第16話 ゴシップ
頭……痛い。
朝からズキズキと響く頭にげんなりしながら家を出た。昨日、樹梨亜の相手をして飲んだからだ……二日酔いながらも水野さんにしごかれる事を覚悟して来てみると、なぜか姿が見当たらない。
「水野さんが体調不良で欠勤だそうです。笹山さんはこのスケジュールで動いてください」
チーフの鈴木さんに手渡されたメモに目を落とす。ここに来て初めて水野さん以外の人と話した。
「朝一の佐原様は、笹山さん一人で対応する事になりますが大丈夫ですか? 」
佐原……樹梨亜と煌雅さんだ。
「知人なので……でも何をしたら良いんでしょうか? 」
「センターから担当者が来て説明しますから接客だけしてもらえれば」
「分かりました」
樹梨亜とこの姿で会う事を考えると緊張する……知り合いと言ってもちゃんと席まで案内して対応しなきゃいけない。
緊張している間にミーティングも終わり、あっという間に樹梨亜が来る時間が来てしまった。
「おい」
「は、はい」
「何をボーッとしている」
内藤……さん?
「内藤さんこそ、どうしてここに」
「佐原様の担当者だ。お前の接客指導も頼まれてる」
「え! あ、よろしくお願いします」
「来たぞ」
視線の先、ショップの入口に向かって樹梨亜が歩いてくるのが見えた。私も急いで出迎えに行く。
「おはようございます」
「おはよ……あれ? 遥? 」
「今日は水野さんがお休みなので私が対応させて頂きます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
友達に対して仕事の姿を見せるのはやっぱり恥ずかしい。私の様子を見て察してくれた樹梨亜も少し恥ずかしそう。
「席までご案内しますね」
内藤さんが待っている席まで案内して座ってもらい、水を出す。なんとか一連の流れを終えて内藤さんの隣に座った時には、樹梨亜と内藤さんは既に話し込んでいた。パートナーロイドの構造を知らない私は、何の話か全く理解が出来ない。
「では、次回は来月中に予約を入れてください」
「はい、ありがとうございました」
話の内容を掴む前に終わってしまった。
「予約は帰ってから入れるね」
「ありがとう、よろしくお願いします」
樹梨亜は煌雅さんが戻ると一緒に帰っていった。背中を見送りながら何とか一通りの動作は出来たと、ほっと胸を撫で下ろす。
「お疲れ様です」
席に戻り、内藤さんに声をかけると内藤さんは何も言わず、一枚の紙を私に押しつけて、センターへと戻っていってしまった。
手元に残った紙には“終業後、青い小屋”とだけ。
え……?
接客指導を頼まれていると言っていたのに、結局、何も聞けなかった。
「笹山さん、終わったならこっち手伝って! 」
「はい! 」
忙しそうに呼ぶ声、急いで紙をポケットにしまって走った。
なんで今日に限ってこんなに忙しいのか、お客様が多くてあちこちに水を配るだけで午前中が終わってしまった。昼休みになっても残る二日酔い。食欲がわかなくて、なんとなくショップに残る。
「笹山さん、良かったらお昼一緒にどう? 」
声をかけてくれたのは、さっきサポートに入った人……名前、なんだっけ?
「ありがとうございます、でもちょっと食欲が……」
誘ってくれたのは嬉しいけど、まだ頭も痛いし、出来たら少しゆっくりしたい。
「そうなんだ。いいから行こ! みんな話したがってるんだって」
全く話を聞いてなかったのかと思う程、気持ちを無視して腕が引っ張られる。仕方なくついていくと、隣の公園で同じ制服を着た人達の輪が談笑していた。
「連れてきたよー」
その輪が一斉にこっちを向く。
「さぁ、座って座って」
気後れしている間に輪の中に放り込まれた。
「笹山さんだっけ? 」
「は、はい。よろしくお願いします」
「ねぇ、若そうに見えるけどいくつー? 」
「29です。今年30に……」
「え、うそー、26ぐらいかと思ったのに」
「私当たりー。水野さんにそんな若い知り合いいるわけないじゃん」
口を挟む間もないくらい、おしゃべりが弾丸のように飛んでくる。正直、女子の集まりって……苦手。
「ねぇ、水野さんの知り合いって言ってたけどどういう関係? 」
「えっ……」
プライベート詮索しちゃいけないんじゃなかったのかな、水野さんに言われた事を思い出す。
「友達の付き添いでよくショップに来てて……それで知り合ったんです」
「あぁ、友達って朝来てたお客様? 」
「はい」
「なぁんだ、そうだったんだ」
「てっきり怪しい筋の人かと思った」
「私はどうせオーナーに頼まれたんだろうなって思ってたけどね」
怪しい筋……オーナー……それってもしかしてあの組織の……この人達何か知ってる……?
「オーナーが愛人にそんな事頼むわけないでしょ~」
愛人?
