女子高生の1日
小魚
松原遥香のある1日
1年はあっという間で、気がついた時には2年になっていた。
最近の流行は韓国アイドルと地球をかたどったグミ。
お昼休みには静かな教室に、放送委員の趣味の音楽が流れるのにも慣れた。
高校に入学した年、海を渡った国からのウイルスが日本に入ってきた。
最初こそ舐めていたそのウイルスの危険性は、日に日に猛威を振るい、その恐怖を世に知らしめた。
そのせいで学校は休校。
私、松原遥香の高校生活のスタートは、ピストルを構えられたまま止まっていた。
そこから2ヶ月。
湿気った火薬でスタートを告げられた高校生活。
気がつけば1年が経ち、文化祭も体育祭も体験せずに先輩へと昇格。
1年の頃の思い出なんてろくになかった。
2年にあがり、今年こそはと意気込んでいたが、まぁ、1年の頃と状況は変わりそうにない。
世の中の情勢は、ほんの1年では変わらないのだと中途半端に感じたのだ。
「そういやさ、美紀
最近来てなくね?」
美紀、というのは私の友達。
1年の頃、ようやく学校に来れるようになって初めてできた友達。
席が前後、スマホカバーに挟んであったアイドルグループのステッカーがきっかけで話すようになった。
筈なのだが、最近は見かけない。
「あれ?遥香知らないの?
美紀、あいつ学校辞めたよ」
「え?まじ?
なんで?」
「つまんないからでしょ
通信行ったって」
「まじか〜」
そっか、辞めたのか。
私が知ってる中で、4人目の退学者。
大体が通信制の学校に転校している。
そうなるのも無理はない。
高校生らしいことなんて何も無いのだから、通信に移った方がバイトもできるし、楽しいのだろう。
「優は?
辞めようとか思わないの?」
「思わないよ
めんどくさいし、どこ行ったって同じだし」
「まぁ、そうね」
カバンからグミを取り出し、マスクをずらして1つ口に放り込む。
マスクを付け直して、優にグミの袋を差し出した。
「食べる?」
「ソーダなら食べる」
「この贅沢者め」
そう言いながらグミの袋からソーダ味を取り出し、優に差し出した。
さんきゅ、と一言、口に放り込んで、ポケットからスマホを取り出す。
「先生来るよ」
「今日は会議だから来ないよ
だから大丈夫」
私の通う学校では、原則スマホは朝のショートホームルームから電源を落とさなければいけない。
放課後まで使ってはいけないのだが、そんなルールあってないようなもの。
休み時間に普通にいじってる人なんてざらで、授業中にLINEしあっているカップルだっているくらいだ。
「そんなことよりさ、見て!」
「はいはい」
優が見せてきたのは、インスタのDM。
トーク相手は去年いなくなってしまった塾の先生で、優の好きな人。
「うわ何これ
めっちゃカップルみたい」
「でしょ?
テストある無理って言ったら、優ならできる!って
あーー!もう私頑張るわ」
「はいはい、
てか、やっさんのインスタよく見つけたね」
「まぁ、頑張りましたから」
はいはい、と適当にあしらい1つ欠伸をこぼす。
やっさん、とはその塾の先生の名前。
矢萩充が本名で、高身長で眼鏡の優しそうな人。
私も数学を受け持ってもらっていたが、教え方が丁寧で分かりやすかった。
チャイムが鳴って昼休みが終わる。
今日の放送は、どこかで聞いたことのあるような洋楽2曲と、はじめましてのラップ調の曲だった。
5限は数学で、苦手教科というのもあるが、必死に睡魔に抗いながら黒板を眺めていた。
隣の奴なんか、授業なんか知らないと言わんばかりに机に突っ伏し眠っている。
自分の席は1番窓側の、前から2番目。
この時間は丁度いい位に日が当たって、昼寝には最適なコンディション。
頬杖をつき、今日は私の負けだと瞼を閉じた。
それから、体感は1分。
時計で見れば20分。
コンコン、と机を叩かれ目を覚ます。
あぁ、やらかした。
「おはよう、遥香」
「ごめんて、まっつん」
どうやら問題集をやる時間だったらしい。
机をペンて叩いたのは、松倉先生。
1年の頃の担任で、あだ名はまっつん。
それで呼んでも怒らないのだから、きっと優しい。
「寝不足?」
「昨日もちゃんと6時間寝た」
「寝てるじゃん
寝るなよ」
「先生だって、テスト監督んとき寝てんじゃん」
「俺はいいんだよ」
そんなことを言いながら、私の机の上に置いてあった問題集を開く。
シャーペンで大問を丸つけていくまっつん。
なにしてんの、なんて思いながらその手を見ていた。
「丸つけたとこやって
それ終わったら寝ていいから」
「まじで?やったね」
「まぁ、あと10分だけど
頑張れ、遥香」
うわ、こいつやったな
なんて思いながら、渋々問題集に視線をうつす。
分かるわけない、なんて教科書と問題集と3人で睨めっこをしていれば、チャイムが鳴った。
「号令無し
次、丸つけするからやっとけよー」
はぁい、とあくび混じりに返事をすればまっつんは教室から出ていく。
自分の席から校庭を眺めれば、どうやら5組が体育らしい。
友達を見つけ、窓に寄った。
「みゆきー!」
「あ!遥香ー!」
どうやら声が届いたようで、少し身を乗り出して手を振る。
夏休みはおわったが、9月はまだ暑い。
こんな中体育は辛いだろうな、なんて思いながらマスク越しにボリュームを上げて話しかけた。
「体育がんばれー!」
「頑張るー!」
そう言って、列に入るみゆきを見て、自分も席に座った。
前の席には優。
いつの間に来たのだろうか。
「遥香の友達ってさ」
「ん?」
「みから始まる名前の子多くない?
