リスタート

 閉じていた目を僕はそっと開けた。すると観覧車のボックスに意識が戻ってくる。誕生日での日菜子の『心の内』を見終わり、先程から頭の中に浮かんでいた考えがくっきりと形を成した。


 僕が感じていた違和感の正体は日菜子の遠慮や気遣いから来ているものだった。そしてそれは僕自身の言動が原因だったのだと気付いた。


 自分が日菜子の事を思って提案していた物事について、その反応を過度に期待しており、その期待通りの反応がなかったり表情の浮かなさを見ると本当に日菜子は僕の事を愛しているのであろうかと疑念が生まれてしまっていた。


 僕は自分の気持ちを前面に出しすぎていてそれを受け入れてくれない日菜子に不満を感じ取っていたのだ。おそらくその疑念が日菜子に伝わってしまっていたのではないだろうか? それゆえ日菜子は僕が期待している反応を演じようと本来の自分を偽ってくれていたのだと思う。


 日菜子の事を考え、日菜子の事を想って行動していると思っていたが、そんな事は幻想で自分の為に恋愛を恋愛らしくする事に躍起になっていたのだ。そこに日菜子の気持ちはあまり考慮されていなかった。単なる恋愛の押し付けで自分のエゴ以外の何物でもない……その事にようやく気付く事が出来た。


 自分が情けなくなった。全部自分の為だったのだ……。


 日菜子は僕を好きでいてくれているけれど、僕を想う気持ちと同等に大切なものが他にもあって、それらを僕は一方的な押し付けで奪ってしまっていたのではないだろうか? それでも日菜子は僕の事を考えて一緒にいてくれていたのだ。これでは日菜子が疲れたような表情をするのは当然ではないか。


――僕は日菜子の事を本当の意味でちゃんと見る事が出来ていたのだろうか?


 観覧車はゆっくりと絶え間なく動いている。僕の乗っている観覧車も二周目を終えようとしている。


「ゆらぎちゃん……。僕は二周目が終わったら観覧車をおります」

「おぉ……そうですか……。よろしいんですか? 観覧車から降りたらもうあたくしの能力は使えなくなってしまいますよ? 後悔しませんかね?」

「……。ええ。もう大丈夫です……。僕はこの観覧車へ乗った事で何か大切な事に気が付いた気がしています。だから……もう大丈夫です!」

「……分かりました! ではゆたちゃんとの旅もこれにて終了ですね。若干名残惜しい気もしますが……まぁあたくしもそれなりに暇つぶしになりましたよ。ありがとうございました!」


 ゆらぎちゃんは相変わらず揺らめきながら挨拶をした。僕はゆらぎちゃんとのやり取りを最終的に楽しく感じていた。それなのでゆらぎちゃんが手のようなものをこちらへ向けて握手を求めてきた時グッとこみ上げるものがあった。そして握手を交わす――事は出来ず、やはり僕の手は空を切るばかりだった。


「あたくしとした事が! ゆたちゃんはあたくしに触れる事が出来ないのでしたね! 失礼致しましたーっ」


 これまた空気の読めないヤツ……。


「そうそう、ゆたちゃん。彼女さんはもう少し掛かりますけどどうします? ここで待って一緒に帰りますか?」


 僕はいち早く日菜子に会いたかった。そして本当の日菜子をどんどん見てみたいと思った。今まで僕が押し付けてきた恋愛ではなく、日菜子をしっかり理解し、尊重した恋愛を二人で作っていきたい。お互いが心から楽しいと思える時間を過ごしていきたい。そう思ったのだ。


「そうですね。観覧車の降り口で待っています。日菜子にもそう伝えてもらえますか?」


 ゆらぎちゃんは目鼻が靄で隠されたその顔の口元をニヤリとあげ四方に拡散していった。僕のボックスが揺れる。そして、次は日菜子のボックスが揺れた。僕はそれを確認するとボックスから地表へと飛び降りた。


 そしてだだっ広い空間に再び目をやる。初めに来た時は恐怖感を感じていたこの空間も今は清々しく感じる。それが心境の変化がもたらしたものかは分からないが、僕の気持ちは晴れ晴れしている。



 もうすぐ日菜子が降りてくる。彼女はこの観覧車で僕の何を見たのだろう……でもそれは聞かないでおこう。これからスタートする新しい関係性の中で、お互いが感じ取ればいいのだから……。

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