「あの……」
「あ、ごめんね~、来たばっかりだから知らないよね」
「あの人、影で何やってるか分かんないから気をつけた方がいいよ~」
「ナミ、はっきり教えてあげないと笹山さんわかんないでしょ、あのね、水野さんはオーナーの愛人なの」
「そう……なんですか……? 」
「そうそう、だから何でも許されるの。成績だって一番じゃないのにショップ仕切ってるのあの人だし、センターの人たぶらかして自由に出入りしてるし」
「私ね、何度も見てるの、水野さんがこの建物の裏手にある怪しげな場所に通ってオーナーに会ってるの。絶対に汚らわしい事してるんだって」
「あり得ないよね、ちゃんとパートナーもいるのに愛人なんて。罰せられないのが不思議でしょ」
怪しげな場所ってまさか……青い扉のあの小屋が脳裏に浮かぶ。
「だから忠告しといてあげる、あの人に深入りしないほうがいいって」
「まぁ、私達があれだけいじめてればそのうち辞めるでしょ。それまで適当に教わってればいいんだからね」
「はい……」
「ちょっと、あんなのの話してたらもう休憩終わっちゃうよ!? 」
「えっ、まだ食べ終わってないよ」
「食べてなくてももう行くの! 」
色々言われて混乱している……愛人……水野さんが。
ただの噂……だよね?
ゆっくり考える暇も無く、午後もびっしりスケジュールは埋まっている。あちこちにお茶を出して回り、最後に鈴木さんのカウンセリングに同席して一日が終わる。
もっと勉強になるかと思ってたけど、忙し過ぎてなんにも分からなかった……閉店後の片付けを済ませてロッカーへ向かう。制服を脱ぐとポケットからひらりと何かが落ちた。
忘れてた……青い扉のあの小屋……。
何で水野さんがいない日に私が呼ばれるんだろう、さっきの接客について? それならわざわざ呼び出してまで言うことじゃない。
行かなかったらどうなるんだろう。
会いたくもないのに着替えを済ませた私は、あの小屋に向かう。海斗があの人に何かされたら……そう思うと逆らえなかった。
「遅い」
小屋に入るなり飛んでくる怒りの声。
「すみません」
謝っても、何も言い出そうとしない内藤さん……口を開いたのは私の方だった。
「用件はなんですか? 午前中の接客の事でしょうか」
「海斗の事だ」
「海斗が何か? 」
「これは……どういうことだ」
内藤さんが差し出したのは私が海斗についてまとめたもの。
「どういう事って……言われた通り、海斗についてまとめた物です」
「まとめたって……これは嘘だろう、これじゃあ……まるで人間じゃないか」
「当たり前です。海斗は人と同じように食事もすれば睡眠もとります。だから、他のロイドと同じように働くのは無理があります」
「はぁ……」
大きなため息と共に頭を抱える内藤さん。
「水野さんは知っていたはずです」
「確かに、人と社会生活を送る事を目的として作られたアンドロイドだという事は聞いた。ただ、電源もなくロイドとしての構造もよく分からないなんて……そんな得体の知れない物だとは聞いてない」
得体の知れない物……一瞬、あの人の、海斗のお父さんの言葉と重なる。
「海斗は得体の知れない物なんかじゃありません!! 私からしたらこんな所でこそこそしてるあなた達の方がよっぽど得体が知れないですよ! 」
「声が大きいぞ……そんなに怒らなくたっていいだろ」
「怒りますよ! 海斗だって好きでロイドになったわけじゃない、悪いのは海斗でも私でもなく海斗の父親でしょう? 人間としてもロイドとしても馴染めない海斗が一番生きづらいはずなのに……それを得体の知れないだなんて酷すぎます! あなた、ロイドを世に送り出す会社にいるのにロイドの味方じゃないんですか!? 」
あまりに許せなくて、腹が立って、勢いを止められない。
「私は……あなた達を信じていいか悩みながら、それでも海斗の為だと言うから協力したんです! それなのに……海斗は今日も朝早くから出掛けて、帰れるのは明日の朝だって言ってましたよ? 確かに休みをもらったから仕方ないのかもしれませんけど、そんなに勤務時間延ばす事ないじゃないですか! 」
「それは……そんなにすぐ変えられる事でもなければ、あいつだけ特別扱いする訳にいかない。この社会は既にロイドを酷使しないと持続不可能だ。人間が自由に働き方を選び、楽をしながらも不便を嫌がった結果、ロイドがそれだけ酷使されているんだ、それ自体変えなければどうにもならない」
「そんな……」
「そんなにここでの暮らしが嫌ならもう一度この街を捨てればいい、帰って来られないような処分を受けたのに今ここにいられるのは誰のおかげだと思ってるんだ。お前達が覚悟した通り、本来二度と……死ぬまで親にも会えないような罰を、お前達に罪はないと水野さんが庇ったんだ。上は、今でもお前達を好意的には見ていない……それでも会社に貢献させる約束でお前達をここに連れてきた、自分は仕事も命もいらない……そこまで言ったんだ。何にも知らないくせにわがままばかり言うな」
仕事も命も……どうしてそんな事。
「そもそも海斗は廃棄処分される予定だった、使い物にならないと……どうなるかまだ分からないぞ」
言いながら内藤さんは私の横を通り抜け、そのまま外へと出て行く。
海斗の為に一番、怒らせてはいけない人を、私は本気で怒らせてしまった。
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