手には丸い月のルームランプ。


「かわいい」

「よかった、喜んでもらえて」


 ほっとした様子の海斗……月明かりに照らされて表情もちゃんと見える。


「ありがと」


 こんなサプライズを用意してくれていたなんてうれしくて、胸が暖かくなってきて、ぎゅっと抱きつく。


「どうしたの? 」

「だって……会えなくてさみしかったんだもん」

「うん、俺も寂しかった」


 抱きしめ返してくれる海斗。


 幸せ……。


 包み込んでくれる腕も、温もりも心地よくて、嫌なことも全部溶けていく。


 ずっと……こうしていたい。


 そう思うのに、離れていく海斗。


「お腹空いたでしょ、ご飯にしよう」

「うん」


 星空に浮かびながら海斗と夢のようなディナー。海斗特製の豪華な料理も……忙しい中で準備してくれたと思うと、胸がいっぱいになる。


「これ全部海斗が作ったの? 」

「うん、遥に美味しいの食べてほしくて、ちょっと頑張ったんだ。食べてみてよ」

「うん。いただきます! 美味しい! すっごい美味しいよ! 」

「本当に? よかった」


 うれしそうに海斗も一口頬張る。


「うん、うまい」


 二人で笑いあってご飯を食べる、それだけでロイドショップも変な人達の事も頭から消えて無くなっていく。


 一面の星空の下、月明かりに照らされて……海斗と二人っきり……嬉しい。


 気づくと、海斗が私を見て微笑んでいる。


「どうしたの? 」

「遥が美味しそうに食べてる所、好きだよ」


 一瞬で顔が沸騰しそうになる。


「海斗って……そういうの、ほんとズルい」


 甘いムードの中、優しい微笑みでそんな事言うなんて。


「え? そうなの? 」


 ズルいの意味が分かってない海斗。そんなの……こんなムードの中でそんな事言われたらどんな女の子だって一瞬でメロメロになってしまうと思う。


「あんまり見ないで。恥ずかしいよ」


 恥ずかしくて、ドキドキして、味がわからなくなりそうで……ライトを暗くして表情を隠した。







 そうして、豪華に並んでいた料理を平らげた後は、満天の星空をゆっくり眺める。


「きれい……」

「うん」


 海斗の肩にもたれて寄り添い合う。うっとりするような、心が溶けていくような静かな時間。


 島にいる時はずっと一緒にいて、毎晩こうしていられたのに。


 懐かしい……な。


「遥」

「ん? 」


 なぜか込み上げる切なさを消すようにまどろんでいると、耳元に海斗の優しい声。


「話があるんだ……聞いてくれる? 」


 海斗の肩が揺れる。


「どうしたの? 」


 さっきまでくつろいでいたはずなのに……急に改まって大きく深呼吸する海斗。


 どこか、意を決したという感じに見える。


「海斗……? 」

「俺と……結婚してください」

「え……? 」


 突然の言葉に頭が追いつかない私に、海斗がポケットから出したのは……四角い、小さな箱。


「ずっと前から考えていたんだ。いつかちゃんと言おうって」


 一つ一つ、気持ちを込めて紡いでくれる言葉に、騒ぐ頭を抑えて頷く。


「難しい事……色々あると思う。遥に迷惑をかけたくない気持ちも、変わってない。でも……この先も遥とずっと一緒にいたい、遥と……ちゃんと家族になりたいんだ」


 暗くてもわかる、海斗の真剣な瞳。


 出逢った頃よりずっと大人びた私の、大切な人。


 色んな事があった。


 いつも叶わなくて、何か問題があって……ただ一緒にいる、それだけをずっと願ってきて、今もまだ引き離されないか怯えていて。


「いきなりごめん、驚いたよね」


 結婚……家族……そんな事より海斗を選んだ、そのつもりだった。でも目の前の大切な人は……私と結婚したいと、本気でそう思ってくれていたんだ。


「遥……泣いてるの? 」

「ごめん、違うの……その、びっくりして……」


 ちゃんと返事しなきゃいけないのに、言葉より先に心が溢れてくる。


 海斗が好き。


