観覧車
僕は不思議な『モノ』に僕の見たいものを伝えた。あんなに饒舌だった不思議な『モノ』は口を閉じてその場で揺らめいていた。
「えっと……、もしかしてこういうのは無理だったりします? もっと具対的な感じですか?」
「…………。いいっ! いいですよ! そう来ましたか! なるほど、今まで無かったパターンですねぇ。あなた様もなかなかお目が高い! そういうのを待ってましたよ! いやー『彼女の心の内』なんてなかなか思いつきませんよ。にくいですねぇ、このこのー」
「えっ、あぁ、まぁそれ程では……」
口を開いたかと思うと捲し立ててくる不思議な『モノ』に呆気に取られながら自分でもよく分からない恐縮をしている。そして不思議な『モノ』はすごく嬉しそうだ……。それはさておき、こういった景色でも可能な事にホッとした。
日菜子の心の内を見る事で、彼女が僕に対して何を思っているのか? 違和感の正体は何であるのか?を知りたいと思っている。僕は日菜子の事が大好きだ。直接聞くのは怖い、でも不安な気持ちは解消しておきたい。この不思議な『モノ』との出会いはそのチャンスなのである。
「あっ! あとあたくしの事ですが呼び名がないと何かと不便でございましょう? これから旅を共にする同志、いや親友な訳ですから! あたくしの事は『ゆらぎちゃん』とお呼び下さい。ほらっ、あたくしゆらゆらしていますでしょ、それに1/fゆらぎって人を癒すってよく言いますでしょ? あたくしにぴったりじゃないですか!」
「……はぁ、ゆらぎちゃんですか……。分かりました。僕は
「ゆたちゃん! ではこれから末長く宜しくお願い致しますね! っといってもそんなに長くはいられないんですけどね!」
ゆらぎちゃんは好き勝手な事を言い、突っ込みどころ満載であったが僕は全てを受け入れる覚悟をとった。
「それでは移動を始めましょうかね。ゆたちゃん、心の準備は宜しいですか? あたくし自慢のこの能力をご覧いれましょう! それっ!」
ゆらぎちゃんの掛け声を合図に、全体的に揺らめいている体と思われる部分が徐々に大きくなっていく。それは部屋を埋め尽くすかのように感じられ、僕の体を包み込み視界に暗闇を映し込んでいく。視覚的に圧迫感があるものの身体的には優しく包まれているかのようにも感じられ、不思議な感覚を覚える。
視界に映し込まれた暗闇が徐々に晴れていく。全身を包んでいたものも徐々に消えていく。暗闇から解放された視覚は少しの間機能せず、目をしばたたいていると不意に目の前にあるものが姿を現した。それは広々とした空間に大きく弧を描いた『観覧車』である。
そこは何もなくどこまでもアスファルトの地面が続いているようなだだっ広い空間だった。上空を覆う空間もどこまでも続いている。そのただただ広がる空間は得も言われぬ恐怖すら感じさせる。
その空間において唯一存在する観覧車はとても大きく、ゆっくりと動くその様はこの空間から生じている恐怖を和らげてくれるような頼り甲斐がある。
「はぁはぁ……、これやるといつも息切れしてしまうんですよね。まぁそれだけすごい能力って事ですかね!」
「……ここが僕の見たい場面を見せてくれる場所ですか? なんかちょっと怖いな……」
「怖がるような事はありませんよ。単なる演出的なものですから。ゆたちゃんが『彼女の心の内』とおっしゃるのものですから、恋人と言えばという事で観覧車にしたのです。気が利きますでしょ? あたくし」
「あ、いや。怖いのはこの広くて何もない空間の事なんですが……『観覧車にした』って事はゆらぎちゃんがいつも決めているんですか?」
「ゆらぎちゃん? ……あぁ、あたくしの事ね。そうですとも! あたくしがいつもどんなものにするかを決めております。まぁこれもお客様に満足して頂くあたくしなりのサービスです!」
――いつのまにか店員みたいになっている。自分のニックネームも忘れていたみたいだし……いや、突っ込むのはやめよう。
「ささっ、細かい事はどうでもいいじゃないですか。どうぞどうぞ、早速乗り込んでいきましょうじゃありませんか」
ゆらぎちゃんに促され観覧車の乗り口に立つ。間近で見ると先程より更に巨大に感じる。ゆらぎちゃんがゆっくりと近づいてくる赤いボックスを揺らいでいる手のようなもので指し、あれに乗るとアピールしている。僕は日菜子と乗った観覧車を思い出し少しにやけてしまう。
――あの時は楽しかったなぁ。
今回は日菜子の『心の内』を探る旅である。決して楽しいものにはならないだろうと覚悟する。それと同時ににやけていた顔も自然と引き締まる。
「さぁ! この赤いボックスですよ。乗って下さい! 足元にご注意くださーい!」
ゆらぎちゃんがゆらゆらと僕を誘導する。
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