第18話 優しい時間
「ご用意出来ましたのでこちらへ」
店員さんの優雅な身のこなしに少し緊張しながら、私は樹梨亜と白いカーテンの前に通される。
「夢瑠さん、開けますね」
カーテンが静かに開けられると、純白のドレスに身を包んだ花嫁がいた。
「どう……かな? 」
「綺麗だよ、いつもの夢瑠じゃないみたい。ねぇ、遥」
「うん、よく似合ってる」
タイトなシルエットが大人っぽくて、上品で。
「今、夢瑠さんが着ていらっしゃるのはマーメイドという身体のラインを上品に見せてくれるスタイルなんです。ドレスはスタイルで全く違う雰囲気になるので他の物も着てみましょうか」
「はい。ハルちゃんと樹梨ちゃんは着ないの? 」
「花嫁のドレスが先でしょ」
「そうそう、私達のは後でいいんだから今度はもうちょっとふんわりしたの着てみたら? 」
「ふんわり……じゃあ、さっきのお花のドレスも着てみていいですか? 」
夢瑠がそう言うと、白いカーテンはまた閉まっていく。
「やっぱり夢瑠、さっきの気に入ったんだね。遥はどれがいいと思う? 」
「んー……夢瑠が好きなのが一番だけど、レースとかどう? 」
「あー、確かにね。レースならさっき綺麗なのがあったかも……」
「ちょっとよろしいですか? 」
私達の所になぜか夢瑠の担当の人が来る。
「あと二着ほどご試着頂けるのですが、夢瑠さんがお二人に一着ずつ選んで頂きたいそうで……よろしいですか? 」
夢瑠らしいな。
「樹梨、出番らしいよ。取っておきの一着、選んじゃいますか! 」
「しょうがないなぁー、じゃあ、やりますか! 」
私達は夢瑠にとって特別な一着をそれぞれ選ぶ事にした。
夢瑠……どんなのが好きかなぁ。
とにかく広いドレスルームをぐるぐると、かかっているドレスを一着ずつ見ていくけれど、夢瑠が着た時のイメージがなかなかつかめない。
洋服選びと違って難しい。昔、学生の頃に夢瑠の服を樹梨と一緒に選んだ事を思い出す。うちのクローゼットでファッションショーみたいにあれこれ着ては騒いだっけ……。
それがいつの間にか私達、こんな純白のドレスを選ぶ程、大人になったなんて……物思いに耽りながらドレスを見ていく。
今日は、夢瑠の結婚式の為にウェディングドレスを選びに来た。あと2週間で夢瑠は……兄貴のお嫁さんになる。
あるドレスに心を惹かれて手に取ってみる。
ピンと来ると、他の物はもう考えられなくなって店員さんを探す。少し遠くで樹梨亜と話しているのを見つけて、終わるまで待つことにした。
それにしてもウェディングドレスってこんなにあるんだ……辺りを見回すと、とても綺麗で華やかなドレスを着たボディが目に入った。
すごく綺麗……。
思わず近寄ってみると、目の覚めるような白の上に柔らかなオーガンジーが重ねられていて、うっすらと虹のような光まで纏っている。
「美しいでしょう」
後ろから声がする。
「は、はい。すごく素敵ですね」
「新作のオーロラホワイトと言うんです。オーガンジーの柔らかさを残しつつ、最新技術でオーロラの光を織り込みました。きっとお似合いになると思いますよ」
「そうですね……きっと夢瑠に似合うと思います」
「そうではなくて、お客様にです」
「え? 私ですか? 」
「はい。夢瑠さんにはそちらの方がお似合いだと思いますよ」
私が持っているドレスを優雅な仕草で指し示し、受け取ってくれた。
「お持ちしますね」
「お願いします」
その人は、ご予定があれば是非と言って立ち去っていく。ご予定……か。
「俺達もしようね、結婚式」
昨夜の海斗の言葉が浮かんでくる。
