二周目

 ゆらぎちゃんがいなくなってからどれくらいの時間が経ったであろう。観覧車はその間もゆっくりを弧を描くように回転している。


 僕はボックスから見える風景に目をやるが何もないだだっ広いその空間は特に面白みはなく、ただ吸い込まれそうな感覚と若干の恐怖心を僕に植え付けている。外を見る事をやめ、日菜子との事を考える。


 先程のやり取りを見ていると根本的には僕の事を嫌いになっている訳ではないように感じる。それはいい発見だった。もしかしたら嫌われているのかとも考えていたので一安心する面もあった。


 しかし、そうなると日菜子はなぜあんなにも疲れているのであろうか。その疲れが僕に違和感を感じさせているのだろうと予測はつくが、その原因は何であろうか?


 そして観覧車は一周目を終えようとした時、いきなり目の前に何かが集結するような吸引力を感じた。やがてその吸引力の中心から靄が拡散されボックス一杯に広がったかと思うとボックスが大きく揺れた。考え事をしていた僕はその一連の流れと揺れに必要以上にびっくりしてしまった。ボックス一杯に広がった靄は何かを形づくりだし、やがてそれがゆらぎちゃんへと変化した。



「ただいま戻りました! いやーびっくりさせてしまいましたかね? どうですか? 疲れは取れましたか?」

「いや、色々考えてしまって余計疲れました。ゆらぎちゃんはどうですか?」

「あたくし? えぇ、おかげさまでリフレッシュさせて頂きましたよ。顔を見たら分かりますでしょ?」

「えっ、まぁそんな気もしますね……」

――顔なんて見えないよ!


「さっ! 次はどんな場面に行きましょうかね? あたくしドキワクですよ! あっ、ドキドキワクワクって事でございますよぉ」


 若干のイラつきを残しつつ次にみる場面をイメージする。次はちょっと具体的にイメージしようと思い記憶を手繰る。それは二回目のクリスマスの時だった。


 その前の年は二人きりで過ごし、勝手の分からない僕は日菜子をあまり楽しませてはあげられてないと思っていた。だからその年は友人カップルと合同で過ごそうと提案したのだ。そうした方が日菜子を楽しませてあげられるんではないかと考えた。


 しかし、その時も日菜子は一瞬の曇った表情を見せた。その時の『心の内』は何だったのだろうか?


「今年のクリスマスは二人きりじゃなくて友達たちと合同でやるのはどうかな?」


『えっ、クリスマス二人で過ごさないの? どうしてかな? 私と二人じゃ退屈なのかな……』


「……友達たちとかぁ」

「そう! みんなでワイワイ過ごすのもいいんじゃない? クリスマスパーティーやってさ!」


『みんなでワイワイするのは苦手だしなぁ……。せっかくのイベントだから二人でゆっくり過ごしたいなぁ。みんながいると気を遣って楽しめなさそうだし。でも、裕太くんはその方が楽しいのかなぁ……』


「……そ、そうだね! クリスマスだもんね。みんなで楽しもっか!」


 そうだったのか、日菜子は二人だけで過ごしたかったのか。実際そのクリスマスパーティーは日菜子は楽しそうな表情を見せていたが、やはり時折り疲れた顔も覗かせていた。無理してくれていたんだ……。それを僕はあんまりやる気がないのかなと邪推してしまっていたのだ。


 ここまでの日菜子の心の内を垣間見て僕が日菜子に感じていた違和感の正体がうっすら輪郭を現し始めたように感じていた。日菜子は疲れているように見える、そしてその理由は僕にある。


――っ! もしかしてあの時も……。


「すみません! 見たい景色を変更してもいいですか?」

「えぇ、構いませんよ。ゆたちゃんが見たい場面をどうぞ遠慮なく見て下さい。……あっ!」

「……? どうしたんですか? 急に大きな声を出して」

「あぁ、いや、そうですね。……あー申し訳ごさいません。今度はゆたちゃん一人で見てきてもらえません? あたくし急用を思い出してしまいまして……。あぁ残念だ。でもゆたちゃんなら大丈夫! 一人でも行けますよ! あたくしそう信じていますゆえ」

「えっ、あ、ちょっ……!」


 言い終わらないうちにゆらぎちゃんは四方に拡散してしまいボックスは大きく揺れた。


 僕はしばらくあっけに取られて呆然としていた。


――急用ってなんなんだろう? どこに行ったんだろう? 戻ってくるよな? 待っていた方が良いかな? でも一人で見に行っていいと言っていたし……。


 次の場面を早く見たいと思いつつ、突然の出来事に逡巡しながらボックスの外を見ていた。観覧車は四分の一ほどを過ぎたあたりだったが、不意に視界の端で何かが大きく揺れた。何かと思い視線をそちらへ向けると対角線上の赤いボックスが揺れていた。

――ん?何でボックスが揺れているんだ?誰かいるのか?


 目を凝らして赤いボックスを見ると、中で何かが揺らめいていいる。それがなんであったかはすぐに分かった。ゆらぎちゃんである。そもそもこの空間にはゆらぎちゃんと僕しかいない。


 急用と言っていたけど何故あんな所にいるのだろう?気まぐれな所がありそうなので、そんな事もあるのだろう程度で僕は見ていた。


 しかし次の瞬間自分自身の表情の強張りを感じた。この空間にいるはずのない存在、それがそこにいたのだ。ゆらゆら揺らめくゆらぎちゃんの隙間から見えた顔に驚愕した。


――っ! 日菜子だ……。


 距離があり表情までははっきりは分からないが間違うはずはない、あれは日菜子だ。こんな驚きの状況だが日菜子の顔を不意に見る事ができ自分の顔がにやけているのが分かる。


 でも何故日菜子がここにいるのだろう? たまたま日菜子の元へゆらぎちゃんが現れて、たまたま僕の心の内を見たいといったのか? それは無理がある……。確率的にはかなり低いだろう。そうなると残る可能性はゆらぎちゃんが日菜子を選んで連れてきたいう事になる。

 でも何故? 善意から僕らの中を取り持とうでも思っているのか? いやいや、ゆらぎちゃんはそのような事に興味がある様には思えない……。暇つぶしに僕を選んだと言っていた。


――まさか僕を選んだこと自体偶然ではなかったのか?


 堂々巡りの思考の中頭を抱えていると、また僕のボックスが揺れた。

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