静かなるスポーツ

増田朋美

静かなるスポーツ

その日は暑かったが、セミは鳴かなくなったし、時々ヒヨドリが鳴いたりしてだいぶ秋が近づいてきたなと思われる季節になってきた。その日は、暑い日であったけど、なぜか、サッカー大会が開催されるというので、杉ちゃんとジョチさんは近隣のサッカー場へ行くことにした。

「いやあ、すみませんね。こんな暑いときに、わざわざ来てくださって。ちょうどサッカーチームの監督が、審議官と会食したとき一緒だったものですから、そのときに、ぜひ試合を見に来てくれと言っていたんですよ。」

「へえ、そうなんだねえ。しかし、こんな暑いときに、サッカーなんかやって、日差しが眩しいとか、そういう事は感じないのかなあ。」

小薗さんの運転する車の中で、杉ちゃんとジョチさんはそういうことを言っていた。

「ええ、今日の主役の人たちは、日差しが眩しいとか、そういう事は感じないと思います。みんな、そういう人たちですから。」

「ふうん、そう。」

その時の杉ちゃんは、何も言わなかったけれど、後で意味がわかる。

数分後、杉ちゃんとジョチさんはサッカー場に到着した。いつもの11人制のサッカー場よりは、随分小さいものだった。もちろん、スポーツに詳しくない杉ちゃんは、そういう事は口にしなかったが、一般の人が見たら、随分狭いコートだなということだろう。

入り口で、入場券を買い求めて、入場券に表示された特別席に座った。杉ちゃんたちが、席に座ったちょうどその時。

「出入り口から、観客席まで13歩。」

と、声が聞こえて、白い杖をついた男性が近くの席にやってきた。

「あ、涼さんだ。こんにちは。」

杉ちゃんがその男性の顔を見て、直ぐに声を掛けると、その男性、古川涼さんは、ちょっとびっくりした顔をしたが、すぐに、一番端の観客席に座った。杉ちゃんたちの車椅子席もすぐ近くにあった。

「涼さんがサッカーの試合を見に来るなんてどういうことかなあ?」

と、杉ちゃんが言うと、

「ええ、今日の試合は、視覚障害者サッカーなんです。ゴールキーパー以外は、全員が盲人なんですよ。その一人が、僕のクライエントの身内でしたので、来させてもらいました。」

と、涼さんは言った。

「あ、そうだったんだ。目の不自由な人もサッカーをするなんて、知らなかったよ。今は誰でもサッカーを楽しめる時代になったんだねえ。」

杉ちゃんがでかい声でそう言うと、

「只今より、試合を開始いたします。応援の際は、お声を出さない様にお願いします。」

と場内アナウンスがなった。それと同時に、選手が入場してきた。プレイヤーは1チーム五人だ。選手は全員指定されたユニフォームを着ているが、ゴールキーパーは服装が違うためすぐわかる。

「はあ、なるほど、たしかにゴールキーパーは目隠しをしてないな。」

杉ちゃんが言うように、プレイヤー四人はアイマスクをしていた。ゴールキーパーはそうではないので、晴眼者なのだろう。

「確かにゴールキーパーは、ボールを見なきゃならないもんね。それは、必要だよな。」

「杉ちゃん、音を頼りに、皆さん試合をするんですから、試合中は喋っては行けませんよ。」

杉ちゃんの独り言を、涼さんが止めた。ちなみに、ボールには鈴が入っていて、目の不自由な選手たちは、それの音を頼りにサッカーをするのである。

ピピーと音がなって試合が開始された。音のなるサッカーボールを頼りに、選手たちはボールを追いかけて、シュートを放つときもある。ゴールキーパーはそれを止める役割をする他、選手たちにボールの方向を指示することもある。観客は大勢入っているが、皆黙っていて、シュートを放ったとき拍手をする程度しか応援できないので、とても静かなスポーツであった。明るいのが好きな杉ちゃんの方は、ゴールすると嬉しいとか叫びたくなったが、そのたびに涼さんに止められて、それはできなかった。

とりあえず、前半は終了して、休憩を経て、後半が開始される。前半では、ゴールキーパーのまもりが強固で、一点しか入らなかったが、後半では相次いで二点入り、赤いユニホームのチーム、つまり杉ちゃんたちが応援していたチームが勝利した。そうなると、勝利おめでとう!と大声で叫びたくなる杉ちゃんであったが、それはできなくて、代わりに大きな拍手を送った。