本当に……するのかな、結婚式。男勝りてドレスなんて似合わないこの私が……ウェディングドレスなんて。
側にある鏡に……自分の姿が写る。
「はるかー、何してんの? 」
遠くから樹梨亜が呼んでいる。
夢瑠の着替えが終わった合図だと思い、二人の元へ急いだ。
「よかったね、ドレス決まって」
「うん、樹梨ちゃんとハルちゃんのおかげ。ありがとう」
頭をぺこっと下げる夢瑠。
「いえいえ。夢瑠の大事な日ですから、なんでもお手伝いしますよ、ねぇ、遥」
「そうそう、一生に一度だからね」
ドレスを決めた私達は式場に併設されたカフェでお茶を飲みながら、ゆっくりと過ごす。
「ハルちゃん、お兄ちゃんにはまだ内緒ね」
「わかってるわかってる。夢瑠が思うほど仲良くないから大丈夫だよ」
「なんか変なの」
「ん? 何が? 」
私達を見ていた樹梨亜がぽつりと呟く。
「夢瑠が遥のお姉ちゃんになるんだよね……どう見ても妹……」
「まぁ、それは戸籍の話だし私達は特に何も変わらないよ、ねぇ夢瑠? 」
「うん! ハルちゃんの優しいお姉ちゃんになれるよう頑張る」
あれ? 夢瑠その気になってる。
「なんか、みんな家族になっちゃうんだ。だってこれでハルカイトが結婚すると夢瑠と海斗君も義理の姉弟……だよね? 」
結婚というワードにギクッとする。まだ言えない、絶対に言えない。
「ハルカイト? 」
「あ、家で煌雅と話すのによくそう言っちゃってて……ほら、海斗君って言うと梨理がうるさくて」
「それって……名前くっつけただけ? 」
珍しく、夢瑠が樹梨亜にツッコミ入れてる。
「うん、まぁね、でもいいでしょ。なんかセットみたいで」
気にせず笑う樹梨亜。セットって……昔から樹梨亜はネーミングセンスがちょっと微妙なんだよな……でも夢瑠が話をそらしてくれて助かった。
「あーぁ、それにしてもハルちゃん達も結婚するなら一緒に式できたら良かったのになぁ~。ねぇ、ハルちゃん」
「えっ、そんな私達まだ全然そんなんじゃないから」
「夢瑠、遥が動揺してるよ」
「ほんとだ……ハルちゃん、また私達に隠し事してるでしょ」
二人が疑うような目で私を見始めて、なぜか知っている素振りを見せる。
「夢瑠の次は遥だからね! 今日こそどうなってるかちゃんと聞かせてもらわないと! 」
「さぁ、夢瑠お姉ちゃんに話してごらん? 」
まだ言えないのに、二人の視線がじーっと私に集まって……どう逃げたら。
「べ、別に、海斗も仕事忙しいし、一緒には暮らしてるけど結婚とかはまだ……」
「あー!! 嘘ついたー! 樹梨ちゃん、ハルちゃん言いたくないのかな? 」
「しょうがないなぁ……じゃあ聞くけど、その左手の指輪は? 誕生日とかじゃないでしょ」
左手……あ!! しまった……。
まさか、こんなミスするなんて……慌てていて今朝、指輪を外すの忘れてた。
「これは……その……」
二人の視線が痛くて自爆しそう、ごめんね、海斗。
「海斗からもらった……」
「ほら! やっぱり! 」
「キャーーー! 」
二人の黄色い歓声がカフェに響き渡る。
「ちょっと、声が大きいって。みんな見てるから」
樹梨亜も夢瑠もこういう時だけ相変わらず学生の頃みたい。
「で? なんてプロポーズされたのよ」
「ふ……普通に、結婚してくださいって……」
「やー、すごい、どストレートじゃない。結婚してくださいって……」
「カイ君、ついに言えたんだね。お姉ちゃんは嬉しいよ。それで? 」
「え? 」
「ハルちゃん何て答えたの? 」
「それは……言わなくても……」
