終章 カウマイは円である ~?~

第31話 カウマイは「焔」である。


 ガン!

 ガッ! ガン!

 ガン! ガン!


 薄暗い闇の中でリズミカルに鳴り続けるその音は、どこか音楽的にさえ響いた。


 ガンガン!

 ガッ! ガンガン!


 教室のドアを開けてそこに立ったまま、夕貴が手に持った懐中電灯の灯りをつけて室内を照らした。


 その灯りに気付いたように音が唐突に止んだ。



 懐中電灯の白色の灯りの中で、教室の中央に立っていた人物がゆっくりとこちらを向いた。


 僕らはその人物のことを、ただ瞳を見開いて見つめた。


 林ユカリ。


 教室の片隅にうずくまっていたはずのユカリが、部屋の中央に立っていた。

 耳まで裂けそうなほど口を大きく吊り上げた表情から、一瞬後、自動人形が動き出すように声が漏れた。


 ケタケタケタ。

 ケタケタケタ。


 嗤っているのだ。

 教室の薄闇の中いっぱいにその嗤い声が充満してから、僕はそれに気付いた。


「お前は……」


 大きく開いた口から哄笑を吐き出すユカリを見て、夕貴が震える声を絞り出した。


……?」


 僕は呆気に取られて夕貴の顔を見る。

 

 『誰だ?』

 誰だも何も、林ユカリじゃないか。

 あの姿も、あの声も。


 だがその時、僕は気付いた。

 


 

 


 あぶらじみたごわごわとした太い髪の束も、前髪の間から除く猜疑心に満ちた、どこか陰険な光をたたえた目も、笑い出すと大きく裂ける口も、林ユカリであることに間違いはない。


 だが、目の前にいるのは明らかに小学校五年生の子供ではない。

 既に完成された大人の容貌だ。


 二十歳のユカリだ。



「シノ……は?」


 夕貴が呟く。


「シノは……どこに行ったんだ?」


 夕貴が叫ぶようにして問う合間も、嗤い声は止むことなく響き続ける。

 夕貴は何かに気付いたように、僕らのほうを見て笑い続けるユカリの足元に灯りを向けた。


 そこには多く目を見開いた、人形が転がっていた。

 頭が割れて赤い血が溢れている。


 手足が不自然な方向にねじれ曲がり、胴体がところどころ何かに叩きつけられたかのように破壊されていた。


 理科室に仕舞われていたはずの……そして、僕たちが探しに行ったときには消えていた人体模型だ。

 

 なぜ、こんなところに……。


 驚愕の眼差しで人体模型を見る僕の横で、夕貴が恐怖に歪んだ叫びをあげた。


「シノ……!」


 え……?


 僕はもう一度、床に転がる赤い液体にまみれ、ねじれ曲がった人体模型を眺める。


 シノ……?

 これが……?


 そう考えた瞬間、人体模型の顔がシノの顔になった。


 ライトに照らされたシノの顔は、恐怖と激痛に引き歪み、まるで絶叫を上げる寸前のようにその口は極限まで大きく開けられている。


 いや、違う!

 そんなはずはない!

 あれは人体模型だ!

 ただの人形なんだ!


 僕は我知らず、そう大声で叫んでいた。

 しかし僕の耳に届いた僕の声は、意味をなさない獣の咆哮のようにしか聞こえなかった。


 惑乱し、叫び続けるその声の合間に、密やかな声が耳に届いた。

 声のほうを見ると、ユカリが嘲るように唇を歪めていた。

 そこから声が零れ落ちる。



 カウマイは「焔」である。



 爆発するような哄笑が、ユカリの口からほとばしった。

 

 その瞬間、突如、その体が炎に包まれた。

 僕たちの目の前で、燃え上がった炎の塊はゆらゆらと揺れ続ける。


 炎の先が僕たちを捕らえるように伸びてきたことに気付き、僕と夕貴は絶叫を放ち、追い詰められた獣のようにその場から駆け出した。




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