 離れるなんて、きっとこの先も考えられない。だから……真剣に応えたい。


 涙を拭って、私も深呼吸する。


 そうして……海斗の瞳を見つめる。


「海斗、ありがとう。すごく嬉しい。私ね……海斗といられるだけで幸せだって、ずっとそう思ってたの。だからまさか、こんな風に言ってもらえるなんて思ってなかった」


 海斗の瞳に私が映る。


 満天の星空に包まれて、今、未来を誓う。


「私も……海斗と家族になりたい。いつまでもずっと、仲良く暮らしていきたい」

「遥……それって」


 大きく頷く。


「よろしくお願いします」

「本当に……いいの? 」

「うん! 」


 海斗が私の手を取って……ゆっくり指輪をはめてくれる。左手の薬指にぴったりはまるシルバーリング。


 小さな石が星粒のように光る。


「よかった……」


 心の底からほっとした、そんな海斗の声。笑顔で見つめ合うと優しく抱きしめてくれる。


「断られたらどうしようかと思った」

「そんなわけないでしょ」


 好きの代わりに強く抱きしめ返す。


「今度みんなに会ったら、結婚するって言っていい? 」

「それはだめ」

「えー、なんで? 」

「今はまだね」

「そうなの? 」

「夢瑠の結婚式があるし、それが終わってからにしよう、ね? 」

「そっか。じゃあ、楽しみに待ってる」


 離れたくない……抱き合ったまま、おしゃべりするなんてなんか変だけど、今はこうしていたい。


「俺達もしようね、結婚式」

「するの? 恥ずかしいよ」

「しようよ……俺さ……」


 さらりと髪を通る指。


 少し離れた身体……できた距離がもどかしくて見つめると、唇がそっと触れて離れていく。


「俺、欲張りだから……色んな遥を見てたいんだ。二人で、色んな事して色んな所行って、たくさん思い出作ってさ、そんな風に過ごす未来が欲しいんだ」


 海斗と二人の未来……そんな事を考えられる日が来るなんて。


「海……」


 遮られて塞がれる唇。強くて切なくて、胸がぎゅっとされるみたい。


 触れられるところ全部が……気持ちよくて、力が抜けていく。


 手を繋いで、抱きしめてキスをして……そこから先が出来ない分、たくさん触れ合ってきた。こんな事言えないけど……それが寂しいと思う事もあった。


 でも……そんな事、もうどうでもいい。


 ゆっくりと、唇が離れる。


 私達の初めてのキスはさよならのキスだった。でも今夜のは……これからずっとの始まりのキス。


 見つめ合うとなんだか恥ずかしくて、笑ってしまう。


「大好き」


 今度は……ちゃんと言えた。







 満天の星空は一晩ついていてくれる。眠る頃になってもまだ目が冴えている私に、海斗が教えてくれた。


 海斗と寝転んで星空を眺める。


「きれいだな……」

「うん……ほんとにきれい」

「星空の下で言おうって決めてたんだ、本当は……一緒に見たい星空があって」


 見たい星空。


「今は無理だけど、いつか……自由になったら一緒に行こう」

「うん、一緒にね」


 海斗が見たいのは……きっとあの星空で、私も少しだけ恋しくなっている……あの場所だと思う。


「捕まえた」


 私の右手を、海斗が包み込む。


「捕まっちゃった」


 海斗の手が……肩が、こんなに近くにある。温もりも、優しい微笑みも……今の私はそれが一番大切で、何にも変える事のできないかけがえのない物。


 守りたい。


「海斗、あのね……」


 返事はない。


 隣を見ると、もう海斗は寝てしまっていた。


「ありがとう」


 もう離れられないよ、海斗に捕まっちゃったからね……思いもよらない方向に転がっていく人生も怖くない。そう思っている事、ちゃんと伝えよう。


 海斗が幸せに暮らせる国に行こう。


 例え……二度と帰ってこられなくても。



「ずっと一緒にいようね」



 疲れた寝顔に、誓った。



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