「だーめ、言うの。指輪してるって事はOKしたんでしょ? 」
「まぁ……それはそうだけど」
「私も海斗と結婚したい! とか? 」
「海斗、大好き! とか? 」
「そんな事言えないって! 普通だよ……普通によろしくお願いしますって」
「なんだー。愛してるとか幸せにしてねとか言ってないのかぁー」
「ハルちゃん、気持ちはちゃんと言葉で伝えないとだめだよ。お兄ちゃんみたいに普通わかるだろとかダメだからね! 」
「わかってるけど……恥ずかしいし、言わなくても何となく態度で……」
「ほらそれ! 」
あー、夢瑠の地雷踏んだ。このままじゃまずい、話題変えないと。
「じゃあ、夢瑠はどうだったの? プロポーズ。一応、兄貴からしたんでしょ? 」
「そういえば夢瑠のも聞いてないよ? この間、和樹さん口割らなかったからね」
「そ、それは……」
「あーあ……私は言ったのになぁ。夢瑠お姉ちゃん、教えてくれないんだぁ」
「あーあ……私なんて結婚の報告も受けてなかったのになぁ……あーぁ……」
今度は、私と樹梨亜で夢瑠を見つめると、思い出したように顔を赤くする。
「だって……#和__かず__#がいないとご飯も作らなきゃいけないし……寝ちゃってもベッドまで運んでくれる人いないし……書いてる横でメモ整理してくれる人もいないんだもん! 」
え………!?
「えーと……ちょっと待って? どういう事? それってもしかして……夢瑠からプロポーズしたって事? 」
驚いて大きな眼が飛び出そうになっている樹梨亜と……2人の暮らしがリアルにイメージされて、なぜか赤面している私。
「違うよ? 」
「え? じゃあ、それがプロポーズを受けた理由って事? 」
「うーん……なんだろ。何がプロポーズかわかんないけど、指輪も無しにしようってなってるし」
「でも、結婚するってなったんでしょ? 」
「それはね……んーと、何でだったっけ」
「まさか、本当に忘れたんじゃないよね? とぼけてるだけだよね? 」
「さすがに忘れないでしょ。忘れてたら……たぶん兄貴、ヘコむと思う……」
「ちょっと待ってね……えーっと、和が気まずそうな顔して家に来て……そうそう! 思い出した! 喧嘩しててね、もう来ないでって言ったらほんとに来なくなっちゃって。で……ちょっと困ってたら一週間後くらいに来てくれて、掃除しながら……私、してもらってもお返しとか出来ないからって言ったら、だったら結婚してほしいって。それがプロポーズ……になるのかな」
「兄貴、そんな事言ったんだ」
「へぇ……でもまぁ、よかったよね。夢瑠も嬉しかったんでしょ? 」
「勇気ある人だなぁって、こんなの奥さんにするの」
夢瑠は大真面目に言う。たぶん、ご飯も忘れて書いてるような生活の夢瑠とって事かな。
「兄貴は夢瑠の事が大好きだからね。それだけでいいんだよ」
ちょっと意外な二人だけど、夢瑠が照れ隠ししてるだけで兄貴の事、大好きなのはちゃんと伝わってくる。
よかった……色々と。
すごく満たされたような、ふわふわした気持ちで二人と笑う。ずっと続いてほしい私の幸せは、きっとこんな日常だろうなと思いながら午後のひとときを、心ゆくまで楽しんだ。
もしかしたら……長くは続かないかもしれない。海斗を守れる場所はこの街にはないかも。その時はまた、みんなと離れ離れになって、二度と会えなくなるかもしれない。
夢瑠の晴れ姿も樹梨亜の笑顔も、しっかり目に焼き付けておこうと思った。
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