心の内

「ガゴン」


 乗り込んだ際に赤いボックスは音をたてて揺れた。乗り込んだ直後はその揺れによって若干の浮遊感を感じ足がすくむ。ただそれも揺れが落ち着くと無くなり、周りに目を向ける事が出来る様になっていく。


 ゆらぎちゃんは正面の席で揺らめく。ゆらゆらしているので質量は無いのかと思ったが、揺らめいているとそれに合わせて赤いボックスも微妙に揺れる為もしかしたら質量はあるのかもしれない。そこまで考えてみたが、そもそも存在自体が普通ではない為深く考えるのはやめた。


「さぁ、どうしましょう? 早速見に行ってみましょうか? 『彼女の心の内』なんてなかなかお目にかかれませんよー」

「お、お願いします。どうすればよいでしょうか?」

「そうですねぇ、まずは目をつぶって『彼女の心の内』を見たい場面を思い出してみて下さいな」


 そう言われ目をつぶりまずはパッ頭に浮かんだものをイメージしてみる。日菜子はあまりラインを入れてこないし、僕からのラインに返信するまでが長く、既読状態でしばらく返事がない事もよくあった。僕はそれを良く思っていない節がある。


 好きな者同士ならいくらでも連絡取り合いたいし、すぐにでも返事をしたいはずだと思っている。少なくとも僕はそう思い行動している。しかし、日菜子は初めのうちこそ僕と同じペースだったが時間の経過と共に現在のようになっていった。


これは愛情が薄れたからなんだろうか?という気持ちが頭の中でチラついている。


 僕はそういった状況を頭の中で思い浮かべた。すると目をつぶっているにも関わらず目の前に日菜子がいる風景が現れた。自室で本を読んでいる日菜子だ。


「ほほー、うまくいったようですねぇ。まぁ、あたくしの能力なもんで失敗するわけはないんですがね!」


 突然の声に驚き後ろを振り返るとそこにはゆらぎちゃんが揺らめいていた。


「ちょっ……、ゆらぎちゃんも同行する感じですか? それに声出しちゃって平気なんですか?」


 僕は目の前の日菜子を気にしながら小声で尋ねるとゆらぎちゃんはそんな事はお構い無しといった様子で答える。


「同行? そりゃもちろんしますよ! あたくし暇つぶしでゆたちゃんをここにお連れしているんですよ。ただ単に観覧車に乗りに来たわけではござーせん!」


 ゆらぎちゃんは憤慨しているようだった。いまいち掴めない性格だ……。


「それに、あたくし達はこのイメージの中では存在しておりません。だもんで、騒ごうが裸で踊ろうがあちら側には何も感知出来ないのです。まぁ、裸で踊られたらあたくしが困っちゃいますけどね!」


 なるほど、つまりあちら側からも感知出来ずこちら側からも関与出来ないという事らしい。仕組みをなんとなく理解した所で日菜子に目を向けると熱心に本を読んでいた。以前二人の話題にも上がった事のある本だった。


「ピロリン!」


 不意に日菜子のスマートフォンからラインの受信音がなり、読書をやめそちらへ目を向けた。


『あっ! 裕太くんからだ。なんだろう?』


 僕の頭に直接的に日菜子の言葉が入り込む。どうやら心の声はこういった風に聞こえるらしい。日菜子は嬉しそうな表情を作りスマートフォンをいじっている。覗き見している事に対してちょっとした罪悪感を感じつつも僕は見守る。


 返信が終わったらしく読書に戻るとすぐにまたスマートフォンがなる。読書を中断してまたスマートフォンをいじる。何度かそのやり取りを繰り返していくうちに日菜子の表情が曇りだした。返信のペースは遅れだし、しまいには返信する前に次のラインが来てしまっている。


