そして時は流れ…

そんな経験をしていって気づけば俺は…


言葉に詰まるが…そう、辟易していたんだ。


あんな汚れ仕事を経験して帰ってきたら待っていたこの待遇に。


素直に笑える世界。それを俺は純粋に嬉しく思う。


けど、俺を取り巻く状況は、徐々にそんな理想を嘲笑うかのように変わってしまった。


気づけば俺の周りに居たクラスメイトたちは俺の力を恐れて、また求めて、下卑た笑みを浮かべて俺の調子を伺うように媚びへつらうようになっていった。


この世界に【悪魔】なんて奴はいない。けど、俺は知っている。


俺と同じ…赤い血が流れ、脳を使い、たくましく生きている人間がいることも知っている。


だけど、自立して歩くことすらもやめた奴が【人間】の器から溢れ、【悪魔】となってしまうことも。


そんな世界にも生きる理由はある。


待ち人を待つ…そんな理由しか今はまだないが、それを頼りに今は生きている。


勇雅も同じように思っているらしく、2人して虚ろになっていくことを感じて時々互いの愚痴を溢して、「でもまだ、まだ頑張ろう」と活を入れ合っていた。


そんな生活を続けてもう2年が経ち、受験シーズンも過ぎていった。


俺らが受けた高校は私立の超名門で、俺らの同級生が来れるようなレベルではない。


それも俺らは3年分長く生きているし、その分の勉強時間も長かった。受かる確率も十分にあったことが起因して受けることにした。


その高校を受けた理由はただ一つ。


あんな【悪魔】にも似た奴らとは絶対に同じになりたくなかったからだ。


もう一つ打算的になってしまうが、恐らく、彼女たちに会う機会が出来るのもこの高校なのだと直感していた部分もある。


彼女たちに出会えばそれだけで俺らは救われる気がするのだ。


そんな事情をもって桜の芽が芽吹くようになる寸前の3月。


悪魔の巣窟から俺らは出ていくことができたんだ。


----------------------------


俺は新しい学校生活を送る時、どんな生活がいいのだと思う。


あんなクソみたいな煩わしい世界を抜けて、静かで、落ち着いている、静寂に包まれた世界を知りたい。そう思ってしまう。


入学式の前日。佳世がやってきて最近する回数がだんだん少なくなって来た情事をして、その中で俺の悩みを吐き出してしまった。


佳世は待っていた!と言わんばかりに優しく、親身に聞いてくれてとても心が軽くなった気がした。


そして、俺の理想を叶えると言って俺の印象を弄った。


いつも上げていた前髪を下ろし、目を隠すくらいの長さで暗さを出していく。


俺の目を見てしまった精神の弱い女の子は【魅力】ステータスが高くなった副作用として不思議と頬を上気させてしまうのだ。


その現象を阻む意味としては最高に思える。


あとは暗い印象を見せるために猫背っぽくしてはっきりと喋ることを抑えた。


そうするだけで十分に人が変わったように見える。


あまりの変化に劇的ビフォ◯アフタ◯もびっくりだが、これも俺の求めている理想のため、仕方がない。


勇雅とは別に入学式は行くことにすると伝えて、これで俺のスタートダッシュは綺麗に決まるはずだ。


そして、入学式の日がとうとうやってきた。


----------------------------


今日からの俺は目立ちたくない。その一心で学校生活を送ることになる。


まず気をつけるべき点は電車に乗る時間だ。


ぎゅうぎゅう詰めになるのは不本意だし、他人に迷惑をかける。だから俺は早めの電車に乗っている。


「……」


「やっ、やめてください…」


「うるせぇな…だまってやられときゃあいいんだよ」


まだ7時と早い時間で人がまばらだ。それなのによく堂々と痴漢なんてできるな…


周りの人間は…動かないのではなくて、動けないんだろう。


恐らく痴漢魔の異能は【圧力】系統や、【記憶操作】系統を操れるのだろう。そうでもなければただの馬鹿だ。


【圧力】系統があれば、周りの人間は動けなくなってしまうし、【記憶操作】系統でも有れば犯人が誰だかわからなくなってしまう。


実際、動くことがままならない状態になっていて、助けてといわれても助けられる人がいないのだろう。


(…はぁ、仕方ないか)


ただし、例外だっているのだ。


気づかれないうちにぼさっとなっている前髪をガッと上げて中学の時の俺に一度戻る。


(コレが中学の俺との決別だ)


そっとスマホで動画を撮ってから音を立てずに近づく。


扉の近くにある、緊急用のボタンを乱雑に押しながら目にも留まらぬ速さで男を組み伏せる。


被害者となっていた女の子は心底安心したのかぺたりと女の子座りとなって動かない。


「なっ!なんだよ!お前!なんで俺の【力】が効かねぇんだよ!」


「悪いな、お前なんかよりも俺の方が強いっぽいんだ」


そう言って軽くデコピンを彼の頭に放ってあげたら彼の脳にショックが与えられて気を失った。…脳震盪になったようだ。


…こいつの相手は楽だったが、面倒なのはこれからだろう。


その事実を理解して思わずため息をついてしまった。

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