赤チームと青チームが挨拶しあって、試合は終了した。すごい試合だった。目の不自由な人がプレーするというところから、コート周りに人がいて、ボールの動きを説明したりしていたところが有る以外は、ほとんど普通のサッカーと変わらなかった。ちゃんとドリブルもするし、パスもする。スローインもある。ただ、ゴールキーパーが、オーバーアクションをするところはあるかもしれないが。

「涼さんのお知り合いは、どちらのチームに所属しているんですか?」

と、ジョチさんがきくと、涼さんは赤チームだと答えた。

「そういうことなら、僕たちを招待してくれたのは、赤チームの監督さんです。じゃあ、控室に行って、ご挨拶しましょうか。」

と、ジョチさんがいうので、杉ちゃんたちは、席を立って控室に行ってみた。係の人に通されて、控室に入ると、選手たちに混じって、盲導犬がいたりするので、やっぱり目の不自由な人達なんだなということがわかる。

「こんにちは。今日は、勝利、おめでとうございます。持田監督のご招待で参りました。」

と、ジョチさんが言うと、晴眼者のゴールキーパーがすぐに杉ちゃんたちに気がついて、監督を呼びに行ってくれた。監督さんやコーチなどは、晴眼者が勤めている。

「どうも来てくださってありがとうございます。我がチーム、今シーズン初の勝利です。」

持田監督は、ジョチさんに挨拶しながら、そういった。

「いいえ、こちらこそ。今日は楽しませてもらいました。とても楽しい試合でした。」

と、ジョチさんが言うと、

「ありがとうございます。これからも我がチームは頑張っていきますので、また応援に来てください。」

と、監督さんは言った。杉ちゃんが、応援したいけど、声が出せないとつぶやくと、それは言ってはいけませんよ、と涼さんが止めた。

「こちらの、お二人は、理事長さんのお知り合いの方ですか?」

と、監督さんがきくと、

「僕は影山杉三で、杉ちゃんって呼んでね。こっちは、僕の友達の古川涼さん。」

と、杉ちゃんが即答した。

「皆さん、応援に来てくださって嬉しいです。いろんな人に試合を見てもらいたいと思っています。」

涼さんの白い杖を見たのか、監督さんはそういうのだった。

「確かに静かなスポーツだったね。スポーツって言うと騒ぎたくなるのにさ。誰も声を出さないで、手を叩くだけなんだから。」

と、杉ちゃんが思わずいうと、

「まあ、それはご勘弁してくださいよ。多少、通常のサッカーとは違うこともあるかもしれません。でも、静かなスポーツなるものがあってもいいんじゃないですか。いろんな人がいて社会なんですから。」

と、監督さんは言った。

「ま、まあそうだねえ。楽しんでやれれば、それでいいよね。失礼なセリフを言ってしまってごめんよ。」

杉ちゃんがおどけた口調でそう言ったから、皆笑ってくれたけど、えらく失礼なセリフだったかもしれない。

「次の試合は、来週の土曜日です。今度のチームは、優勝候補と言われる強豪チームですから、頑張って試合をします。」

監督さんは、ジョチさんに、試合のパンフレットを差し出した。ジョチさんはそれを受け取って、ありがとうございます、とお礼を言った。ちょうどその時、報道関係者と思われる女性たちが何人か入ってきた。何でも富士ニュース社の記者だという。杉ちゃんたちは、取材のじゃまにならないようにと言って、退散することにした。ジョチさんが涼さんを引き連れて、控室を出た。駅まで乗っていきませんかというと、涼さんはお願いしますと言ったので、小薗さんの運転する車の助手席に、涼さんを乗せて上げた。

「それにしても、いい試合をしましたね。2対1で、後半での逆転勝利だなんて。」

と、ジョチさんが言うと、

「まあ静かなスポーツだったけどね。」

杉ちゃんはそればかり言っている。

「そうですね、杉ちゃんの言うこともなんとなくわかりますよ。ちなみに僕のクライエントさんは、プレーしている助川さんのお母さんなんですが、本人は楽しそうだけど、周りの人は楽しめないってよく言ってました。」