『はぁ……。結構いっぱい入ってくるなぁ。嬉しいんだけどちょっと大変だなぁ……』


 それからもしばらくラインのやりとりが続きようやく受信音が鳴らなくなった。日菜子はスマートフォンを机に置き読書に戻る。


『……。結局どんな話だったか分からなくなっちゃった……。はぁ……、私の時間もあるんだけどなぁ』


 日菜子はそう思うと読書をやめ、ベッドで横になってしまった。

――なんか、日菜子、疲れた様な表情をしているな……。


 次の瞬間見ていた場面が切り替わる。今度は友達数人と歩いている日菜子だった。


「ねー、日菜子。さっきからラインが結構きてるけど大丈夫? 彼氏なんじゃないの?」

「ん、違うよ。何かのお知らせがいっぱい入ってきてるだけだよ。ごめんね、邪魔しちゃって」


『はぁ、裕太くん返信しないとすごく大量にラインしてくるなぁ。心配してくれているのは嬉しいけど、友達にも気を遣わせちゃうよ……』


 またしても、疲れた様な表情をしている……。


 そして、また景色が切り替わる。今度は再び日菜子の自室だったが、先程とは違い机には旅雑誌が広げられていた。それを見てこれは付き合い始めて最初の夏、旅行へ行こうと計画していた時の事だと分かった。ラインの受信音が鳴り、日菜子がスマートフォンを手に取る。


『裕太君は沖縄に行きたいのかぁ、やっぱり夏は海って感じなのか? でも夏の北海道もいいよねぇ。ここら辺よりは涼しいだろうし、食べ物はおいしそうだしのんびり過ごすのもいいしなぁ』


 日菜子は色々想像を巡らせているのだろう、ニコニコしながらスマートフォンと旅雑誌を行ったり来たりしている。そこで、あまり間をおかずに再びスマートフォンが鳴る。画面を見ると日菜子は顔をしかめて溜息をつく。


『旅行あんまり乗り気じゃない? って全然そんな事ないのに……。裕太君は直観的に色々思い付くからすぐに返信できるんだろうけど……せっかくの旅行だし私はもっと吟味して答えたいのになぁ……』


 そして机の上の旅雑誌は閉じられ、日菜子は机に突っ伏してしまった。


「ゆたちゃん……。 貴方ずいぶん連絡いれるんですねぇ。ラインっていうんですかこれ? これじゃ彼女さんはがんじがらめじゃないですかねぇ」

「……やっぱりそう思います? 僕は日菜子が好きだからいくらでも連絡取りたいし日菜子もそうだと思っていました。日菜子はそうじゃないんですかね? 僕は連絡が少なかったり、返信が遅いと不安になってしまって……」

「さぁ。あたくしそういった感情は持ち合わせておりませんのでよく分かりませんねぇ……」


 そうこうしていると景色がまた切り替わり、僕と日菜子が一緒に歩いている所だった。最近日菜子はデートの誘いに反応が鈍い時があったのだ。そういう時は返事までに少し間があったり、表情が一瞬強張ったりしていた。


 その度に僕は不安にを感じていた。もう僕の事は飽きてしまったのだろうか? 僕はこんなに会いたいのに日菜子はそれでも耐えられるくらいしか僕を想っていないんではないか? そんな事ばかり考えていた。


「明日もどこかへ出かけない?」


『明日も一緒かぁ……。一緒にいる時は楽しいし、会いたくないわけじゃないんだけど……毎日大学でも会っているし、最近ずっと一緒だし。友達とも遊びたいし、一人で買い物とかにも行きたいのになぁ。でも、こんな事言ったら嫌いになってきているように思われちゃいそうだしな……はぁ、なんか色々考えるの疲れるな』


「……そうだね。どこにいこうかね?」


『結局また流されちゃったな……』


「どうですか? ゆたちゃんぐいぐい行きますねー。彼女さんの事好きなんですね。あたくしこんな存在なんで恋愛とか良く分かりませんが楽しいんでしょうねぇ。ゆたちゃん楽しそうな顔していますものね。彼女さんも楽しそうな表情ですし、でもたまに渋い顔をする時がありますねぇ。何でなんでしょうかねぇ」


 ゆらぎちゃんも日菜子の表情の変化を感じている。やはり僕の考えすぎではなかったようだ。


 僕が重い気持ちで目を開けると観覧車のボックスの中にいた。目の前にはゆらぎちゃんが漂っている。


「あたくしちょっと席を外してもよろしいでしょうか? こんな狭い空間に二人でいたら息もつまるでしょう? ちょっと休憩と行きましょう!」

「休憩? あぁ、いいですよ。僕もちょっと疲れましたし……」

「そうでしょう? あたくし優しいからゆたちゃんが疲れたんじゃないかなーって思ったんですよ。感じました? あたくしの優しさ。ではしばらく外をゆらゆらしてきますね。ごきげんよう!」


 そういうとフワッと四方に何かが拡散したような感じがして、目の前からゆらぎちゃんの姿がなくなった。その弾みかどうかは分からないがボックスが大きく揺れた。

――あんだけ優しさアピールするならもっと優しくいなくなれないのかなぁ。

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