誕生日

「あれぇ、あれあれあれー。ゆたちゃんまだ場面を見に行ってなかったんですねぇ。先程見たい場面は決まっている風な感じを出していませんでした? あっ、まさか寂しかったんですか? まぁまぁかわいい坊ちゃんだこと……」


 再び僕のボックス内に現れたゆらぎちゃんはそう言うとゆらゆらする手のようなモノで僕の頭を撫でようとしてくる。僕はムッとしてその手のようなモノを払いのけた……が僕の手は空を切るばかりで払いのける事は出来ない。


「あたくしには触れませんよ。この揺らめきを見ればわかるでしょうに……。で、どうしましょう? 私も同行しますので早速見に行きましょうよ!」

「その前に一つ質問があります。もしかしてこのボックスの対角線上にある赤いボックスに日菜子が乗っていませんか?」

「……。えぇ乗っていますよ」

「乗っているって、何でこんな所に日菜子がいるんですか? まさか無理やり連れて来たんじゃないでしょうね?」

「人聞きの悪い事をいいますねぇ……あたくしがそんな輩のような真似をするように見えますか? 見えるとしたらそれは心外です。最初に言ったようにあたくしは暇つぶしをしているんですよ。だからゆたちゃんの話の流れから彼女さんも連れてきた方が楽しいかなぁと思っただけです」


 ゆらぎちゃんは悪びれもせずにそう言うと、揺らめきを全体的に日菜子の乗っている赤いボックスの方へ向けこう続けた。


「別に、誰に迷惑を掛けるものでもありませんよ。彼女さんに対しても、今こういう状態でこういう事しているんですがあなた様もどうですか?って聞いた上でお連れしたまでです。ゆたちゃんが不安がる事なんで一つもないんですよ。まぁ旅は道連れってよく言うじゃないですか? それとも何か知られたらまずい事でもあるのでしょうか?」


 そう言われてハッとした。確かに日菜子がここにいる事で本来僕がこんなに感情的になる必要性はないのでははないか?魑魅魍魎おどろおどろしい世界ならいざ知らず、だだっ広い空間で観覧車に乗っているだけだ。

――まぁ、ゆらぎちゃんという怪しい存在はいるがこれはひとまず置いておこう。


 もしかしたら僕は自分の『心の内』、つまり日菜子に対して違和感を持っているという事実を知られてしまう事を恐れているのではないだろうか?


 僕達は恋人同士であり、いついかなる時も愛し合っていなければならない、相手を疑う事なんてもっての他だ。そういう心理が働いているのではないだろうか?


 そして日菜子がここへ来たという事は僕のような感情を日菜子も持ってしまっている……二人は破局へ向かってしまう。そう考えてしまっているのだ。恋人同士はこうあるべきといったテンプレートに僕は押しつぶされているのかもしれない……。


「そんな事より、さぁ次に参りましょうよ。観覧車に乗っているだけなんて退屈でしょう? それとももうお止めになりますか?」

「……。いや行きましょう。もう見たい場面は決まっていますし」


 自分の気持ちの奥深いところを垣間見てしまった気がした。それにより自分自身が感じていた違和感に対しての真相はより現実味を帯びてきていた。確認しなくてはならない。その真相を知る事が僕と日菜子の今後に大きく関わってくるのだから。

 

 僕は次の場面をイメージする。それは日菜子の誕生日であった。あの時の日菜子の『心の内』は今僕が感じている違和感への正体に確証を与えてくれるものであろうと考えている。


「では行きますよ!」

「待ってました! わくわくしますねぇ。次はどんな場面を見せてくれるのでしょう。さあさあ参りましょう!」


 目を瞑りイメージを強くする。すると誕生日の場面が目の前に現れてきた。僕の部屋で二人テーブルをはさみ座っている。


 壁には百均で買ってきた誕生日用の飾りつけを取り付けて、テーブルには悪戦苦闘しながら僕なりに愛情を込めて作った誕生日用の料理と、吟味して選んだホールケーキが載っていた。


 日菜子の誕生日をより良くする為に考えられる事は全部やったつもりだ。そして当然誕生日プレゼントも用意していた。


 誕生日パーティの最中何度か日菜子の表情が曇った事を覚えている。一番覚えているのは誕生日プレゼントを渡した時だ。僕は日菜子の為にバイトのお金をコツコツ貯めて、僕としてはかなり奮発してブランド物のバッグをプレゼントとして選んだ。当然喜んでくれると思っていた。


 しかし、そのプレゼントに対しての日菜子の表情が僕を一番苦しめた。それまでちょこちょこボディブローを打たれていた事も後押ししていたのだろう。


 僕は唾をのみ、場面が流れるのを待った。


「誕生日おめでとう! 味の保証は出来ないけど一生懸命作ったから料理も食べてね」

「ありがとう! この料理裕太君が作ったんだぁ! おいしそう。料理上手なんだね」


『あぁ嬉しいな。裕太君と誕生日を過ごせて本当に嬉しい。幸せだな。でもこんなにしてくれるなんて悪いな……』


「そんな事ないよー、料理本を買ってきてそれを見ながら作っただけなんだ。それに作っている間僕も楽しかったし。あとケーキはさすがに作れなかったから……これは買ってきたものです。だからこっちの味は保証できるよ!」

「ホントありがとう。……色々大変だったんじゃない? 時間もお金もかかっちゃったんじゃない?」

「いやいや、そんなこと全然ないよ! だって日菜子の誕生日じゃないか? お祝いだもの!」


『裕太君は優しいなぁ。でもあんまり負担はかけたくないな……』


 それから話をしながら食事するという場面が流れた。


「ゆたちゃん、頑張り屋さんなんですねぇ。あたくし自分が一番なのでその気持ちあまり理解できませんよ。あ、そう、この間なんてですよ、よく顔を合わせる同僚なんですが……」


 話が長くなりそうだったので聞き流す事にした。それにしても同僚って事は同じような存在が他にもいるのか? ゆらぎちゃんの世界はどういった世界なんだろう? と疑問も沸いたが、これも考えても意味がなさそうなのでその思考にそっと蓋をした……それよりも今は日菜子である。


 そうこうしている内に場面は終盤に差し掛かる。当時僕はプレゼントを渡すタイミングをそわそわしながらも探っていた。最高のタイミングで渡したかったのだ。食事も終わりバースデーケーキの場面だ。


 ケーキのローソクを吹き消し、電気を消していたその間にプレゼントを日菜子の面前に出しスタンバイした。そして電気がつく。


「おめでとう! 僕からのプレゼント!」

「えっ、ありがとう! こんなにしてもらって更にプレゼントなんて嬉しい! えー、開けてみてもいい?」

「どうぞ、どうぞ」

「……っ。」


『わっ、これすごい高価なバッグじゃないかな? こんな高価な物……。一緒に過ごせるだけで嬉しいのに、プレゼントなんて手紙だけでもいいのに……。なんか悪いな……』


「あれっ? 好みじゃないかな?」

「……、ん、ううん。嬉しい! ありがとう。こんなにいい物嬉しいわ!」

「……、そっか! 良かった。遠慮なく使ってね!」


 やはりそうか、あの時の日菜子は戸惑っていたのか……。別にプレゼントが気に入らないとかそういう事ではなく僕に気を遣っていて、それが戸惑いとして表情にでていのだ。

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