涼さんは、杉ちゃんの言うことを肯定していった。

「なるほどねえ。誰でも楽しめるスポーツというのは、まだまだ程遠いんだな。」

と、杉ちゃんは、腕組みをした。

「でもいいじゃないですか。一昔前なら、サッカーをするなんて、ありえない話でしたよ。それがこうして試合を見せられるまでになったんですから。それは、いい話だと思いますけどね。あの、報道関係の女性の方々も、そこらへんを強調した記事を書いてもらいたいですね。」

ジョチさんがそう言うと、そういう面もあるか、と杉ちゃんはため息を付いた。その日は、涼さんを富士駅まで送り届けて、杉ちゃんたちは製鉄所に帰った。

翌日。新聞屋さんが、製鉄所に富士ニュースを届けに来た。杉ちゃんがそれを受け取って、広げてみると、昨日の試合でゴールした選手の写真と、試合が行われたことを知らせる、記事が載っていた。のであるが。

「はああ、静かなるスポーツ、レッドチームの勝利ですか。」

ジョチさんは、杉ちゃんの持っていた記事の見出しを読んでそういった。

「まだ、同じサッカーという扱いはしていませんね。」

ジョチさんに記事内容を読んでもらった杉ちゃんも、この内容では確かに選手がかわいそうだなといった。記事は、たしかにレッドチームが勝利したということを書いてあるのであるが、試合中に声を出してはいけないということが、きちんと書いてあったのである。

「まあ、それはしょうがないんじゃないの?まだ、しっかりした福祉大国ではないからねえ。」

と、杉ちゃんも、ジョチさんの話に応じた。

「静かなスポーツと書くのではなく、もっと別の視点で書いてもらいたいもんだね。」

記事には、勝利を決めたゴールを行った、助川選手の写真が大きく掲載されていた。それは良かったと思うのだが、地の文の書き方がまずいのだ。

同じ頃、涼さんは、クライエントの助川さんに呼び出されて、指定した喫茶店で、彼女の話を聞いていた。

「どうしたんですか。何か辛いことが有るって、仰ってましたけど。」

涼さんは、杖で椅子を探しながらそういった。

「ええ、昨日、息子が、サッカーの試合で大活躍してくれた事は嬉しかったんですが。」

涼さんのクライントさんは、助川選手のお母さんだったのだ。ちなみにお母さんは晴眼者である。

「そうでしたね。息子さん、すごい大活躍だったそうじゃないですか。何でも、勝利につながったゴールを決めることができたとか。」

涼さんは椅子に座りながら言った。

「そうなんですけどね。富士ニュースに、こんな記事が連載されまして。」

助川さんは、かばんの中から、新聞紙を取り出した。

「申し訳ありませんが、読んでもらえないでしょうか?」

と涼さんが言うと、助川さんは、記事を読み上げた。他の客に知られてしまうのが、恥ずかしいという顔で。

「この様に書かれてしまうと、視覚障害者サッカーというのは、楽しめないスポーツであると書かれている様に見えてなりません。報道関係の方は、そうなってしまうんですね。」

読み終わったあとで、助川さんは言った。

「すみません、自分の中だけで我慢していればよかったんですけど。私、どうしても我慢できなくて。それで、先生を呼び出してしまって。あの、申し訳ないのはわかっているんですけど。でも、本当に、息子本人には見せられない記事だなと思ってしまって。その気持を、どうしても誰かに言いたくて。私、悔しいんです。こういうふうに書かれてしまうと。」

「いいえ、我慢するなんて、人間には、非常に難しいことですから、そういうときにこういう人間をどんどん使ってください。それは、誰でも同じです。」

と、涼さんは助川さんに言った。

「確かに、悔しいですよね。もう少し、表現方法を買えてほしいですね。」

涼さんがそう言うと、クライエントのお母さんは、申し訳無さそうにハイと言った。涼さんには頷くだけのコミュニケーションは通じない。それは、クライエントさんもわかっていることだから。

「でも、この記事をきっかけに、サッカーをしたいという、障害者が増えてくれたら、嬉しくありませんか?」

涼さんに言われて、助川さんは、そうですねと言った。涼さんは、そこさえわかっていれば、大丈夫ですよ、と小さい声で助言してあげた。




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静かなるスポーツ 増田朋美 @masubuchi4996

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