みゆきちゃんも、美紀ちゃんも」
「あ、ほんとだ
でも、あんたはゆ、だよ」
「私、遥香の親友だから」
「よく言うよ」
そう言って笑って、教科書を片す。
次はなんだったか。
あぁ、現国か。
「あ、やべ
古文の教科書いるかな?」
「いらないんじゃね?
今羅生門だし」
「んじゃ借りなくていっか」
うん、と返される。
目の前にいる優を眺めて、はぁ、とため息をついた。
「人の顔みてため息つくなよ」
「あーあ!
彼氏ほしーなって思って!」
「お前ろくな奴と付き合わないんだからやめとけって」
「はいはい、知ってますよ」
中学の友達が少ない学校を受験したため、高校デビューなんて大層なものでは無いが、メガネをコンタクトにして、ずっと短かった髪の毛を伸ばしている。
そのおかげか、過去に2度だけ彼氏が出来た。
そう、初カレと言うやつだ。
まぁ、散々な奴らだったが。
「まだ、こっちゃんと連絡取ってんの?
やめとけ?彼女に刺されんぞ」
「大丈夫だよ
もう友達だし私」
「こーゆー女が人の彼氏取ったりすんだぞ」
「ちげぇよ
取られたんだよ」
こっちゃんとは元彼のあだ名で、古賀樹。
バスケ部で、頭が良く成績優良者。
1年の秋頃に付き合い始め、2年に上がる春休みに、新しい彼女を作って振られた。
「まぁ、本貸してくれるし
いい友達よ」
「知らないよ
朱里ちゃんに刺されても」
「だぁいじょーぶ」
最初こそ落ち込んだが、今では笑い話。
チャイムが鳴って、優は席に戻って行った。
国語はいい。寝よう。
教科書を開いて、ノートを開いて、ペンを持って。
そのまま夢の世界に潜っていった。
夢なんか覚えてない。
チャイムが鳴って6限が気がついたら終わっていた。
ガタガタと椅子を引く音で起きて、半分眠りながらお辞儀をした。
「遥香、お前爆睡だったね」
「国語でしょ?別に寝てても問題ないじゃん」
「国語だけはできるもんね」
「だけ、は余計です」
「でも事実でしょ?」
そうだけど、と呟けば勝ち誇ったような笑顔を浮かべる優。
何となく殴りたくなって、足を踏んづけた。
「はーるか!」
「うわ!みゆき!
なに?ショート終わったの?」
「そーそー
ね、今日暇?」
「うん、部活OFFだし」
「イオンついてきて!」
「いいよ、優も行く?」
「私パス
今日バイトなんだわ」
スマホを見ながら苦い顔をする優。
頑張れ〜、なんてみゆきと2人で声援を送り、つい最近オープンしたばかりのイオンに向かう。
と、言っても学校の真隣なのだが。
「何買うの?」
「CD!
新曲出たからさぁ、予約してたから受け取るの」
「うわ!新曲いいなぁ」
「LADYだって出たじゃん」
「ほんとね、最高でした」
CDショップに寄って、みゆきのCDを受け取る。
その間、LADYのコーナーを見るが、ピックアップされているのは、ライバルグループ。
ここの地域はそちらを推しているらしく、私とは残念ながら合わないらしい。
「ごめん、お待たせ」
「買えた?」
「うん」
聞くのが楽しみ
なんて笑顔でCDの袋をカバンにしまい、歩き出した。
「遥香は?
