第8話 取り残された


 僕たちはこの日、十月にある「文化研究発表会」、通称「文化会」の準備のために下校時刻間際まで学校に残っていた。


 黒須と黒須の腰ぎんちゃくのようなシノは、ほとんど準備を手伝わず、そのあたりで遊び惚けていた。

 璃奈は、何だかんだ言って大変な作業はやりたがらなかったので、結局、僕と夕貴、ユカリの三人が作業を押し付けられているようなものだった。



 時刻が六時半を回ると、おかしいなという気がしてきた。

 こんなに遅くまで残っていて先生が教室に顔を出さないのは、奇妙なことのように思えた。


 僕がそう思った直後。

 教室の電気が不意に消えた。

 

 僕たちが顔を上げて、電気のスイッチのほうを見ると、黒須が尊大な笑いを、シノがどこか卑屈な追従するような笑いを浮かべてスイッチの側に立っていた。

 僕と夕貴、ユカリと璃奈は、咎めるような眼差しを二人に集中させてはいたが、誰も抗議の声を上げなかった。

 黒須は、僕たちが自分に抗議する勇気がないことを、百も承知しているようだった。


「お、おい、ふざけるなよ」


 誰も何も言わないので、僕は思い切って二人に言う。

 しかし黒須もシノも、僕のほうを見ようともしなかった。


 二人は、何かと目の仇にしている優等生の夕貴、いびる対象としてしか見ていないクラスの異分子のユカリ、とにかく構って反応して欲しい璃奈の三人しか見てはいなかった。

 僕のことは、二人の視界に入ってさえいないのだ。


 反応すれば二人を喜ばせるだけなことは分かっていたが、電気がついていなければ手元さえ見えない暗さになっていた。

 夕貴が二人に真っすぐな視線を向けて言った。


「いい加減にしろよ。邪魔をするなら帰れ」

「『邪魔をするなら帰れ』」


 黒須が露骨に馬鹿にしたような口調で、夕貴の言葉を繰り返した。

 唇に浮かんだ嘲笑の底に、夕貴に対する暗い悪感情がしたたっているのがわかり、僕は身を震わせた。


 先生を呼んできたほうがいいのではないか。


 とっさにそう考える。

 

 黒須は恐らく僕たちをからかうためにだろうが、電灯のスイッチを入れた。

 旧式のスイッチがカチリという音を立てたのを、僕は確かに聞いた。

 しかし、電灯は沈黙したままだった。

 何の反応も示さずに、薄暗い教室の中でただ不気味な静寂だけが広がった。


 最初、黒須が何らかの方法で「電気をつけたふり」をしただけで僕たちをからかっているのだ。

 そう思った。

 しかしその場にいる誰よりも黒須が驚いたような表情で天井を見上げたのを見て、そうではないことがすぐにわかった。


 自分に長年服従してきた飼い犬に突然牙を剥かれたような、黒須はそんな不本意そうな驚きで目を丸くした。

 慌てたように何度もスイッチを繰り返し操作する。

 追従するような卑屈な笑いで黒須の一挙手一投足を見守っていたシノの顔にも、驚き、次いで焦りが浮かぶ。

 自分の心身を支配する残忍な王が慌てふためくさまを、シノは呆気にとられた表情で見ていた。



 黒須が無意味に電気のスイッチをカチカチといじる中で、僕は自分の中の違和感に気づいた。


 なぜ、辺りがこんなにも暗いのか。

 教室の電気がつかなくとも、廊下の電気がついているはずだ。


 僕は教室の壁の上下についている小窓から、廊下に目を向ける。


 廊下は。

 真っ暗だった。



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