なんか買うのある?」
「あ、本屋寄っていい?
今日発売なんだよね、岩ちゃん表紙の雑誌」
「おぉー!
いいじゃん!行こいこ!」
みゆきを連れ雑誌コーナーに向かえば、平積みされた雑誌。
表紙を飾るのは私の推しである岩槻北斗。
「うわ、今回の岩ちゃんやばくね?」
「他担ながらやばい」
「ちょっと買ってくるわ」
雑誌を1冊手に持って、レジに向かう。
会計はセルフレジで、機械音痴の私には意外と難しかった。
「ごめん、お待たせ」
「遥香、セルフレジ手間取ってたね」
「難しいよ、あれ」
そんなことを言いながら、店を出る。
ふらふらと洋服屋を覗いたり、某コーヒーショップで飲み物を買い、一休み。
「カラオケ行きたいー!」
「まぁ、この世の中だしねぇ
流行病はしょうがねぇよ」
「流行病とか言い方かっこよ」
「そう?」
そう言って、顔を合わせて笑い合う。
みゆきはつまんないねぇ、とストローで飲み物を飲んでため息をついた。
つまんない?と問いかければ、頷かれる。
「だーってさ
周りの人から言われてた高校生活が出来ないんだもん
文化祭も体育祭も無くなったし、ライブも舞台も全部中止。
つまんないよ
あーあ!明日、裕翔が転校してこないかなぁ」
「あなたの推し今何歳よ」
「30」
「無理でしょ!」
無理かぁ、なんて笑って、少し沈黙。
そうなのだ。
去年もなくなった文化祭。
どうやら今年も開催するのは不可能なようで、残念でもあり、やっぱりなとも思う。
このまま行けば、修学旅行も無くなるだろう。
なくなって欲しくは無いが、期待していいものかと少しだけ臆病になる。
今まで、期待した行事からことごとく無くなるせいで、期待するのが怖いのだ。
多分それは私だけでは無いはず。
どうせ無くなる、そう諦め癖がついたのも嫌だ。
「どうしたの、遥香」
「いやぁ、修学旅行はあんのかなぁって」
「沖縄でしょ?
無理じゃない、今のままなら」
「やっぱり?」
これが現状なのだ。
どれだけ楽しそうに過ごそうとも、行事ごとが無くなるのは辛い。
はぁ、なんてため息をつけば、幸せ逃げるよなんて笑われた。
そんなことを話していた時、見知らぬおじさんが目の前で止まった。
こんな世の中だと言うのにマスクをしていないことに少し驚く。
「え、なに、誰?みゆき知ってる?」
「知らない
遥香も知らないの?」
「うん、全然知らない」
思わず小声で話してしまう。
それが気に食わなかったのか分からないが、競馬新聞片手に怒鳴ってきた。
「お前ら学生が出歩くからウイルスが収束しないんだ!
若者は大人しく家に居ろ!」
「え、?」
「はぁい、すみません」
すみません、と謝ったのはみゆき。
だが、真面目な様子ではなく片手でスマホをいじっていた。
怖くなり、自分も携帯を取り出す。
「どこの学校だ?連絡してやろうか?あ?」
「ごめんなさい」
知ってはいたが周りの人はチラチラとこちらを見るだけでどうかしようともしない。
なぜ怒られているのか分からず、恐怖で身体が震えた。
SNSを開き、別に興味もない投稿を眺める。
どうやら気が済んだようで、おじさんはどこかへ行ってしまった。
「みゆき、よく平気だったね
私めっちゃ怖かったんだけど」
「自粛自粛で気が立ってたんだよ、きっと
私たちもちゃーんと感染対策してんのにね」
「ほんとだよ、
あー、怖かった」
なんてため息をついて、立ち上がる。
お話にしたら酷くつまんない毎日だ。
起承転結の、起しかない。
もしかしたら、その前かもしれない。
「帰ろっかぁ」
「そうだね、明日も学校だし」
「あぁーやだぁ」
普通の高校生活、というのに憧れはするが、これが今の私たちの「普通の高校生活」なのだからしょうがない。
じゃあね、と手を振ってお互い反対方向に自転車を漕いで家に向かった。
また明日、なんて言わないのは、もしかしたら明日会えないかもしれないから。
なんてかっこよく言っているが、本人たちはあまり気にしてはいない。
程よく面白くて、お話にしてはつまらない。
そんな1日が今日も終わった。
女子高生の1日 小魚 @osakanakukki
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